獣王の企み

<獣王様、兵が揃いました>


<おう。>


 獣王は森に並んだ配下の兵を見る。


 獣王の前では、山羊の角を持った獣人が、弓と槍を持ち隊列を組んでいた。

 それぞれの隊列の前には、ひときわ大きな体格を持つ獣人が立っている。


 彼らは指揮官の役割を持つ獣人だ。両刃斧を持ち、頭には黒光りする牛の角がある。その姿はギリシャ神話に出てくるミノタウロスに良く似ていた。


 そして列の最後には、その牛頭鬼ごずきより大きな存在――巨人がいた。

 まず目を引くのは、その背の高さだ。その巨人の背丈ときたら、太古よりこの森に根を張る木々にも負けないほどだった。


 巨人の肌は毛皮に包まれており、人の面影はない。頭の角も異常だった。子供がつくったこより・・・のようなねじれた角は、この世に存在するどの動物にも似ていない。


 その全てが規格外の存在。

 獣王が「ヘカテー」と呼ぶ存在は、彼の切り札だった。


 ヘカテーは足元にツタのあみに包まれた岩を置いている。

 あれは人間の作った家や城壁に投げつけて壊すためのものだ。


 もちろん、この巨人は普通に戦っても強い。

 ヒトが槍を持っても、ヘカテーの足元を突き刺すことしか出来ない。

 並の獣人ではまるで刃が立たない帝国重装歩兵の隊列も、ヘカテーはやすやすと踏み砕くだろう。


 だが、この巨人の強みを十全に活かすには投石が一番だ。

 岩を投げつければ、獣人たちが苦手とする壁や塔を無力化できる。

 ヘカテーは戦車であり、大砲でもあるのだ。


 獣王は森に立ち並ぶ精強な配下を見て、満足気にうなずいた。

 そして彼はかたわらの人間・・に向きなおる。


<やろうどもの数は?>


<総勢で5000といったところかな。ヘカテーは10きっかり集めたよ>


 獣人の言葉は、人間の耳にはけだものの唸り声と区別がつかない。

 だが、獣王の側にいた人間は彼の言葉を聞き取り、よどみなく答えた。


 黒いローブを着ている人間の顔は見えない。

 しかし、フードの中からしてきた声は、若い少年のものだった。

 ローブの少年は、不遜とも思える態度でさらにつづける。


<獣王さん。手勢を集めるのも大変なんだ。大きいのほどエサを集めないといけないし、変化にも時間がかかる。雑に扱わないでよね>


 自分の倍以上の背丈をもつ獣王に対して、少年はまったくひるむ様子を見せない。それどころか、彼の物言いは獣王をあきらかに見下していた。


 しかし、獣王は人間の無礼を咎めない。

 そこらの獣人が彼と同じような態度を取れば、その場で首が飛ぶ。

 つまり、この人間はそれだけ特別な存在なのだ。


<ゲリベ川の戦いでは不覚を取ったが、この陣なら負けはしまい。>


<まぁ、あれは仕方がない、かな。『帝国の盾』の異名を持つウォーシュが、護衛もわずかに川を下りはじめたから、これ幸いと暗殺を仕掛けたんだけど……まさか全滅するなんてね>


<なにが護衛はいない、だ。ヤツは川を煮えたぎらせ、森を焼き払う魔法の使い手を連れていた。お前の話とちがった>


<それについては申し訳ないと思っているよ。だからこうして、小細工を圧倒できるだけの兵力を集めたんじゃないか>


<むぅ……>


<まぁ、元をたどれば小細工をしたのはこっちだけどね。川を汚し、病を広めることで街の防衛力を下げ、弱ったところを一撃。密偵の話じゃ、ずいぶんとうまくいってるみたいじゃないか>


<人間が人間の街を襲わせる。ナゼだ……?>


<君たちと同じ理由だよ。君たちがそうなったのは、君が自らそうなるよう望んだからじゃない。足の代わりにひづめがあるのは君のせいじゃないし、角が生えてるから悪人というわけじゃない>


 獣王は少年の言葉を黙って聞いている。

 しかし、次に出てきたある単語に反応して、彼の耳はぴくんと跳ねあがった。


<悪いのは女神さ。彼女が君たちを悪人としてこの世界に用意した。そして彼女を信じる人間が、君たちを悪人に仕立て上げた。それを正したいのさ>


<……実にもっともらしいが、そいつは質問の答えになってねぇな。>


<そうかな?>


<ひとつ言っておくぞ。確かにワシらは獣そっくりだ。やたらに吠えるし、血に狂う。だがバカじゃねえ。決まって人間どもはそれに驚く。そして間違いなく、やつらが驚くのはそれが最後になるんだ>


<へぇ……おどしのつもりかい?>


<そいつはおめぇ次第だ。>


<なら僕は僕のやり方で働くとするよ、獣王様。>


<ふん……>


 獣王は喉の奥で空気をころがし、低い声でうなる。

 これ以上問いつめても意味はないと思ったのか、王は少年から視線を外す。


 顔を上げた獣王が見るのは、彼の軍勢だ。

 森に並ぶ「角ありし子」らは、彼の号令を待ちかねているのだ。


 獣王は手に持った黒鉄の斧剣を森に掲げ、大きく吠えた。


 獣王の号令に、獣人達は歓声で応じる。

 彼らは手に持った武器で盾を叩き、槍の柄で地面を叩いて戦太鼓とした。


 しかしその騒ぎも、彼が武器を持った両手を広げると、しんと静まり返る。

 水を打ったような静寂の中で、雷鳴のような声で獣王はこう宣言した。


<目指すはフンバルドルフだ。全軍――進め!!>




※作者コメント※

あれ、これってトイレの話だよな?

何か本格的戦争シーンが始まりそうになってるんだけど…(

急なシリアス展開に体調を崩す人が出ないか心配だぜ!

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