新たなる旅立ち

龍神様

「戦いは終わった、のかな……?」


 指揮官の獣王を失ったことで、獣人の軍勢は総崩れになった。

 竜巻から逃れた獣人たちもいたが、彼らも武器を捨てて逃げ出していた。

 森で鳴り響く太鼓の音も消え、森は静まり返っている。


「みんな帰っちゃったのかな?」


 東都が市壁のほうを振り返ると、そちらも同様だった。


 ついさっきまで銃声や金属同士がぶつかり合う激しい音がしていたのに、戦いの音はすっかり消えていた。ただ壁に空いた無数の穴だけが、あの戦いが幻でなかったことを示している。


「……僕も帰って大丈夫なやつ、だよね?」


 周囲に敵の影はない。

 どうやら獣人との戦いは終わったようだ。


「ふー、ひどい目にあった」


 東都はウォシュレットを使って泡を洗い流し、てくてくと歩いて街に戻る。

 すると市壁の門から次々と人が出てきて、彼を完全に囲んでしまった。


「え、え? えぇ?」


 何事かと目を回していると、人の壁を割ってウォーシュ伯爵が歩み出てくる。

 しかも東都を見る彼の顔は、今までに見たことがないほどに厳しいものだった。


 伯爵の仏頂面を見た東都は青くなって動けなくなる。

 何か不味いことでもやってしまったのか? そう考えたのだ。

 だが、彼に思い当たることはまったくない。


(お、怒られる!? でも何で?)


 これまで東都がやって来たことを考えれば、むしろ怒られなかったほうがおかしいのだが、急に怒られるというのも妙だ。


 戦いを期に、人々が急に正気に返ったとでもいうのだろうか?


 予測できない状況に恐怖し、怯えるトート。

 だが、伯爵はトートの前で突然土下座した。


「トート様! 申し訳ありませんでしたぁッ!!!」


「はいいいいい?!」


 伯爵に続いて、輪を作って東都を囲んでいた人々――

 兵士や街の住民も次々に地面に膝を付き、東都に向かってこうべを垂れた。なんと、その中には総司教ブリューの姿もあった。


(え、これ……どういう状況?!)


「我々の不徳の為すところにより、トート様が我々に真のお姿を見せるほどになってしまった事、誠にお詫び申し上げます!!」


「「へへぇーっ!」」


「し、真の姿ぁ?」


(真の姿って、僕がトイレで空を飛んで泡まみれになった事? あれが真の姿なら死んでも死にきれないんだけど?)


 平謝りする伯爵に続いて、輪を作っていた人々も平伏する。

 ブリューにいたっては大地に五体をなげうって五体投地で全力で礼拝していた。


 一体何が起きているのか、まるで事情が飲み込めない東都に向かって、さらに意味不明な言葉が投げかけられた。


「いまになってようやくわかりました。トート殿がはるばる東方から参られたのは、女神様を※よすが・・・としていま一度つなぐためだったのですな」


※よすが:心のより所。転じて頼みの綱、縁のこと。


「ま、まぁ……女神と僕は確かに知らぬ仲ではないけど」


 軽くパニックになっていた東都は、ついうっかり「自分と女神は知り合いだ」と言ってしまった。


 宗教的な情熱に酔いしれ、すっかり出来上がっていた人々に彼の言葉が見逃されるはずがない。東都の言葉を聞いた人々は、歓喜の声をあげた。


「やはり予言は本当だったんだ!」

「龍神サマーー!!」

「女神様バンザイ!!!」

「トート様が、龍神様が我らをお救いになられるぞ!!」


(龍神ンン?! なんでそうなった!?)


「え、えーと、ちょっといいですか?」


「ええい、皆のもの静まれ!! トート殿からお言葉があるぞ」


 伯爵が怒鳴りつけると、人々はしんと静まり返る。

 そしてじっと東都のことを見つめ、今か今かと彼の言葉を待った。


(や、やりづらいなぁ……)


「あの、僕は人間です! ただの人間です! 何を勘違いしているかはわかりませんけど……僕も皆さんと同じ、ただの人間なんです!!」


 東都は人々を説得しようと、熱く語りかける。

 するとそれを聞いていた総司教がガバっと起き上がった。


「わっ?!」


 起き上がったブリューの顔を見た東都は後ずさった。

 総司教は顔をくしゃくしゃにして、滂沱ぼうだの涙を流していたからだ。


「魔術師どの、いや、龍神様は堕天し、人の身として我らと並び立とうというのですか……なんという、なんという深い愛情か!!!」


「ウム。龍神様は我らが失った神々との絆を戻そうとしておられるのだ」


(くっ、駄目だ! まるで話が通じねぇ!!!)


「ともかく、戦いはおわりました。皆さん街に戻りましょう。ていうか戻ってください!」


「ウム。トート殿の言うとおりだ。さぁ皆のもの、勝利を祝って宴を開くぞ!」


 伯爵がそういうと、人々はバンザイを叫びながら街に戻っていった。

 だが人々の喜びとは裏腹に、東都はただ深いため息をつくばかりだった。


「龍神、龍神かぁ……トイレで空を飛んだだけなのに、神様扱いされちゃったよ。なんだか大変なことになってきたなぁ……」




※作者コメント※

さて、フンバルドルフ編はそろそろ終わりですが

今後の展開についてアンケートをとりたいと思います。


東都くんにどこに行ってほしいですか?


1.ドワーフが住む火の国

2.エルフが住む海の国

3.ネコ人が住む東方の砂漠の国

4.オークが住む北方の氷河の国


コメントで希望が多いものを採用しようと思います。

ではみなさま良いお年を!

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