プロの仕事


 レッドチームの死傷者がこれで5人目。


 つまり、東都、ジョバンニ、ハシム、そして後2人のクロスボウ使いしかレッドチームの選手は生き残っていなかった。


 東都は戦えない。なのでレッドチームの選手は実質4人。

 『どうあがいても絶望』。

 そんなキャッチコピーが東都の頭をよぎった。


(不味い。今回の試合、思った以上にクソバランスだ。)


 ブルーチームの選手はまだ3人しか倒されていない。

 そして倒したとしてもワーグのおまけ付きだ。

 どうあがいてもレッドチームの勝利はなさそうに見えた。


「もうだめだぁ……おしまいだぁ……!!」


 恐慌でパニックにおちいった剣闘士がクロスボウを捨て立ちつくす。

 もはや戦いどころではない。


「意志を強く持て! そんなでは生き残れんぞ!」


「ムゥン! 御柱様にそんな無様な姿を見せるつもりか!!!」


 ジョバンニとハシムが闘士の胸ぐらをつかむ。

 しかし、生き残ったのはたったの2人。

 その2人も戦う気力をほとんど失っていた。


「そんなこといったって……」

「もうこんなの無理だぜ! 大人しく死ぬしかねぇ!」


「ムゥン! 気をしっかりもたんか!」


<ビビビビビン!!>


(ビンタがその音出すことってほんとにあるんだ)


「ジョバンニさん、これっておかしくないですか?」


「おかしい? なにがだ少年」


「この試合は、東の国と砂の国の歴史的な戦いを再現したもの。そうですよね」


「あぁ。それに間違いはない。それの何がおかしいというのだ」


「あまりにも不公平すぎると思いませんか?」


「それはそうだが……今に始まったことではないだろう」


「この試合には国威発揚の意味もあるはず。いくらコロシアムの試合がエンタメとはいえ……いえ、エンタメだからこそ用意しているはずです。――勝ち筋を」


「コロシアムの主催が、砂の国が勝つ方法を残しているというのか」


「この状況から逆転する。その演出がどこかに隠されているはず。じゃないと――」


「……客が白ける。試す価値はあるかもしれない、な」


「コロシアムを動かしているのはエンタメのプロです。まったく気に食わないですけど、今は彼らの〝仕事〟を信じるほかないです」


「フッ、少年……お前はなかなか面白い視点でものを見ているな。普通のコロシアムの選手とは違う視点だ。よかろう、やってやる」


「ムゥン。まずはこいつらをなんとかするぞ!」


「応!」


 そう言ってハシムとジョバンニは巨大カマキリに飛びかかった。

 危険なモンスターには間違いない。

 だが、不意打ちさえされなければ剣で狩れる相手のようだった。


 彼らの戦いを見ながら、東都は考えを巡らす。

 自分が主催者なら、どうやって戦いを『演出』するか。

 コロシアムの試合をセッティングする者の気持ちになって考える。


(僕たちレッドチームの動きは? オアシスの中央に突撃して小屋を燃やすこと。そしてなんと! 小屋にはモンスターがいた! まさに絶体絶命だ。)


(試合に〝ストーリー〟があるとするなら、山と谷がある。ここは谷底。後は上がるだけ。山を登っていくきっかけは何だ? 僕たちはここで何をするはずだった?)


(――そうか!)


「みんな、火を放つんだ! 小屋だけじゃなくて、草にも、木にも、全部だ!!」


「何?!」


 レッドチームの戦友の答えを聞く前に東都は動いた。そこいらじゅうに火を放つため、松明を両手に持ち、怪しい儀式のような奇妙な動きで炎を撒き散らしたのだ!


「うぉぉぉぉぉ!!!」


<ボボボボボボ!!!>


 松明を持ったまま東都が疾走すると、炎が風を切って火の粉を撒き散らす。

 すると彼が走り去った後に巨大な火の手が巻き上がった。


「なッ! なんだアレはッ!」


 ブルーチームから困惑の声が上がる。火の回りが異常に早い。

 オアシスから広がった炎の壁は、すでに彼らを囲み始めていた!!


「あまりにも燃えすぎている。――まさか!」


 何かに感づいたジョバンニは、手近にあった草をむしった。


<ブツン!>


 草はあまりにもあっさりと千切れた。そして、手応えもおかしい。

 草を千切れば、普通はしめっぽい草の汁が出るものだ。

 しかし、彼の手には汁の代わりにぬるりとした「脂」がついていた!


「そうです。ここにある草は全部……造り物なんです!」


「!!!!」


「ムゥン……造り物だと?!」


「そうです。このコロシアムのグラウンドはつい先日まで砂地だった。そこに土を入れることは難しい……見てください!」


 東都は手を芝生の中に深く突っ込む。

 そして引き上げると、彼の手には砂が握られていた。


「砂を取り出し、土を盛ることはこの短い期間では不可能。だから主催者は全ての草を造りものにして、砂の上に差したんです」


「では、まさか……!」


「そのまさかです。――これもそうです!!」


 東都は持っていた松明を『オアシス』の中に投げ入れた。


 すると、空の色を写していた青い水がぼうっと燃え上がった。

 立ち上る炎は天を目指し伸び、太陽を焦がさんばかりにそびえ立った。


「「ワァァァァァァァ!!!」」


 ド派手な演出に観客も沸き立った。

 これが主催者の企図した「攻略法」だったのだろう。


「ゲホゲホ、しかしどうするんだ! この熱では我らも蒸し焼きだぞ?!」


「いえ、来るはずです。あっ!! 皆さん、天を見てください!」


「何?」


 東都が叫ぶとレッドチームの面々は空を見上げる。

 視線が自分から外れたのを見て取った彼は素早く動いた。


(ハァッ!! トイレ召喚召喚召喚ッ!!)


 東都は小声で連続召喚を放ち、熱気盛るオアシスの横にトイレを並べた。

 それはまさに匠の技だった。


「ほらみなさん、御柱様が現れましたよ!」


「いや、天はどうしたッ?!」「何でいきなりでてきたんだ?」


「それはもちろん、御柱様は皆さんの心の中にあるからです」


「ムゥン。さすがは我が弟子。人は常に近くに御柱様の存在を感じることで、幸せを得ることができる。つまりはそういうことだな!!!」


「そうかなぁ?」「そうかも?」

「ハシムほどの預言者が言うなら……」


「とにかく皆! お柱様の中に逃げるんだ!!」


 こういうのは勢いが大事だ。東都はこれまでの旅でそれを知っている。

 彼はこれみよがしにトイレに入って扉を閉じた。

 それを見た他の面々も彼を見習ってトイレの中に入った。


 彼のトイレは暖房機能で燃え尽きないほどに頑丈だ。

 この程度の炎はものともしない。

 オアシスから伸びた炎が赤い舌となってトイレを舐め回す。

 しかし純白のトイレの表面にはコゲひとつつかなかった。


 いっぽう、反転して危機に追いやられたのがブルーチームだ。

 東都が放った炎に巻かれ、コロシアムのすみに追い詰められていた。


「だめだ、もうそこらじゅう火の海だ!」

「クソッ、クソッ……おのれぇぇぇぇぇぇ!!!」


 炎の壁はもうすぐそこに迫っている。

 そして――ブルーチームの怒号と絶叫が炎に呑み込まれていった。





※作者コメント※

ギャグとシリアスの反復横跳びが激しすぎて、作者の足が複雑骨折しました

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