デビュー戦(2)
「これは……すごい」
――数日後、僕とハシムは次の試合に出場した。
すると、コロシアムの様相がすっかり変わっていた。
前回の試合では、グラウンドはすべて砂場だった。
いまは幾重に稜線が重なる丘となり、青々とした芝生が生えている。
いや、それどころか熱帯の植物まで植えられていた。
グラウンドの中央には水場があり、草むらといくつか小さな小屋がある。
小屋には異国の旗印が立てられ、バリケードが作られていた。
「金かかってるなぁ……」
「ふむ……どうやらこれは、青銀湖の戦いを見立てているようだな」
「あ、ジョバンニさん」
「おう少年。また試合を共にすることになったな」
「どうも……ところで、青銀湖の戦いって?」
「ふむ、どうやら君はこの国の歴史にはうといようだな。20年ほど前だったか、東の国が国境を超え、砂の国に侵入してきたのだ」
「砂の国と東の国って、わりと最近まで戦争してたんですか?」
「いや、戦争ではない。国境紛争といったほうが正しいだろうな。正式な宣戦布告をもって始まった戦ではない。東の国が砂の国の東にある草原地帯に入植し、それがきっかけとなっていざこざに発展したのだ」
「なるほど……でも、砂の国が勝ったんですよね?」
「あれを勝ったというなら、そうなのだろうな」
「どういうことです?」
「東の国は最初から砂の国を陥れるつもりだったのさ。やつらが草原につくった入植地はおとり。攻撃するための部隊を砂の国が進めると、東の国は騎兵を主にした部隊で後方を遮断。孤立した主力部隊を壊滅させた」
「それじゃあ、負けてるじゃないですか!」
「その通りだ。しかし、おとりとしてつくった入植地は放棄されたから、はた目には勝ったように見える。まやかしの勝利。それが青銀湖の戦いさ」
「ジョバンニさん、詳しいですね」
「あぁ。耳にタコができるくらいオヤジに聞かされたからな」
「その戦いに、お父さんが従軍してたんですか?」
「あぁそうだ。オヤジは実際には負けたにも関わらず、勝利者として扱われた。気位いの高い男だったから、耐え難かっただろうな」
「……その戦いで、東の国は何がしたかったんでしょう?」
「砂の国の膨張を牽制したかったのだろう。現にそれから砂の国は東に手を伸ばすのを諦めた。そこでつぎに西を目指していたが……それも立ち消えたようだな」
「どうしてです?」
「おいおい……お前たちは西のものだろ? 西から来たのに知らないということはなかろう。ベンデル帝国の疫病が解決したと聞いたぞ。皇帝が帰還した時に何か問題があったそうだが、それも収まったとか」
「あっ」
(ヤバイ、すっかり忘れてた。そういえば帝国って危機的状況にあったんだっけ)
「そ、そういえばそんなのもあったらしいですね~……」
「市井では、この件も東の国が動いたのだともっぱらの噂だ。これによって砂の国は砂漠に閉じこもるハメになってしまった」
(微妙に遠からずなのがなぁ。一応僕って東の国の魔術師って事になってるし。)
「ふぅ。すこし話しすぎたな。ともかく、ブルーチームが東の国の軍隊を完全に再現してるとなると、少し厄介なことになりそうだ」
「あ、騎兵隊……でしたっけ?」
「そうだ。ブルーチームが馬に乗っていると、こちらはかなり不利になる。馬に乗っていれば機動力が段違いになるからな。下手な戦いかたをすれば何もできない」
「……どうすればいいんです?」
「騎兵の弱点はいくつかある。馬は本能的に尖ったものに弱い。それと、騎兵は意外と密着しての白兵戦を苦手とする。足を止められ、囲まれるともろい」
「尖ったもの……槍とか?」
東都はチームメンバーを見回す。
槍を持っている剣闘士はハシムをはじめ何人かいる。
しかし数としては半分にも満たなかった。
「槍……少ないですね」
「あぁ。今回は同数だからな。騎兵を囲んで戦うのは難しい……だから、別の弱点を利用するべきだ」
「どうすれば良いんです?」
「騎兵は建物に隠れた歩兵には弱い。いくら強力な突撃でも、建物にやれば壁に激突して落馬するだけだ」
「そうか……! 湖の回りにいくつか小屋がある。あれを?」
「その通りだ少年。生き延びたいなら地形を活用しろ」
「はい!」
<ジャーン!><ジャーン!><ジャーン!>
試合の開始を知らせるドラが打ち鳴らされた。
しかし、今回の試合は前回とすこし様子が違った。
試合開始のドラを合図にグラウンドに出る東都たち。
だが、彼らの前にブルーチームの姿はなかったのだ。
「どういうことだ?」
「なんだなんだ、段取りに問題でもおきたのか?」
訝しむレッドチームの面々。しかし、これは予定通りのようだ。
司会者が今回の試合の概要を説明し始めた。
「さて、予選をくぐり抜けたAブロックの剣闘士達による第一試合の始まりです!!今回の試合は銀青湖の戦いを再現した歴史的一戦となっておりま~す!!」
「「ワァァァァァァァ!!!」」
「皆様賭けはお済みですか~? ではルールの方を説明いたしまショウ!!」
「今回の戦いでは、レッドチーム、ブルーチームともに勝利条件が異なりマス!」
「ブルーチームは東の国の騎兵隊となり槍、そして弓が使えます。こりゃ強そうですね~!? 彼らの勝利条件はシンプル! レッドチームの皆殺し!!」
「そしてレッドチームは~!! オアシスに建つ東の国の小屋、その全てを燃やし尽くせば、そこで勝利となりますッ!!!」
「ジョバンニさん!」
「クソッ、そうきたか……よくできたことを考えるッ!」
上から火のついた
これを使って小屋を燃やせということなのだろう。
建物を利用すれば、東都たちでも騎兵と戦える。
しかし、それではレッドチームの勝利条件を満たせない。
全ての小屋を燃やさなければならないのだから。
もし、ひとつだけ小屋を残し騎兵と戦うとしたら?
小屋の大きさは、入れてせいぜい2人か3人。
つまり、残りの選手は小屋の外でなぶり殺しになるということだ。
では、最初に小屋に全員が入って持久戦をしようとしたら?
それは間違いなく、主催者側も想定していた。
なぜなら……コロシアムの壁に火矢をつがえた兵士がいたからだ。
小屋に閉じこもったら、火をかけるつもりに違いない。
主催者たちは、どうあがいても死闘を演出するつもりだ。
「では~……試合、開始ィ!!!!」
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※作者コメント※
第2試合でいきなりシリアス度があがった…
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