オークとバベルの塔

※作者コメント※

後半、お食事中の方は要注意です。

(なのに昼にアップするという暴挙)

ーーーーーー



「う……ここは」


 目が覚めた東都は、反射的に体を起こした。

 彼は状態だけを起こして、自分のまわりと見回した。


「なんだこの小屋? 初めて見る造りだ……」


 彼は何かの動物の毛皮の寝袋に包まれ、小さな丸太小屋の中にいた。

 小屋の内部は6角形になっていて、壁が左右に広がっている。

 決して大きくないが、普段感じたことのない開放感が小屋にはあった。


「……痛っ」


 壁に手をついて立ち上がろうとした東都は、手に鋭い痛みを感じた。

 小屋を作っている丸太の表面が手に刺さったのだ。


 見ると壁の丸太は樹皮を剥かれていなかった。

 その表面は毛羽だち、荒々しい。痛みを感じたのはこれのせいだ。


「は、はは……」


 東都はなぜか笑いだしてしまった。

 緊張が解けたことで、自然と笑いが溢れてしまったのだ。

 痛さを感じるということは、自分はまだ生きている。

 それが彼に張り詰めていた神経を解いたのだ。


「そうだ、エルさんとコニーさんは?」


 安堵し、すこし冷静になった東都はようやく気がついた。

 小屋の中には彼しかいない。

 自分と一緒にトイレに乗って逃げた騎士たちはどこに行ったのだろう。

 東都はぽつりと不安の声を上げた。


「まさか、オークにやられたってことは……」


 緊張で喉をならした東都は顔をしかめる。口の中に強いエグみを感じたのだ。

 それを感じた刹那、彼は小屋の床に崩れ落ちた。

 

(クソッ、この味で思い出した! オークのチュー顔がフラッシュバックしたぞ!)


 口の残る後味によって、東都の脳裏にあの時の状況がよみがえった。

 彼は悪夢を振り払うように、頭を左右にブンブンと振る。


 するとその時、小屋の扉が「コンコン」とたたかれた。


「――ッ!」


 オークだろうか、それとも騎士たちだろうか。

 東都が身構えていると、中にいる彼の返事を待たずにドアが開かれた。


 現れたのは、毛皮を着込んでクマの着ぐるみのようになったオークだった。


「オウ、もう大丈夫そうだな」


「えーっと……」


「ン、オラはオーランだ。おめの名は?」


「あ、僕はトートといいます。あの、えっと……僕の他の人はいませんでしたか?」


「おう! あの連中なら無事だど」


「ホントですか? あの人たちは今どこにいますか?」


「あー、おめと一緒にいたンだが、先に目覚めて外にいるだよ」


「ありがとうございます、オーランさん」


「礼にはおよばねぇ。礼なら精霊さまにすンだな」


「精霊?」


「ンだ。狩りの途中でお告げがあっただ。そンでよってみたら、柱の周りにおめたちが倒れてただ。精霊様が気付かなかったら、今頃シャーベットになってるだ」


(精霊……? あ、そういえば人間以外の種族は女神とは違う神様を信じてるっていってたな。オーク達は精霊っていうのを信じてるのか。)


「わかりました。精霊さんにお礼しておきます」


「ン、それがええ。っと、その前に連れに顔を見せてやンな。こっちだ」


「あっはい。」


 東都はオークの後ろに続いて小屋を出る。

 すると肌が一気に凍りつくような猛烈な寒さに襲われた。


「うわっ、寒ッ!!!」


「おっといけねぇ。小屋の中から適当な毛皮を持っていけ。また凍りつくぞ」


「は、はい。そうします……」


 東都は小屋に戻り、寝床の近くにあった毛皮のケープを体に巻いた。


(わっフカフカで気持ちいいな。セレブになった気持ちだ)


 東都が手に取った毛皮の毛は、繊細でほわっと膨らんでいる。

 一見すると狐のそれに似ているが、毛皮には継ぎ当ての跡がない。


(色は狐っぽいけど大きいな。この世界には人間より大きな狐がいるのかな?)


「すいません、お借りします……」


「イイってことよ。ほれ、行くぞ」


 東都が改めて小屋の外に出ると、そこは灰色の世界だった。

 鉛色をした陰鬱な雲が頭上を覆い、風もなく、音もない。 


 周囲には、彼が寝ていた小屋とおなじようなものが20ほどある。

 しかし、どの小屋も半ばほど雪に埋もれていた。


 あたりに草木はなく、かわりに黒く尖った石の先端が天を目指している。

 東都の目の前に広がる光景は、おおよそ生命感というものを感じさせなかった。


 本当にこんなところに人が住んでいるのだろうか。

 目の前のオークがいなければ、きっと廃墟と思ったことだろう。


 東都は雪の中に足を踏み出した。

 足元はくるぶしまで雪が積もっていて、ローファーの中に雪が入り込んでくる。

 暖かい毛皮も、彼の足までは守ってくれない。

 すぐにずぶ濡れになって、痛いほどの冷たさが彼を襲った。


「あ、足が……」


「おっと、おめの靴がよくないな。おぶってやろう」

「えっ」


 東都が断る間もなく、オークは彼を背中にのせる。

 見た目によらず、オークは世話焼きのようだ。


「すみません、お手数かけます……」


「気にすんな――おう、いたいた。」


 オークの村はそれほど大きくない。

 エルとコニーの姿は間もなく見つかった。


 彼らはとある小屋の前で立ちつくし、何か困っている様子だった。

 しかし、トートの姿を見ると一転して明るい表情を見せて声を上げた。


「トート様、無事でしたか!」


「いやぁ……無事と言えば無事だけど、無事じゃない部分もあるかな……」


「「???」」


「ま、まぁそれはそれとして、何が問題でも?」


「いえ、それが……オークのトイレがですね」


「トイレ? トイレに問題が?」


 どうやらエルとコニーが立っていた小屋は、トイレらしい。

 これに何か問題があるらしい。


(立派なトイレに見えるけど……何が問題なんだろう)


「あー、ひょっとしてが出てたか?」


 オークの言葉にコニーとエルがうなずく。

 先とは何のことだろう。


 疑問に思ったトートはオーランの背中から降りて、トイレの中を覗く。

 すると、そこには信じられないものがあった。


 トイレの中にはいくつかの仕切りがあり、それぞれ木の床がある。

 そして床には丸い穴が開いていた。


 問題はその穴だ。


 穴の中から、黒く茶色いバベルの塔が天に向かってのびていたのだ。

 この塔は人々の怠惰たいだ傲慢ごうまん。それが積み重なって形となったものであろう。

 それが東都の前に高くそびえ立っていたのだ!!


「これってまさか……ウンコタワー?!」


 塔は黙して語らない。

 ただその先端だけが、トイレの窓から差し込む雪の光で輝いていた。





※作者コメント※

ウンコタワーのくだりはマジです。

寒冷地のポットン便所ではこうしたバベルの塔ができるそうです。

こんなところでドキュメンタリー要素を出すな!!!

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