獣と人と(2)

今回は戦闘前の準備パートです。

ーーーーーー


「しかし、この作戦のためには、兵士のみなさんにトイレを使ってもらう必要があります。魔法の能力を伸ばすには、トイレを使ってもらうことが必要なんです」


「トート様がいうことは、何も間違ってないんだが――」


「根本から間違ってる気もしてならないわね」


「ウム。だが今さらだ。兵士たちにトイレを使わせよう」


「フゥン。君ら正気に返る最後のチャンスを手放しちゃったよ?」


「なにを言うエッヘン。これに何の狂気がある」


「狂気しか無いが? ウンコで強くなる魔法とかどう考えてもおかしいだろ!」


「エッヘン伯。私の知る限り、魔法には等価交換の原則があります。人は何かの犠牲ぎせいなしに何も得ることは出来ない。何かを得るためには、同等の対価を支払う必要があるのです」


犠牲ぎせいっていうか排泄はいせつだよね? それにその格言は、ここで使って良いものじゃないと思うよ」


「まったく、理屈っぽいヤツだな」


「閣下、戦いが続くと、人はみんなおかしくなるものです」


「おれたちもそうなっていくのか……」


「君たちはもうおかしいから大丈夫だよ」


「エッヘンさん。確かにトイレを使うことで僕の魔法が強くなる、というのはおかしいかもしれません。でも、現にそうなってることを否定するのは、迷信を信じることと何が違うのでしょうか?」


「むむむ……」


「ウム。エッヘンのいう事は至極当然だ。常識と言ってもいいだろう。しかしそれは古い常識なのだ。常識とは時と場合で変わるものだ」


「フゥン。そこまで言われると何かそんな感じがしてくるな。まぁ……私ひとりがいつまでもゴネていても始まらん。ここは協力しよう」


「ありがとうございます!」


 東都の説得の甲斐もあり、ウォーシュとエッヘンは互いに協力する事になった。


 彼ら2人には、普段のいさかいや利害の対立がある。

 しかし、今は争っている場合ではない。


 2人はフンバルドルフの武器庫を開放し、馬車に乗って節分の豆まきでもするように、ありったけの武器を街に配った。


 そうしているうちに冒険者や退役兵といった間に合せの兵も集まり、フンバルドルフを守るための軍勢は1000人あまりになった。


 ここで東都は、兵たちをひとつの場所に集めるよう要請した。

 もちろん、彼の考える「作戦」のためだ。


 伯爵たちは東都の願いを聞き、街の広場に軍勢を並べさせる。


 普段は人でごった返す広場だが、戦いが始まるとなった今はがらんとしていた。

 屋台は骨組みだけで、空のカゴもひっくりかえったままだ。


 そんな廃墟のような場所で、兵たちはみな緊張の面持ちで武器を手にしている。

 だが、東都にはこの様子が別のものに見えていた。


「トート様。兵を並べ終わりました」


「ありがとうございます。それにしても――」


(――みんな緊張してるな。それに便意の数字がとても高い。)


 東都には、兵士たちの頭の上に数字が浮かんでいるのが見える。

 そう、便意を表す数字だ。

 数字はそのほとんどが60を超え、80、90に達している者さえいた。


「どうしました?」


「あぁいえ、みんなトイレを我慢しているようだなと思って……戦いがはじまったらどうするんですか?」


「うむ。普通はれ流しながらそのまま戦うな」


「そうですね。一度戦列を組んだら1人だけ抜けるわけには生きませんから」


「うへー……」


ーーーーーー

 説明しよう!


 人は動物の一種であり、古来より続く生存闘争に適応している。

 命の危険がある戦闘の興奮状態にさらされると、人の体はその状況に適応した化学物質を分泌するのだ。


 例えば、アドレナリンは血圧や心拍数を高めて、運動能力を向上させる。

 コルチゾールは炎症の抑制、血液の凝固を高めることで負傷にそなえる。


 そして――脱糞だ。

 人は古来より、戦闘という極限状態になると脱糞する習性があった。


 生きるか死ぬかの戦闘において、余分な「荷物」を持っている余裕はない。

 そのため人の体は、戦闘に突入すると便意をもよおすようになっているのだ。

 

 実際、近代の戦争でも多くの兵士が脱糞していた。

 アメリカ国総防省、いわゆるペンタゴンが機密解除した文書によると、こうだ。


「第二次世界大戦で戦った兵士の25%が尿失禁の経験があると認め、その半分の12.5%が大便の失禁を経験した。しかし、ここで激しい戦闘を経験した前線の兵士に統計をしぼると倍になる。50%の兵士が尿を漏らし、25%近くが大便をもらしたのだ。国防総省としては早急な対策が必要であることを指摘する」


 このことから第2次世界大戦中、近代的な装甲オムツ「パンツァー」が開発された。しかし、当時は紙オムツの製造技術が確率しておらず、オムツに貴重な綿布を使用すると軍服の生産に支障をきたすこと、また単純に重すぎることからパンツァーは実戦配備されることはなかった。なお、このパンツァーがドイツ軍の戦車を含む装甲兵力「パンツァー」の語源であるのは言うまでもない。


東塔大学出版刊『戦争の生理学』より

ーーーーーー


(戦いの前では、緊張で出るものも出ないと心配してたけど、本当は逆なのか。なら……僕がトイレを置くのは、かえって良いことだったのかな?)


「戦いの前にトイレに入れると、やっぱり助かりますか?」


「はい。戦いが始まるとトイレに行けるタイミングってまったく無いですからね」


「ウム。指揮官としても助かりますな」


「なら――トイレ設置!」


 東都はいつものようにトイレ設置を放ち、トイレを広場に出した。

 突如広場に現れた白い柱に兵士からどよめきが起きる。


「なんだあれは!!」

「柱のようだが……?」


「みなさん、これはトイレです」


「トイレ? これが?」

「ていうか……なんでトイレ?」

「だよなぁ。こういうシチュで出すのって、フツー新兵器とかじゃないの?」

「便所なんて出されてもなぁ……」


 至極もっともな反応を返す兵士たち。

 だが、東都はこの程度のことでめげる事はなかった。


 彼はこれまでの旅で自身のトイレにある種の自負、自信が芽生えていたのだ。


「はい、これはただのトイレです。しかし皆さんがこれまで使ってきたどのトイレよりも清潔で快適です。戦いの前にこの中で用を足してください。戦いが始まったら、垂れ流して立ち続ける他ないのですから」


 この東都の発言にまず動いたのは、守備兵たちだった。

 彼らは民兵と違って過酷な戦いの経験がある。

 そのためトイレの大事さを良く理解していたのだ。


「よし、魔術師サンよ、俺たちは使うぞ!」

「新兵ども、さっさと出してこい!! 戦いが始まる前に腹の中のものを出しておかないと、メチャクチャ悲惨なことになるぞ!」


「わわっ!」


 後はもう、東都がトイレに入るよううながす必要もなかった。

 人の波がトイレに押し寄せ中に入っていく。


「フゥン。しかしこのトイレとやら、どこかで見覚えが……」


「どきっ」


「サイズ感といい、高さといい、何かに似ているような」


「き、気のせいじゃないカナー?」


「はて、魔術師は水の魔法を使うはずなのに、水ではなくトイレを出した。ということはつまり――ハッ!!」


「そこまでだエッヘン。このことは胸に秘めておけ」


「待て待て、流石に不味いだろ! ト――」


「トート様の水はあの柱から出る。いいな? 今さら騒いでも手遅れだ。もう街に設置して、街のものはその水を口にしているのだからな」


「なんでそんな思いきりのイイ事しちゃったの? もし陛下が街に来て、あの水を口にしたらどうするんだ……?」


「水自体は悪いものじゃない。それは間違いないし保証しよう。柱は未使用だし、何の問題もない。いいな?」


「問題しか無いが?」


「なら、お前の権限でアレを分解しようとするもの、持ち出そうとすることを禁ずる法令でも出して追い払え。柱に護衛をつけてもいいだろう」


「おい待て、たかがトイレにそんな経費を――」


「エッヘン。もし柱の正体がバレたらどうなるか考えろ。想像にたやすいだろ? この秘密は共に墓まで持っていく、そういう性質のものだ」


「ヒンッ! 私がやったわけじゃないのに……」


(さて、どうなったかな?)


 東都はステータスウィンドウを開く。すると右上に表示されているTP(トイレポイント)の数字がものすごい勢いで回っていた。


 トイレを出して間もないのに、TPはすでに100を超える勢いだ。


(まさにボーナスタイムだな。よし……この量のTPならいけるぞ!!)




※作者コメント※

東塔大学出版も荒ぶっておられる。

しかし、伯爵たちがぶっ飛びすぎて、エッヘンが常識人枠になってしまった…

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