真剣勝負


「オーランさん。この立派なモノは一体……」


 東都の目の前にあるバベルの塔は、威風堂々とそびえ立っている。

 なんでこんなになるまで放っておいたのか。

 トイレはとても使うどころではない状態になっていた。


「あー……悪りいな、今準備する」


「準備?」


 オークのオーランは「準備」といって、トイレの片隅に向かう。

 するとそこには、ごつごつとした粗雑な鉄の棒が立てかけられていた。


 オーランは鉄棒を手に取ると、棒を槍のように構える。

 そして棒の先をバベルの根本に突き刺した。


<ドスッ!! パキペキバキッ!>


 棒が突き刺さると、ガラスを砕くような音がトイレにひびく。

 遺物は完全に凍りついて、結晶化しているようだ。


 オークは何度も何度も鉄の棒を突き刺し、バベルの基部を破壊する。

 天を目指していた茶色い尖塔は、完全に粉砕された。


<バキッバキン!>


「ふぅ。こんなもんだべ」


 ひと仕事を終え、汗を拭うオーラン。

 バベルは東都たちの前に無惨な姿を晒している。中程から折れて完全に打ち砕かれたその姿は、傲慢の対価として神の罰を受けたようだ。


「よし、やっていいど!」


「「できるかぁ!!!」」


 ほくほくと柔和な笑顔をうかべたオーランに、東都たちのツッコミが入った。


「ここまでしてもらってなんですけど……このトイレ、寒すぎじゃないですか?」


「トート様の言うとおりですね。この寒さは普通に命に関わりますよ」


「まぁ、ニオイがしないのは幸いだけどね……」


 東都たちが言うようにトイレの中は凄まじく寒い。

 その寒さと言ったら、物体「U」が完全に凍りつくほどだ。


 ベンデルドルフも寒い地域だが、ここまでではない。

 彼らにとってオークのトイレは、とても使えたものではなかった。


「だだ、暖房とか、温めたりとかはしないんですか?」


 寒さに震えながら聞くトートに向かって、オーランは首を横に振った。


「うんにゃ。ここらにゃ木がねぇんだ。とても使ってられねえ」


「そういえば、この村の外には木がなかったですね……だからか」


「黒曜氷河は草木も生えぬ不毛の地。文献にはそう書かれていましたが、実際に見てみると、なんとも壮絶な土地ですね」


「そうね……オークたちは何でここに住み着いたのかしら」


「そらおめぇ、おいたちのご先祖が来たからよ」


「いや、それはそうでしょうけど……何でって話ですよ」


「なンでって言われてもなぁ? 精霊サマの導きとしか言えんでなぁ」


「こんな不毛の地で大変じゃないですか?」


「たしかに丘はそんな獲物がいねぇ。けども海は違うぞ。魚は山ほどおるし、夏にはクジラもまわってくる。獲物に困ることはねぇど」


「へぇ……ここのオークさん達は漁師なんですか。アレ……じゃあコレは?」


 東都はもふもふの狐の毛皮をまくってみせた。

 彼らが漁師だとすると、自分が今身につけている毛皮は何なのか?

 それが気になったのだ。


「そりゃ南の連中と交換したもんだ。魚油に真珠、飛ぶように売れっど」


「えっ、オーランさんが被ってるクマの毛皮のそれ、自分で仕留めたんじゃ……」


「は? クマと戦うなんて、そンな危ねぇことできねぇよ。正気じゃねぇ」


「あっはい」


 東都は普通に正論を返された。

 たしかにクマは危ない。オークにとってもそれは同じで、クマは危ないらしい。

 東都はオークなら楽々クマを倒せると思ったが、ただの偏見だったようだ。


(オークさんたち、この見た目で漁師なんだ……いやでも漁師もパワーが必要な仕事か。思ったよりも向いてるんだろうか?)


「だども、このトイレが使えねぇとなると困ったな。他にねぇど?」


「それなんですけど、オーランさん、僕はトイレを出す魔法が使えるんです」


「どうやら気付け薬が効きすぎたみてぇだな。もう一度寝るといいど」


「いやいや、本当なんですって!」


「トイレを出すまじないなンて、聞いたこともねぇど?」


「はい。これはとても貴重な魔法なんです」


「貴重っていうか、やろうともしねぇだけでねぇか?」


(そう言われると言い返せねぇ……僕だってこんなの望んでなかったよ!!!)


 しかしこうしていてもラチが明かない。

 東都は気を取り直して、ちらりとエルとコニーの便意を見る。

 すると、彼らの便意はまだ60台だった。


(あれ、二人の便意はまだそこまで高くないな。寒いからかな?)


「今からトイレを外に置きますけど、お二人共まだ我慢できそうですね」


「ええ、場所を探す程度なら待てますわ」

「寒いとどうもトイレが近くなりますからね……」


 コニーとエルがそういった瞬間、ドンと大きな音がした。

 ビクッとした東都が後ろを振り返ると、音を立てたのはオーランだった。


「なんだぁてめぇら……?」


「え?」


 さっきまで柔和だったオーランの顔は、なぜか憤怒に染まっている。

 その様相ときたら、お寺の門に立つ仁王像そっくりだ。

 オーランの立派な体格と握りしめた鉄の棒のせいで、さらにそれっぽい。


 しかし、どうして彼が激怒しているのか、理由が分からない。

 東都がおろおろしていると、オーランは雷鳴のような声を放った。


「トイレってのはなぁ……生きるか死ぬかの真剣勝負なンだよ。そんな半端な気持ちでやって良いことじゃねぇンだ!!!!!!」


<ドンッ!!!!!!>


「「なんで?!」」


 大迫力のオーランに戸惑う東都。

 だが、オークの闘士はさらに続ける。

 その迫力はまさにトイレの守護神、トイレの大魔神だった。


「出したいかもしれない。出るかもしれない。そんな中途半端な気持ちでトイレに入るンじゃねぇ……おめたち、死にてぇのか!!!!」


<ドンッ!!!!!!!>


 鉄棒の振動でトイレの屋根に乗った雪が落ち、ドサリと音を立てた。


(なんでトイレでこんな怒るの?!)


 この世界に来て初めてのパターンに東都は動揺した。

 トイレで怒られる。こんなことは始めてだ。

 かつてない危機感に、東都の背中に冷たいものがつたった。




※作者コメント※

アカン! オークさんもこっちの住人だ!!!

このオーク、やっぱり本格ファンタジーの住人じゃねぇ!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る