機動戦
試合の開始を知らせるホルンが鳴らされた。
それと同時に反対側の鉄の格子門があがり、中から騎兵が出てくる。
その騎兵たちの姿を見た東都は、目を疑った。
「あれは……狼?!」
「あれはワーグというモンスターだ。真正面に立つな、噛みつかれるぞ!」
騎兵と言うから、てっきり東都は相手が馬に乗ってくるものだと思っていた。
しかし、ブルーチームが跨がっているのは馬ではなかった。狼だ。
ブルーチームの剣闘士たちは、毛の短い巨大な狼に乗っていたのだ。
ワーグの姿形は狼によく似ている。しかし、その顔は狼には似ても似つかない。ワーグの頭部はハイエナとブタをまぜたような印象があり、短い鼻をして、大きく広い三角形の耳を持っていた。
「野郎どもついてこい!! レッドチームは皆殺しだぁ!」
「ヒーハー!!」
ブルーチームのリーダー格が長槍を掲げて号令する。
するとワーグは丘の上を素早く疾走した。
ワーグはずんぐりとした胴体をして、手足も短い。
にも関わらず、しなやかに全身を上下に動かすと、思った以上に早く走る。
もしかしたら、馬以上の速さかも知れなかった。
「クソッ! みんな、オアシスまで走れ!!」
「ウォロロ~!!!」
奇妙なかけ声を上げ、ブルーチームがワーグの上から弓矢を放った。
ボサボサした黒矢羽根の矢が空を切る。
「――危ないッ!!」「ひぇっ!」
「大丈夫だ、狙いは甘い! 恐怖で足を鈍らせるのが目的だ!」
ジョバンニが矢に怯える剣闘士に檄を飛ばす。
目の前に落ちた矢を見て、足を止めた若い男が再び走り出した。
「数が欠けたら、勝ち目はどんどん薄くなる。全員をオアシスに!」
「はい!」
「ムゥン! 盾を持つものは前に出ろ! 矢を盾で受けるのだ!」
ハシムと盾を持つ数人が前に出る。
革の盾が矢を受けると、太鼓を叩くような奇妙な音がした。
<トトン!><トン!><タン!>
「よーし、盾を出して速さが鈍ったぞ! 遊撃隊、側面に回り込め!」
ブルーチームのリーダーは槍をふり、騎兵を2隊にわけた。
ワーグ騎兵は、全員が弓を持っているわけではなかった。
弓を使うことは難しい。
そして、その弓を騎乗生物の上で使う〝騎射〟はさらに難しい。
訓練された職業軍人や傭兵でなければ不可能だ。
そのため、ブルーチームで弓を使っている者は少ない。
全10騎のうち、弓を使うのはたったの3騎だった。
「次はよく狙え、弓を無駄にするなよ!」
「ホーホー!! 了解!」
ブルーチームの弓騎兵が装備している矢筒は1本。
それに入る弓は20本だ。
3騎ということは、全部で60本。
レッドチームの10人なので、一人当たり6本。
全員を射倒すにはとても足らない。
しかし〝いやがらせ〟をするには十分すぎる量だ。
「ムゥン! 横に回ったか!! 者ども、先にいけ!!!」
「ハァ……! ハァ……!!」
正面から弓を撃っていた弓騎兵が側面に回り込んだ。
当然、位置が変わったなら盾持ちも移動しなければならない。そうして移動に時間的なロスがでれば、グラウンド中央のオアシスにたどり着くのは遅れる。
時間がかかるとはつまり――
ブルーチームの攻撃のチャンスが増えることを意味する!
「ハッハー! 突撃ィ!!」
牙をむいたワーグが横列を組み、突進をしかけて来た。
方角は東都たちの斜め前、弓騎兵の後ろだ。
つまり、盾を持ったハシムたちは横から奇襲を受ける形になっていた。
「危ない、ハシムさん!」
「ムゥン!」
「弓手!! 先頭を撃て!!」
ジョバンニが叫ぶ。
一応、レッドチームにも弓矢を持つものが3人いる。
しかし、ブルーチームと違ってこちらが使うのはクロスボウだ。
台座の上に太矢をつがえた剣闘士が引き金を倒し、ボルトを発射する。
クロスボウが発射されると、独特の小さな破裂音がして太矢が飛んでいった。
<パシュン!>
「ぐぅっ!!」
3本の太矢のうち、1本が槍を持った騎兵の胸に吸い込まれた。
槍を持っていた男は短い苦悶の声を上げ、どうと草の上に落ちる。
しかし、主を失ったワーグはそれを気にする様子もない。
まっすぐこちらにやってきていた。
「クソ! これって10対20の間違いじゃないか?!」
「まったくだ!!」
東都に同意し、毒づくジョバンニ・クタバール。
そうはいっても、彼も〝ウォリアー〟だ。
文句を言いながらも、通りすがりに騎兵をひとり、剣で切り倒した。
「そこの〝柱頭〟……その命、もらったぁ!」
大地を踏み鳴らし、一騎の騎兵がハシムを狙う。
先の試合で目立った彼は、ブルーチームに賞金をかけられていたのだ!
カエルのような潰れた黒兜の剣闘士が、ワーグの上でぐんと戦包丁を振りかぶる。
「ヒーハー! テメェの兜にクソをしてやる!!」
「ムゥン! 御柱様に楯突く愚か者がぁ!!」
ハシムは柱を冒涜(実は本来の使用用途なのだが)した剣闘士に対して激昂した。
怒りのままに、手に持ったショートスピアを投げつけるハシム。
ブン、と重い音をたてて飛んだ鋼の棒は、重厚な兜の額をやすやすと貫いた。
「うげっ!!」
「オアシスにつく前に何度も襲撃を受けたら持たん。急いで走り込むぞ!」
「……はい!」
最初の襲撃は、かろうじてレッドチームの方が被害が大きかった。
ブルーチームは3人。
レッドチームは4人が倒れた。
乗り手を失ったワーグはグラウンドの死体に牙をたてている。
それに飽きたらまたこちらに来るだろう。不利はどんどん開くばかりだ。
(くっ……ここでトイレを出してもいいけど、衆目の中であまり出すところを見られたくない。小屋に隠れたらトイレを出そう。)
東都たちはブルーチームが態勢を整える前にオアシスにすべりこむ。
そして、松明を手にレッドチームの何人かの剣闘士が小屋の中に逃げ込んだ。
「これで次はこっちが有利に戦えますね!」
「あぁ、反撃はこれからだ! ……ッ!?」
見慣れない旗が入口で踊っている小屋の中から悲鳴が上がった。
あの小屋には、レッドチームの剣闘士が入ったばかりだ。
「一体何が――げっ! そこまでするぅ?!」
「今回の主催者は……相当に性格が悪いな」
血塗られた刃を持った大きなカマキリが小屋から出てきた。
コロシアムの主催者は、小屋の中にモンスターを隠していたのだ。
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※作者コメント※
あれ、何か普通にファンタジーっぽい戦いしてる… あ、そういえばこの小説、本格ファンタジー小説って標榜してたの、作者本人もすっかり忘れてた。テヘペロ
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