ブリューとの対話

 しばらくの後、東都たちは教会の一室にいた。

 東都と話すブリュー総司教を見つけた伯爵があわてて間に立ち、こうして席を設けることになったのだ。


 伯爵がそこまであわてた理由は東都に良く分からなかった。

 だが、ブリュー総司教がかなり偉い人であることは、なんとなく想像がついた。


「まぁ楽にしてください。」


「ハッ! 不躾な願いを聞いていただきありがたく……!」


「いえいえ、女神様のしもべとして当然のことです」


「エルさん。伯爵の様子からして、そーしきょーって偉い人なんですか?」


「ま、まぁそうですね……。女神教は主神である女神様が最高位にあり、その次が総司教になります。実務的にみて最高位の職ですね」


「すごい偉かった。まさか、皇帝よりも偉い感じですか?」


「そこは難しいところですね。総司教はそれぞれの教会の長である司教を収める立場にありますが、帝国の政治には関与しません。神の世界を治めるのが総司教。人の世界を治めるのが皇帝といった感じでしょうか」


(なるほど。皇帝が人の体を治めて、教会は人の心を治めるってところかな?

 それぞれ違う世界のトップってことね)


「なるほど……エッヘンの魂が抜けるわけだ」


 ブリューとの対話の席には、なぜかエッヘンも座っている。

 だが、彼の魂は完全に飛んでいた。


 彼は宮中伯として自分の権威を振り回しているが、自分以上の権威に触れると、ショックを受けて気を失ってしまうのだろう。


「ホッホッホ。それでこちらにいらしたわけですか」


「はい。聖職者の方は、おなじく旧市街に住む人々に比べてコロリになる方が多いと聞いて、その原因を調べにきたのです。」


「ほう……して、その原因とはなんです?」


「それに関しては、このトート殿から説明していただいたほうが良いでしょう」


(わっ! 唐突にこっちに話が流れてきた?!)


「え、えーと、トートです。東の国からきた魔術師で、水に関係する魔法が得意です。よ、よろしくです……」


「ホッホウ。はるばる東の国から……見慣れぬ風体だと思いましたがなるほど」


「それでコロリの原因ですが――ずばり、水だとおもいます」


「ホウ。どうしてですかな? 水の他にも考えられる要因はたくさんあるとおもいますが、なぜ水なのです」


「それは……街でコロリにかかっている多くの人たちは、川から引いた水道の水を使っていました。しかし、旧市街で井戸の水を使っている人たちはコロリにかかる人が少なかったんです」


猊下げいか、私からも。川から引いた水道の水はひどい匂いがしますが、一方の井戸からはそのようなものはしません。トート様の仮説には一理あるかと」


「現に井戸しか使わなかった私とエルは、コロリにかからなかったものね」


「ホウ……なるほど。それで水が悪いのではないかと?」


「はい。しかし――」


「ホッホウ。コロリの原因が川の水にあるなら、井戸を使う聖職者にコロリにかかる者が出るのは何故なのか。これを調べたいというわけですな?」


「そのとおりです。」


「そしてトート殿は仮説として、その……告別の儀式を疑っておられる」


 伯爵の言葉を受け、柔和な顔を崩さなかったブリューの片眉がピクリと動いた。


「告別の儀式は、死者に女神様の慈愛を示す特別なもの。死に往くものにやすらぎを与えるこの儀式がコロリの原因だと、そう仰るのですか?」


「い、いえ……猊下、これはそうではないかという、可能性の話です」


「まぁ、良いでしょう。魔術師どのは、我々の儀式がどうやって行われているか、それを知りたいということでよろしいのかな?」


「は、はい」


 ブリューは東都に向かって、にらみつけるような視線をぶつけてきた。

 その雰囲気は、転生者の石像を紹介した時とはうって変わっている。

 今の総司教の態度は、トートに対して敵対的ですらあった。


(なんだろ、この完全なアウェー感。やっぱまずかったかなぁ……。)


「我々が告別に使う水は特別なものを使用します。女神様が現れる泉の水です」


(うんうん、そこは伯爵が言ってたのと同じか)


「告別では、女神様の池から汲んだ水を使って体を清めます。沐浴によって現世で犯した罪を清め、来世に前世の因業いんごうが及ばないように祈るのです」


「ひそひそ……コニーさん、いんごーって?」


「こしょこしょ……前世の悪業のことです。それが残ってると次の人生で周りの人や自分を不幸にするから、告別で全てに別れを告げるってことです」


「なるほど……」


「告別は欠くことのできない大事な儀式です。もしこれが病に関係するとしたら、それは女神様が我々に与えた辛苦と考えられます。我々はコロリを信仰の力でもって乗り越えねばならぬのです」


(うーん……こりゃまいった。女神教的には、女神の泉がウンコ水で病気になりますとは認められないよなぁ……告別を止めさせるのも、泉の水を使うのを止めさせるのも難しそうだ。どうしよう……ん、まてよ?)


 その時、東都の脳裏に電流が走った。


(死ぬ人に汚染された水を使っているなら、感染が拡大するとは考えにくい。だってその後は埋めるなりするわけだから。問題はその後なんじゃないか?)


「よくわかりました。ところで告別を行った聖職者の方は、その後どうするんですか?」


「告別を行った聖職者は、沐浴もくよくをして身を清めます。」


「その水は――」


「本式では女神様の泉を使います。ですが、死者の多い今は井戸水に泉の水を足して行っています……ハッ?! よもや、それが女神様の怒りを買ったのでは?」


 そこまで言ったところで、ブリューは自説にとらわれ、考え込んでしまった。

 一方のトートはハッとして何かに気づいたような表情をしていた。


(そうか……これだ!! 沐浴って水浴び、つまりはお風呂だ! 汚染された水を混ぜて入浴してるから、それが原因でコロリにかかってるんだ!)


「トート殿、どうされました?」

「何か気付かれたご様子ですが、一体……?」


 視線を集めた東都は椅子から立ち上がり、高らかにこう宣言した。


「はい。この問題……なんとかできるかもしれません」




※作者コメント※

ヒント:T●T●はユニットバスも展開してるんだZE!!

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