硝石畑

※作者コメント※

お食事中の方、若干注意です。(いまさら?!)

ーーーーーー



 一方その頃のフンバルドルフ。

 エッヘンは伯爵と東都たちにあるものを見せるため、彼らを連れ歩いていた。


「おうエッヘン、もう出来たのか?」


「フゥン。まだ実験段階だがな」


「なんだ、一気にババーっとやらんのか? まどろっこしい」


「フゥン。その大量生産をするためには、適切な実験と記録が必要なのだ。これだから学識をおざなりにする者は……」


「何か言ったか?」

「イヤナンデモ」


「こればっかりはエッヘンさんの言うことが正しいですね。間違った方法で一気に始めても、直すのが大変ですし」


「ほら、魔術師もこういっているぞ」

「むむむ……」


「しかし不思議なものですね。硝石がこんな方法でつくれてしまうとは。」


「ちょっとした革命よね」


「あぁ。コニーの言うとおりだ。ベンデル帝国が使っている火薬の材料は、木炭を除いて基本的に輸入品だからな」


「そうなんですか?」


「ウム。帝国は火薬の材料を海の向こうの国から輸入している。硫黄いおうは火の国から、そして硝石は海の国からな」


「海の国はわかりますけど、火の国……?」


「トート様はベンデル帝国より先の国はご存じ無かったですか。火の国はここより南、白鬼はくき山脈を超えた先にある、ドワーフたちの国のことです」


(おぉ、ドワーフの国……! なんかファンタジーめいててイイゾー!!)


「火の国には数多くの火山があり、とても鉱石資源が豊富なんです。ですが山がちであることから農耕に向きません。ベンデル帝国は大麦や肉と引き換えに硫黄や金銀、銅や鉄を火の国から輸入してるんです」


「へぇ……山ってことは運ぶのにも苦労しそうですね。あ、だから高価なのか」


「はい。火の国との交易ルートは、その3分の1が峻険しゅんけんな山になっています。それもあって比較的高価なんですよね……」


「さすがエル。騎士なんてやめて学者か商人になればいいのに」


「はは。そういうわけにもいかないよ」


「硝石を輸入している海の国はどんなところなんですか?」


 この世界の地理に興味がわいた東都は、さらに海の国のことを聞くことにした。


 ベンデル帝国はたしかに中世ファンタジー的な感じがある。

 だが、人間の国ということもあって街や人々にはそれほど異世界感がない。

 いってみれば、ごく普通の観光地感があった。(ハウス●ンボス的な)


 しかし、エルの話に聞くような火の国は、元の世界のどこを探しても存在しないだろう。東都はフツーに異世界の話を楽しもうとしていたのだ。


「海の国はゲリベ川を下ってさらに先、鉤爪かぎづめ湾を出て、北銀海ほくぎんかいを越えた先のエルフの国です。」


(おぉ……いちいちネーミングがファンタジーでイイゾー! ってか、この世界にもエルフいるのか!)


「エルフっていうと、あのエルフですか? 耳が長くて背が高いあのエルフ?」


「はい、そのエルフです。海の国は鉱物資源に乏しく銅や鉄の道具が希少なので、ベンデル帝国の鉄製品を輸入しています。それと引き換えに硝石や真珠、海の珍味を輸出していますね」


「へぇ……そういえばベンデル帝国でエルフって見ませんね」


「そうですね。エルフはなにかと他種族と問題を起こしがちで……基本的に海の国から出てこようとはしませんね」


(ふむふむ……よくあるゲームのエルフの設定と似たような感じかな? やたら高慢とかって、エルフのキャラのテンプレだもんなぁ。エルフは自分の国に閉じこもってるのか。)


「フゥン。世間話はそのくらいだ。実験場についたぞ」


 エッヘンは立ち止まり、城壁の外に作られた『実験場』を皆に示す。

 木の柵で囲まれた中にはすりばち状の穴がいくつもあった。


 穴のいくつかはすでに埋められている。穴は草と汚物混じりの汚泥が重ねられ、こんもりと盛り上がったおまんじゅうのような形になっていた。


「これが硝石畑……」


「フゥン。試作だが、大したものだろう」


「ウム……。だがエッヘン、アレ大丈夫なのか、何か燃えてないか?」


 伯爵が指差すおまんじゅうからは、白い煙のようなものが上がっていた。

 もうもうと上がるそれは、見ようによっては火事にも見える。


「火事か? 爆発したりせんよな?」


「これが爆発したら、色んな意味で大惨事になりますね……」


 汚物を積み上げたおまんじゅうが爆発したら、人道に対する罪どころではない。

 しかしエッヘンは、そんな彼らの心配を笑いとばした。


「フフーフ! アレはただの湯気だ。問題ない!」


「本当かぁ?」


 目の前のドームからは、白い煙、いや湯気が上がっている。

 これは「発酵」のためだ。 


 エッヘンが作ったのは硝石丘しょうせきおか、そのミニ版だった。


 彼は東都から硝石を作る方法(マンガの聞きかじりの)を聞きとり、それを忠実に実行したのだ。


 まずすり鉢状の穴を掘らせ、その穴に汚物と枯れ草を交互に重ねて入れる。

 そして街で次に集めた糞ツボの中身――つまりおしっこをドバーッとかけた。

 これで後は発酵を待つだけだ。


 こうすると土の中の微生物がおしっこの成分である尿素を変化させていく。

 アンモニアから亜硝酸あしょうさん、そして最後に硝酸しょうさんを含む塩硝土えんしょうどにする。


 これには60度ほどの温度が出る。

 ベンデルの肌寒い空気にこの発酵の熱気が触れ、それが湯気になっているのだ。


 この発酵が終われば、この土をカリウムを含む灰と煮ることで、黒色火薬の原料である「硝酸カリウム」がようやく完成する。


 だが――


「やらせておいてなんですけど……ここから先の具体的な作り方は僕も知らないんですけど、大丈夫なんですか?」


「フゥン。それなら問題ない。硝石の精製法自体は伝わっている」


「え、そうなんですか?」


「左様。謎だったのは硝石の元となる土を作る方法だったのだ」


「へぇ……」


 実は古代ベンデル帝国の貴族は、ワインを冷やすために硝石を使っていた。


 というのも、硝石は水を加えると熱を吸う性質がある。

 20リットルの水に5キロの硝石を加えると、24℃の水が7℃まで下がる。

 そのため、硝石は雪や氷を得られない時期の貴重な冷却手段だったのだ。


 古代ベンデル帝国では硝石が日常的に利用されていたらしく、硝石を生成する方法を記した文献が数多くのこされていた。

 

 そう、精製方法だけなのだ。

 奇妙なことに、書物に載っているのは硝石の精製方法だけ。


 なぜか・・・その材料を得る方法は、どこにも記載されていなかった。


(フゥン。せるわけないわ、こんな方法!!!)


 なぜ古代帝国の賢者たちは、硝石の材料を得る具体的な方法を隠したのか。

 その理由は材料の成り立ちにあったのだろう。


「このワインを冷やしてる冷却剤は、ウンコから作りました♪」


 言えない。言えるわけがない。


 いくら冷たいワインが飲めるといっても、ウンコから作ったモノで冷やすのは、決して気分が良いとは言えない。バレたら即処刑だろう。


 古代の賢者たちが硝石を得る方法を書き残さなかった理由が、なんとなくエッヘンにも理解できた。


 魔術師の方法が正しいのは間違いない。

 なにか確信めいたものをエッヘンは感じていた。


「フゥン。私が思うに、魔術師の方法でつくる硝石畑は信用できる。このまま実験を続ける価値はあるだろう」


「ウム。しかし……あれだな」

「そうですね……やっぱりというか、なんというか」

「はい……ちょっと僕の想像を超えてました」



「「くっせぇなオイ?!」」



 そう。硝石畑はひどい悪臭を放っている。

 畑が放つ湯気は、刺激的すぎるフレーバーを周囲に撒き散らしていた。

 目がスパークリングし、胃がひっくり返る体験がここにある。


「もうこれ、完全な公害ですね」


「ウム。壁の外だけじゃダメだったな。もっと遠くに離すべきだった」


「このニオイ……壁の中にも届いてるんじゃないかしら」


「エッヘン。もしクレームが来たら、対応はお前がしろよ」


「フゥン。え、私?」


「当たり前だろ。これ作ったのお主なんじゃから」


「えぇ……」


 エッヘンが伯爵の理不尽に泣きそうな顔をしていたその時だった。


 市門から血相を変えた兵士がこちらに走ってくる。彼は息を切らしながらエッヘンに駆け寄ると、悲鳴をあげるように叫んだ。


「エッヘン閣下、大変です!!!」


「クソッ! 早速クレームが来たか?!」


「は? ち、違います!!」


「獣人です! 獣人がフンバルドルフに攻めてきました!!」


「「……はぁ?!」」





※作者コメント※

硝石を使った冷却剤の原理は、

たたくと冷たくなる瞬間冷却剤ヒ●ロンと同じです(厳密には違いますが)


それにしても、硝石畑は鼻が曲がるほど臭い……か。

あっ(察し

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