獣と人と(1)


「ウム。状況を報告しろ」


「ハッ!! 街道巡視を行っていた騎兵の報告では、獣人たちは致死率十割大森林シュテルブリヒカイト・ハンダート・プロツェント・ヴァルトからこのフンバルドルフに向かっているようです。そして現在、獣人たちは森の中でキャンプを張り、そこを拠点として周囲の村を襲っています!」


「次から森でいい。大変だろそれ」


「ハッ!」


「それで、獣人の数は?」


「かなりの数です。キャンプのカマドの数、そして足跡の量から推測するに、獣人の数は3000をかるく超えています」


「ふむ……それでは少なすぎる。獣人によってはカマドを使わず食事をするし、足跡をのこさない腕利きの狩人も多い。倍の6000は見たほうが良いな」


「は……6000ですか?」


「ワシのケダモノ共と戦ってきた経験からいえば、獣人を数える時は見つけた数を2倍にするのが常識だ。覚えておけ」


「な、なるほど」


「フンバルドルフの戦力は?」


「訓練を受けた民兵が600。守備兵は300ほどです」


「いくらなんでも少なすぎる。フンバルドルフほどの街なら、民兵は2000、守備兵1000が定数だったはず。何が……クソッ、流行り病か」


「はい。数年前から続くコロリのせいで、街では3人に1人がコロリで死にました。いまフンバルドルフを守る兵は、去年の半分以下の数です」


「今使えるのは総勢で900か。壁の守りには最低でも1000は必要だ。退役兵を中心に、防衛のための兵をつのれ」


「承知しました閣下。しかし――」


「心配するな、一時金はエッヘンが出す。この際だ。冒険者もかき集めろ」


「えっ私? これも私が出すの?」


「お前なぁ……フンバルドルフが落ちたら裏金どころじゃなくなるぞ? 溜め込んだものを全部吐き出せ。むしろ有意義な使い所ができてよかったじゃないか」


「そ、そんなぁ……」


「ハッ!! ではエッヘン伯の金庫を開放します!」


「うむ。やってしまえ。ワシが許す!!」

「ヒィン!!」


(戦争かぁ……。さすがに僕の出番はなさそうかなぁ?)


 エッヘンとウォーシュのやり取りを見ながら、東都は安堵と不安がまじったような、複雑な表情をしていた。


 いくらトイレが強力でも、戦争となるとどうだろう?

 出会い頭でやるしか無かった森の中とゲリべ川とは、今の状況は違いすぎる。


 本格的な戦争ともなると、トイレの力などあってないようなものだ。

 彼らに任せるしか無い。東都はそう考えたようだ。


「それにしても――伯爵さんって、こんなに頼もしかったんだ……」


「フゥン。どうでも良いけど、なんで伯が指揮を取ってるの 私、いちおうフンバルドルフの代官なんだけど?」


「それはそうでしょう。宮中伯よりウォーシュ閣下のほうが戦いの経験がバリバリにありますし。それに伯は『帝国の盾』の異名があるほどのお方ですから。帝国を侵攻から守ってきた経験は、誰にもひけをとりませんわ」


「伯爵さん、思った以上に偉かった。毎朝トイレのなかで『おほー』とか言ってるから、すっかりそういう人なのかと……」


「いや、どういう人ですか」


「毎朝トート様のトイレでおほってますけど、伯爵はちゃんと武闘派ですわよ」


「フゥン。しかし私にも代官の面目というものがだな……?」


「別に執られてもいいですが……ただでさえ終わってる士気が、本当にガタガタになりますわ。敗戦の全責任をとるというなら、それも良いでしょうけど」


「スンッ……」


「ところでエッヘン。武器庫の備蓄には手を付けてないだろうな?」


「「あっ」」


 伯爵たちの白い視線がエッヘンに突き刺さった。

 それにあわてたエッヘンは両手をぶんぶん振り回して、伯爵に言い返す。


「ま、まて、さすがの私だって、やって良いことと悪いことの区別はつけるぞ! クロスボウと銃、槍の備蓄は平時と変わらない。それは心配するな!」


「本当ですか?」


「ウム。武器の備蓄があるなら、あとは兵を集めるだけだ。しかしこの流行り病が猛威を振るう中、どれだけの市民が招集に応じるか……」


「たしかに心配ですね。戦えるほど健康な人間はそう多くないでしょう」


「コニーの言うとおり、いくらエッヘン伯の裏金をばらまいても、そもそも健康な人間が少ないというのがありますね」


「「うーむ…………」」


(あれ、思った以上に深刻そう? たしかに6000対900じゃなぁ……)


「あの……それなら、僕のトイレを使ってみてはどうでしょう?」


「フゥン。何言ってんじゃこいつ」


「いえ、エッヘン伯、トート様がおっしゃることは一理あります」

「ウム。トート殿の話を聞いてみようではないか」


「え、コレおかしいの私のほうなの?」


「おかしいのはエッヘン伯のほうですね。」

「ウム。」

「断言?!」


「僕のトイレは戦いのための道具じゃないです。でも……」


「そりゃトイレだからな」

「黙っておれ」

「ヒンッ!」


「でも、何かできることがあるなら手伝いたいんです。例えばこういうのは――」


 東都は「ある考え」を伯爵に披露した。


 しかし、その計画はまるで常識とはかけ離れていた。トートのトイレをよく知る伯爵たちでさえ、どうしたものかと腕を組んで考え込んでしまったほどだ。


「フム。どう思う?」


「私は……良いと思います」


「エルがそういうなら、やってみてもいいんじゃないかしら。いたずらに兵を使う訳では無いし」


「まぁ、兵のモノ・・はつかうけどな」


「よし……やってみるか」





※作者コメント※

なんで5000じゃなくて6000なの?

ヘカテーは1体で獣人100人分のメシを食います。

なので偵察員も人数を誤認した。という設定らしいです。

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