異世界お風呂事情

「ここが風呂場になっております」


「これはご丁寧にどうも――わぁ……ぁ……」


「ホッホウ。立派なものでしょう」


「まぁ、はい……ソウデスネー……」


 東都はブリューに浴場を案内されていた。


 浴場は冷たい石の壁と床に囲まれており、外よりも肌寒かった。

 壁にある窓は小さく、冷たくジメっとした空気が肌にまとわりつく。


 石の床の上には浴槽として使うであろう木のおけがいくつも置いてある。桶は分厚いかしの木で作られており、見るからに頑丈そうだ。


 しかし、清潔さという面ではあまりよくない。

 桶の底の板はヌメっとしていて、いやらしく光っていた。


(うーん。みるからに不潔だ。あまり使いたいとは思わないな。)


 教会の風呂がなにやら悪いらしいことはわかった。


 だが、実際にはどのような状況なのか? それを知りたかった東都は、ブリューに頼んで、聖職者が使う風呂場を訪ねていたのだ。


 教会は儀式のための場所なので風呂場はない。教会を出てすぐ隣の修道院が聖職者たちが生活する場所になっており、風呂場もそこにあった。


 見学の結果、東都は浴場が想像よりも悪い状況にあると感じていた。


 教会の風呂場は窓が小さく、空気がよどんでいる。

 それに、太陽の光もあまり入らない。

 カビや雑菌が繁殖するには、とても都合の良い場所に見えた。


(そういえば、水はどこから引いているんだろう……? 木の桶はけっこう大きいから、バケツかなんかで水を入れるのは結構な手間に見えるぞ)


「ブリューさん、水はどこから持ってきてるんですか?」


「それならほれ、そこの壁の蛇口からです」


「え、この修道院、水道があるんですか?」


「ホッホウ。大したものでしょう?」


 ブリューが指さす壁には、真鍮製の蛇口がある。

 風呂に使う水はどうやらここから出すらしい。


「へぇ……え、でも井戸水なんですよね?」


「ホ、そうですな。井戸からポンプで汲み上げた水をタンクにためて、そこから水をだしております」


「思ったよりも手間がかかってハイテクだった……でも何でまた? 水道のほうが楽ちんじゃないです?」


「トート様、旧市街は丘の上にあるので、街の水道から水をひけないのです」


「あ、そっか」


「水を上に上げるのは大変ですからなぁ」


(メインは井戸水なのか。これ、女神の池を使わなければ、何の問題も無かったんじゃ……? 宗教的な部分がやっぱ足かせになってるなぁ……)


「まぁこんなところですが、どうですかな魔術師どの」


「え、ええっと、大変素晴らしい施設だと思います。ただ――」


「ホッホウ。まだなにか?」


えとしているのがあまり良くないですね。ここには太陽の光もあまり入ってこないようですし、病は闇を好みますから」


「むむむ、たしかに……ではどうしますか?」


「部屋を明るくして温め、良い香りのするものを多くするといいですね」


「ホッホウ。なるほど……」


「ですが、そのためにはトイレを使っていただかないと」


「何でそうなる」


「ま、まぁ、トート殿が出されるトイレは実際良いものですから。猊下げいかも気に入られることは間違いないかと」


「はい、良いものには間違いありません。古代帝国の皇族ですら、使えるかどうかといったものですわ」


「まぁ、悪いモノではないな。少なくとも良いほうではあると思うが」


「ホウ、伯と騎士がそこまで言うのなら……」


「そんなこともあろうかと、もう出しておきました。」


 気づくと東都の後ろに白い柱が屹立していた。

 彼はブリューが考え込んでいる間にしれっとトイレを出していたのだ。


 教会からずっと長話が続いていることで、ブリューの便意のカウントが上がっていることに気づいた東都は、これならイケる! と踏んだのだ。


 しかし――


「ホ――急だなオイ?! もうちょっと考えて!?」


「考えて、とは?」


「いや、フツーに考えろ! こんな大勢に見守られてる前で出せるか!!」


 ブリューはトイレに入ることを拒絶した。

 それどころか、いい年して体の前で手を振ってイヤイヤしている。


 しかし彼の言うことはもっともだ。


 トイレという聖域に入ったとしても、その外に大勢の人が集まっていると、出るモノも出ないだろう。


 どうしたもんかと東都が思っていると、コニーが動いた。


「猊下、考えてもみてください」


「ホウ?」


「女神は地上の全てを見守っています。つまり、猊下のトイレの中も女神様に見守れていたのです。いまさら人の目が何でしょう」


「ホウ。しかしだな……」


「言ってみればトイレとは……女神様と猊下だけの空間なのです!!」


「――ッ?!」


「猊下、トート様が出したこのトイレをもう一度よく見てください。

 白くて神々しく、どことなく神殿のようにも見えませんか?」


「ホッホウ……いわれてみれば何となく」


「その発想はなかった」

「フム。何食ったらあんな考えが出てくるんだろうな?」

「コニーの言う事ですから。正気に戻ったら負けだと思います」


「ホウ……ならば試しに入ってみるか」


「ハッ! どうかお楽しみ下さい」


「ホッホウ。いや、トイレだよね?」


 ブリューは訝しげにトイレのドアをくぐる。

 すると彼はその内部の白さに驚かされることとなった。


「な、なんだこれは……これは現実か?」


 ブリューにとって、トイレとは薄汚く、臭く、不潔なのが当然だった。

 しかし東都が出したこれは違う。


 トイレの形をした「神殿」とでも言うべき、荘厳な空間だった。


 白亜の宮殿の中には、●姫によって、川の流れる森の音が再現されている。

 鳥の鳴き声が優しくコーラスを奏でる、暖かで清らなかな空間。

 ブリューにはトイレの中が、とてもこの世のものとは思えなかった。

 

「なんという、なんということか……これはまるで、女神の教えを記した石板を治めたという、伝説の聖櫃アークのようではないか。」


 トイレに圧倒されたブリューは、そのまま便座にまたがり、祈りの姿勢を取る。

 このトイレの中は、彼の女神への愛と憧憬しょうけい

 敬虔けいけんさを刺激するのに十分な空間だったのだ。


 そのまま彼は祈りのうちに、内なる聖遺物を開放する。

 しかし、ここでブリューは気づいた。


 手元にはトイレットペーパーがある。薄くやわらかく、使うには問題がない。

 しかし、紙で手を拭く行為自体が問題だった。


 紙を使うと、彼が着ているローブに聖遺物がかすって・・・・しまうのだ。


「ホッホウ。しまった、私としたことが……!」


 その時だった。外からあの魔術師の声が聞こえてくる。


『あの、どうかされましたか?』


「ホッホウ。それが、恥ずかしながらローブが邪魔をして紙を使えんのだ」


『なるほど……では、温水洗浄と唱えて見てください』


「ホッホウ……オンスイセンジョウ、とな?」


 刹那――便器の内側から音もなく、白い暗殺者が顔を出した。

 そして暗殺者は暖かな水を総司教のデリケートな部分に突き刺した。


「はうぁ?!!」


 ほとばしる温水はそのまま前後に動き、執拗に聖遺物の通った隧道トンネルを責め立てる。


 白く清潔な空間に、しわがれた嬌声きょうせいがひびき渡った。


「ほっおっおっ♡ これこそ……これこそ、女神様の慈愛じゃァァァァ!!!」


「よし、スキルを確認してみるか」


「なんかもう、この反応に慣れてるのが怖いですわね」

「それな」


 ドン引きする周囲をよそに、東都はスキルのチェックを始めるのであった。




※作者コメント※

こりゃひでぇ……

一体何を読まされているんだ(哲学

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