サービスタイム
「ふぅ、ひさしぶりのお風呂だわ……最近はそれどころじゃなかったから」
浴室に入ったコンスタンスは湯船の周りを確かめる。
湯船の蛇口には赤と青のハンドルがついた蛇口があった。
「トート様は赤が熱いお湯、青が冷たい水といってたわね」
鎧を脱いだコンスタンスは、赤い蛇口をひねって湯船にお湯を入れる。
すると、蛇口から透明な水が流れ出し、湯船の底に広がっていく。
今は春とはいえ、気温は低い。
お湯はたちまちのうちに浴室を白い湯気で満たした。
コニーは湯船の上でうねる湯気に指をくぐらせる。
そうして彼女はしばらく水の流れを眺めていた。
「こんな簡単にお湯が溜まっていくなんて……魔法はすごいわね」
コニーがこれまで入ってきた風呂というのは、金属や木製の大きな桶にバケツですこしづつお湯を入れていくという、不便なものだった。
桶に入れるお湯は大変な量が必要だ。それだけのお湯を一度に沸かすことは難しいので、どうしても熱すぎたりぬるすぎたりということが起きる。
しかし、この風呂はどうだろう。
蛇口をひねるだけで、お湯が延々と湯船に注ぎ込まれる。
もしぬるくなってもお湯を継ぎ足し続ける事ができるだろう。
トートが出したユニットバスは、彼女の想像をこえる代物だった。
「暖かい……幻影じゃないわよね。本物のお湯だ……!」
蛇口から勢いよく出てくるお湯は、すでに浴槽の半分ほどに達している。
すこし少ない気もするが、コニーは待ちきれなかったのだろう。
彼女は鎧下のベルトに手を伸ばして服を脱ぎ始めた。
お湯から立ち上る白い湯気の中に影が浮かび上がる。
胸元から腰、そして太ももまで、彼女の体は優雅な弧を描いていた。
緊張感のある端正なシルエットは女豹を思わせた。
彼女は湯船に伸ばしたつま先をそっと差し入れる。
そしてそのままお湯に浸かると、歓喜の声を上げた。
「~~~~ッ♡」
湯船の熱いお湯が、コニーの体の深いところまで染み入っていく。
頬を上気させた彼女はつい、扇情的な声を上げてしまった。
「こんな熱いお風呂に入ったのは久しぶり……はぁ……」
彼女は自身の双丘を湯船に沈め、息を吐く。
そして石鹸を手に取ると、湯船の中で泡立て、体を洗い始めた。
「この石鹸、すごい……普通の石鹸って、乱暴に脂を取るだけって感じなのに……これはしっとりとするし、あのまとわりつくような、
石鹸の泡に包まれながら、コニーは表情をほころばせる。
「まるで天井の雲の上にいるようだわ……これがトート様の魔法。あぁっ♡」
★★★
「「ゴクリ……」」
「ええいお主ら。風呂の前で何をしとるんだ、何を」
「いやその、お風呂の調子はどうかなーと」
「け、けっして覗きなど……ただコニーの声が耳に入っただけでありまして」
「まったく……。見ろ、ブリュー殿を。
「ホッホウ。ワシが後10年若ければ、中に入って聖体拝領するんじゃがのう」
「冷静に
「むしろエルさんや僕よりヤベー感じがします」
「むむむ……猊下はその昔、ずいぶんヤンチャだったと聞くからな」
「ヤンチャで済むんですかね。けっこうヤバめなセクハラですが」
「まぁそれはともかく、トート殿の『ゆにっとばす』とやらがたいしたものなのはわかった。これでフンバルドルフのコロリは次第に良くなる……か?」
「だと思います。ですけど、まだ問題は残ってますね……」
「問題……ですか? 失礼ながら、自分にはもう解決したように見えますが」
「いや、トート殿の言う通りだ。問題はまだ残っている」
「閣下?」
「エル、この街にはまだ沢山の
「――あッ!」
「はい。街に落ちている汚物は、まだそのままです。水や空気を汚染するあの汚物をなんとかしないと、コロリの完全な根絶は難しいと思います」
「フゥン。――空気を
「はい。コロリ患者が残した汚物。それがコロリを広めているはずです」
「いったいどうしたものか……。夜人を金で雇っても、結局ああやって街の中に捨てるわけですから……」
「ウム。そこでワシからひとつ提案がある。」
「提案?」
伯爵は東都に向き直ると、にんまりと笑った。
「フンバルドルフの街を歩いていた時、トート殿が語っていただろう。東の国での汚物の使い道についてな」
「あっ」
東都はハッとなって思い出した。
(たしかあの時……)
ーーーーーー
『街には沢山のトイレがあって、汲み取り屋さんが畑に持っていくんです。そして汲み取ったものは、全部肥料として畑に使うんです』
『農村では家畜のモノをつかっていますからなぁ。わざわざ苦労してまで運ぶほどのものでは……』
『後は……土にまいて草と混ぜることで硝石を作るとか、そんな話を聞いた覚えがありますね』
『ほう、火薬の材料である硝石を?』
『ええ、けっこう時間がかかるらしいですけどね』
ーーーーーー
「そうですね。汚物には使い道がないこともないです。でも、どうやって?」
「ウム、簡単なことよ。無価値だから道端に捨てるのだ。火薬の材料として価値が生まれれば、向こうの方から持ってくるわ」
「なるほど。でも買い取るにはお金が必要になりますよ? 汚物が硝石になるまでは数年の時間が……」
「そこでこいつよ」
「フゥン。えっ、なんで?」
伯爵はガシッとエッヘンの肩を抱いた。
いや、気心がしれた相手の肩に手を回した、というよりは逮捕に近い。
「エッヘン。いままで貯め込んだモノの吐き出しどころが来たんじゃないか?」
「フフフフ、フゥン! なんの事かな~?」
(あ、そういえばエッヘンって……港の不正や汚職でお金を貯めこんでるんだっけ。それを出させようっていうのか。さすが伯爵。よし、僕も援護しよう!)
「エッヘンさん、考えても見てください」
「フゥン?」
「いまやっているコロリの対策について、もっとも貢献している人物は誰でしょう? いまのところ、魔法を使った僕を抱える伯爵ですよね」
「フン、気に食わんがそうなるな……」
「ですが、ここで町の清掃に資金を投じたらどうなるでしょう。エッヘン宮中伯の貢献大なり。いや、むしろ伯爵以上と評価されるのではないですか?」
「……ッ!!」
東都はわざとらしく「エッヘン宮中伯」に大きくアクセントをつけて話す。
彼の言葉を聞いたエッヘンの目は揺らいでいる。もうすこしだ。
「これは好機。サービスタイムですよ、エッヘン宮中伯。むしろここで動かないという選択肢がありますか? いや、ない。放っておけば伯爵は自分のお金で対策をしてしまうでしょう。もしそうなれば――」
エッヘンを脅かすように東都は最後に言葉を切った。
もしそうなれば、エッヘンの立場がなくなる。フンバルドルフを任せられながら、コロリに手を打てなかった無能として、歴史書に残るだろう。
浴室の小さな窓から差し込む、細い筋状の光。
陽光を受けて白く光るエッヘンのおでこに、一筋の汗が流れた。
「フ、フゥン……。まぁ、よろしいでしょう。私も帝国貴族。貴族として高貴なる義務がある。伯爵の提案に乗りましょう」
「ウム。決まりだな」
伯爵は手を差し出し、エッヘンが手をとる。
今この瞬間、フンバルドルフの命運が――
いや、ベンデル帝国の運命が変わった。
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※作者コメント※
トイレの話にサービスシーンがあるとは
この作者の目をもってしても見通せなんだ…
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