仕様です


「ホッホウ。これが……魔法の風呂?」


「ウム。見た目にはトイレと同じような箱ですな」


「ですが、大きさは比べ物になりませんね」


 東都が出したユニットバスを皆が見上げている。

 というのも、思った以上に本体がデカかったのだ。


 ユニットバスの見た目は、扉の付いた平たく白い箱だ。

 1片の長さは3メートル。高さは2メートル半といったところだろうか。


 この風呂場の天井は決して低くないが、それでも天井をこすりそうだ。


 それが薄暗い修道院の風呂場で、異様な存在感を放ちながら鎮座するユニットバスは、シンプルすぎでどこか現代アートめいていた。


 現代人の東都ですら、この光景に半端ではない違和感がある。

 中世を生きるエルやコニー、伯爵たちは言うまでもない。


 彼らはユニットバスを囲んだまま、身動きひとつしない。

 一体コレは何なのか?

 戸惑い、あるいは恐怖に似た感情が、彼らの体を凍りつかせているのだ。


(室内にあるからなおさら大きく見えるなぁ。中はどうなってるんだろ)


「ちょっと失礼。中を見ましょう」


「ホウ。だ、大丈夫なのか? 悪魔が出たりしないか?」


「総司教様、トート様を信じましょう」


(うーん……魔法に対して何か――警戒感がある? ま、トイレとか風呂とか出す魔法なんかないだろうし、当然か。)


 東都はドアを開いて、その中を確かめてみる。

 すると、ユニットバスの中にはトイレと浴槽があった。


 トイレはいつも出しているトイレと同じだった。

 ウォシュレットと●姫が付属した、ごく一般的で近代的なトイレだ。


 だが一方の浴槽はすこし……いや、だいぶシンプルだった。


 風呂部分は壁に赤と青の蛇口があるだけで、シャワーも何もない。

 ただ、浴槽とトイレの間に防水布のカーテンがあるだけだ。


 あるのは本当に必要最低限の設備だけ。

 湯船に浸かることはできる。

 だが、それ以上のことは何もできない状態だった。


(うーん、ユニットバスのスキルを取っただけだと、本当に湯船だけか。シャワーも後付けとなると、これはなかなかのTP食いだぞ……)


「わっ、これはすごいですね!」

「ホッホウ。なんという白さか。美しい……」


 一方、コニーたちは、東都と異なる反応をした。


 ユニットバスを見たコニーと総司教は驚きの声を上げる。

 東都にとっては何もない浴槽だが、彼らにとっては違う。


 これほど清潔で美しく整ったお風呂は見たことがないのだ。

 彼らにとっては、これでも十分すぎるほどだった。


(喜んでもらえるのは嬉しいけど、まだまだ足らない物があるんだよなぁ。シャワーのないお風呂とか、始めて見たよ……)


「ところでトート様、なんでトイレまで一緒なんですか?」


「そうよね。なんで一緒にしているのかしら?」


「えっ?」


(あれ……ユニットバスって海外のお風呂じゃなかったっけ? そういえば、ここのお風呂にもトイレは無いな。もしかして、中世だからか……?)



ーーーーーー

 説明しよう!


 実はユニットバスは海外発祥ではないのだ!

 ユニットバスの誕生は、1964年に開催された東京オリンピックにさかのぼる。


 なぜオリンピックとユニットバスが関係するのか?

 これには当時の状況が関係している。

 

 オリンピックが開催されると、多数の観光客が東京にやってくる。

 しかし、1960年代の東京は、まだ十分な数のホテルがなかったのだ。


 そこでオリンピックの開催を期に、ホテルの建設ラッシュが起きる。


 なかでもホテルニューコタニ(20階建て全1200室)は、オリンピックの開会に間に合わせるため、建設期間が1年しか無かった。


 当時、1000部屋を超えるホテルの建設には、通常3年かかると言われていた。どう考えても間に合うものではない。


 この問題に対して、ご存知あの会社……T●T●が立ち上がったのだ。


 通常、トイレとお風呂はバラバラのパーツを用意して、建築現場でイチから組み立てる。間取りに合わせてその場で組み立てるから、時間も手間もかかる。


 ならこれを変えようではないか。

 T●T●は工場であらかじめトイレとお風呂を一緒にしたパーツを作って、建築現場ではそれを組み立てるだけにしたのだ。


 そして、この方法は大成功する。ホテルニューコタニの1200室は、たったの2ヶ月でユニットバスの工事を完了した。


 これがユニットバスの原型となって、今に引き継がれている。


 まったくの余談だが、これらのユニットバスは、実は核シェルターとしても機能するように設計されていた。当時はソビエト連邦とアメリカ合衆国が冷戦状態にあったからだ。


 ユニットバスの壁や床は、アメリカ極東司令部の指示によって、核攻撃の放射線や爆風に耐える特殊素材で作られていたのだ。


 人間は絶食していても2,3週間は生存できるが、水は3日間絶たれると死亡してしまう。しかし、ユニットバスをシェルターとして使用すれば、トイレや浴槽の水を非常用の飲料水として用いることが出来るため、生存率が格段に上がる。


 ユニットバスは、東京オリンピックで日本の平和と復興をアピールすると同時に、冷戦下の緊張に備えるための秘密兵器でもあったのだ。


 しかし幸いにしてユニットバスがシェルターとして役に立つことはなかった。


 東京オリンピックの後、ユニットバスは一般の住宅にも普及し、日本人の入浴の歴史の1ページを飾ることになった。


 東塔大学出版刊『東京オリンピック秘話』より。


ーーーーーー



(言われてみると説明が難しいな。えーっと……)


「そ、それは……トイレと風呂は水を流すものだからです。水の流れる管は分けておくよりも、まとめておいたほうが効率がいいでしょう?」


「魔法なんだから別に分けてもいいんじゃないかしら……」


「これを見て思ったんですけど、東の国では、風呂に入っている時に隣でトイレされるんですか?」


「「えっ」」


「いやいや、誰かが入ってるときには、流石にしませんよ。」


「お風呂の時、トイレが使えないのは不便じゃない?」

「だよなぁ」

「ワシも思うんだが、やっぱ分けたほうが……」


「仕様です」


「アッハイ」


 東都は「仕様」という魔法の言葉で疑問を押し切った。彼の有無を言わせぬ雰囲気に飲まれ、トイレとお風呂一緒問題は、いったん有耶無耶となった。


「まぁ、これは基本も基本ですけどね。みなさんが使っていけば、ここからさらに設備を追加していけますよ」


「むしろ抜いてほしいものがあるんだけど……」


「ホッホウ。まだこれ以上のモノがあるのですか?」


「えぇ。シャワーという水をふりまく道具や浴槽から泡を出してマッサージする機能なんかが追加できます。ですが、まずは石鹸からですね」


「な、なんと……本当に魔法のようだ」


「猊下、トート殿は本当に凄まじい魔法使いなのです。たったひとりで死の砂漠を越えるほどの実力者ですから」


「な、あの死の砂漠を?!」


(毎回そうやって驚かれると、本気で気になってくるなぁ……死の砂漠って、どんだけヤバイところなんだろう……ま、とにかく今は石鹸を出すのが先だ)


 東都はスキル欄からツリーに表示を戻して石鹸を探す。


(多分、「消耗品」のところにあるだろ……よし見つかった、コレだ!)


 東都は石鹸を見つけた。しかし、トイレ用石鹸せっけんとバス用石鹸は別モノとして扱われていた。


 それぞれが違うツリーになっており、トイレの石鹸は手洗い用で殺菌重視。

 バス用石鹸はオリーブや香りのアップグレードができるようだ。

 

(女神、クソ雑な転生させといて、意外とこういうとこは細かいんだよな……。ま、使えるなら良いか。)


 東都は10TPを支払い、石鹸をアンロックする。

 すると浴槽のフチに輝く光とともに石鹸が姿を現した。


(リアルタイムで出てくるの初めて見たかも。こうしてみると魔法だなぁ……)


「えっと、いま石鹸を出しました。これで皆さんが僕が出したお風呂に入って、体を洗ってもらえばコロリの問題はきっと良くなるはずです」


「ホッホウ。中を見てもよいだろうか?」


「どうぞ。」


 ブリューはおそるおそるユニットバスの中に踏み込んだ。そして、バスタブのそばにある石鹸を手に取った彼は、心底信じられないと言った様子で声を上げた。


「この石鹸せっけん。まるで真珠のような……ほ、本当に使っても良いのか……?」


「はい。消耗品ですので」


「このような真っ白な石鹸をみたのは初めてじゃ。そして香りも……控えめながらも上品な花の香りがする。皇族がつかうものでは?」


「そうなんですか?」


「恥ずかしながら、ベンデルで石鹸といえば、まとわりつくような灰と脂の臭いがするのが普通なのです」


「ホッホウ。その石鹸ですら高級品だというのに……」


「ま、まぁ……魔法ですし? お気遣いなく使っちゃてください」


「な、なんという気前の良さか。売れば間違いなくひと財産になるでしょうに」


「トート様は無欲な方ですから」


「ホウ。わしは魔術師どのを誤解していたかもしれん。この聖人のような無欲さ。異世界の転生者の方々と出会った時とよく似ている……」


(ドキィ!?)


「き、きのせいですよ。うん! 僕はごく一般的な魔術師ですから! 強いていえばトイレを出せるってことくらいかなー?」


「トート様はその部分が飛び抜けているんですが……」


「ところでお風呂ですが――猊下げいかがお使いになる前に、我々でお風呂の安全を確かめねばいけませんね。何かあるといけませんから」


「コニー……お前、普通に使ってみたいだけだろ」


「悪い?」


「いや、まぁ……うん。気持ちはわかるけど」


「なので、良いですよね!!」


「ホ、ホウ。どうぞ?」


「よっしゃぁぁぁぁぁ!!」



※作者コメント※

久しぶりに出てきたな、東塔大学出版……

しかし楽しそうだなコイツら…

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