其の者、白き衣をまといて……


「アアァァァァァァァァァ!!!!」


 竜巻は獣王と魔術師を巻き込み、豪快に彼らを吹き飛ばした。

 だが、竜巻は次第に収まりを見せ、ゆっくりと地面に下がっていく。


 竜巻が弱まると、渦にはブクブクと濃い泡が混じり始める。

 少しづつ高度を下げた竜巻は、地上に降りる頃には泡だけになっていた。


「よし、うまくいったぞ!」


 これは東都の仕業だった。

 彼は最初、竜巻を生み出したトルネードウォッシャーを止めようとしていた。


 しかし東都は、急に水の流れを止めると地面に激突してしまうことに気づいた。

 そのため、彼は着地に泡ガードを使うことにしたのだ。

 水流に泡を混ぜることで空気を含ませ、水の勢いを弱めたのだ。


 そして弱めるのと同時に、泡は地面に降りる際のクッションにもなった。

 クリーミーでしっかりとした泡はトイレの重量をものともしない。

 まるで天上の雲の上に降り立つようなソフトな着地を実現したのだ。


<バタン>


「ふぅ~ひどい目にあった……」


 トイレからふらふらと出てきた東都は後ろ手でドアを閉める。

 なんとか命の危機を脱した彼は、全身が白い泡に覆われていた。


 彼が今着ている服は高校の学生服。紺のブレザーだ。

 しかし完全に泡に覆われている今、学生服は真っ白になっていた。


「ぺっぺ、泡がすごいな。羊さんみたいになっちゃったよ」


 クリーミーな泡は東都が手で落とそうとしてもなかなか落ちない。

 ウォシュレットを使おうか悩んでいたその時だ。

 トイレに向いた彼の背後で何かが動く「ガサッ」という音がした。


「んっ? うげっ!!」


<URRRRRRRAAAAAAA!!!>


 地面を震わせる雄叫びに驚いた東都は振り返る。

 するともう、斧剣を振り上げた獣王が彼の目の前にいた。


「わわっ?!」


 獣王が手にした斧剣が東都に振り下ろされる。

 驚きのあまり体が硬直していた彼に避けるすべはない。

 斧剣が東都の体に沈み込む――が、


<Grrrr?!>


「――えっ!?」


 黒曜石のようにつややかな表面をした斧剣は、彼を包む泡に止められていた。泡「ガード」がその役目を果たしたのだ。


 本来この泡はおしっこのはね返りを防ぐための泡だ。だが、東都が取得した防御アップの効果のせいで、獣王の一撃を防ぐほどに強化されていたのだ。


 獣王は戸惑い、斧剣を泡から引き抜いて後ずさる。


 彼の剣を受け止める者がこれまでいなかったわけではない。

 しかし、この泡は初めての感覚を彼に与えた。


 泡を切りつけた際、獣王は何の手応えを感じなかった。

 剣を打ち合えば、普通は力と力の応酬があるものだ。

 だが、この泡にはそれがない。


 この泡は剣を受け止めるのに、力を使う必要すらないのだ。


 こいつ東都は自分の理解を超えた圧倒的な力を持っている。

 獣王は本能的にそれを感じとり、恐怖にも似た感情を得たのだ。


<Grrrr……>


「た、助かった……」


「へぇ……君のそれ・・凄まじい防御魔法だね」


「誰?! てか汚ッ!!!」


 獣王の影から黒いローブを着た男が現れた。

 ローブはびしょびしょになっていて、すそはドロで汚れている。


 東都の竜巻をもろに食らった魔術師は、水流に吹き飛ばされて地面を転げ回ったせいで全身ドロだらけになっていたのだ。


「誰のせいだ誰の!! っと、これは失敬――」


 怒り散らしていた魔術師はコホンと咳払いをすると、フードをめくりあげる。

 するとフードの下から赤い仮面に隠された顔が現れた。


 魔術師の仮面は口元が開いており、目元から眉にかけて怒った顔をしている。

 仮面の素材はプラスチックのようだが、色ツヤはガラスのようにも見えた。

 光に対して複雑な色彩を返す仮面は、まるで息づいているようだ。


(あの仮面、まるで生きてるみたいだ。じっと見てると不安になるな……)


 東都が様子をうかがっていると、魔術師が動いた。

 彼は胸の前で手を横切らせ、深く礼をする。


「私たちは女神に弓引く者。背教者レネゲイドと申します。以後お見知りおきを」


「背教者? 女神に弓引くって……つまり女神の敵ってこと?」


「左様です。女神の敵、まぁ平たく言うと今の・・人類の敵ですね」


「なんでそんなことを? 君は……どうみても人間に見えるけど」


「人間は人間です。ただ――この世界の人間ではありません」


「えっ?!」


「僕はこの世界で言うところの『転生者』です。それも望まれない、ね」


「ま、待って! この世界に転生した人って、みんな女神に呼び込まれたんじゃ……望まれない転生者なんているはずが――」


「ところがいるんですよ。転生させられるのは女神だけじゃない」


「な――ッ?!」


「我々背教者レネゲイドは、この世界の本当の統治者であるふるき神に仕える者たちです。あなた方が信じる女神こそがまがい物なのです」


「本当の支配者?」


<Ugrrrrrr……>


「しかし、今日のところは引き下がるとしましょう。もはや戦いどころではない」


「あ、待って!! 話はまだ――」


<パチンッ>


 魔術師が手を高く上げ指を弾いた瞬間、彼の周囲の空間が歪みはじめる。

 そしてほの暗い「穴」が開いたかと思うと、穴は獣王と魔術師を飲み込んで跡形もなく消えさってしまった。


 あとに残された東都は、両手を上げて首を傾げることしかできなかった。


(全然わからん。言いたいことだけ言って帰っちゃったよ……)



★★★


 

 東都と背教者のやり取り、その一部始終を壁の上から見ていた者たちがいる。

 伯爵とエル、そしてコニーだ。


 彼らは筒状の遠眼鏡を通し、東都が獣人たちを蹴散らす所、そして獣王と魔術師を退ける所をすべて見ていた。


「閣下、獣王と魔術師はトート様を前にして逃げ去ったようです」


「ウム。一難去ったというところか……」


「しかしトート様はすごいですね。獣王の剣撃を受けて何事もないとは……」


「あの獣王がふるっていた斧剣、騎士を馬ごと斬り倒すこともできそうでしたわ。でも、トート様は真正面から受けてましたわね」


「コニー、人の身でそれだけのことができるのか?」


「魔法でも聞いたことがないわ。人の身・・・なら無理でしょうね」


「人の身なら?」


「閣下、古代ベンデル帝国で言い伝えられていた、こんな予言をご存知ですか」


 壊れた城壁の上に立ったコニーは、おごそかにふるき予言をぎんじた。


の者、白き衣をまといて血原けつげんに降り立つべし。そして彼の者、失われた神々との絆を結ばん」


「むむむ、神々との絆……まさか!!」


「東方の神々の1柱で、水を司る龍神の話を聞いたことがあります。東の国でたてまつられているその神は、蛇に似た細長い胴体、そして華麗な白いうろこを持つという――」


 伯爵とエルは遠眼鏡を傾けて、はるか前方にいる東都を見た。


 東都は太陽の光を受け、キラキラと光輝く泡に全身を包まれている。

 その姿は、見ようによっては全身を鱗に覆われているようにも見えた。


「城壁から飛び立ったトート様は、水の体を持つ大蛇になっていました。そしてあの白い鱗――間違いありません。トート様は竜神の化身だったのです!!」


「「な、なんだってー!!!!!」」





※作者コメント※

ええい、トイレネタだけでなく本格的なファンタジー展開もする気なのか?!

ネタが渋滞起こすわ!!!

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