フンバルドルフの戦い(2)



<フン……他愛ねぇな>


 獣王は煙を上げるフンバルドルフの街を見て、吐き捨てる。

 その燃え盛る石炭のような輝く目には、灰になる街の姿が映っていた。


 フンバルドルフを囲む城壁は、ヘカテーが投げつけた巨石によって穴だらけになっている。ついさっきまで整然としていた胸壁も歯抜けになり、壮麗だった市壁は痛々しい姿を晒していた。


 街を見ていた獣王は、牛の角が生えた頭をふった。それは頭にまとわりつく、見えない何かを追い払おうをしているようにも見えた。


 そんな獣王に近寄る影がある。魔術師風の黒いローブを着た男だ。

 男は獣王の横に立ち、くつくつと笑った。


<君の生まれ故郷なんだろ? すこしは感傷的になったかい?>


<なると思うか?>


<いや、全然>


<――誰がこんな姿を望んだりするものかよ。悪いのは奴らだ。奴らとその同類だ。ニンゲンは異質なモノを何でも恐れる。子供の時分、奴らは俺の角に気づくなり、『獣にけがされた』と喚き立て、オレと母を追い出した>


<お母さんは君を守ろうとしたのかい?>


<最初はな。だが、森に逃げ込んだ母は街から逃れ、森の静けさに身を浸すことで冷静になったんだろう。誰のためにこんな目にあったのか? それに気づいた母は、オレにナイフを突き立てた>


<それで死んでいたら君はここにいないね?>


 獣王は魔術師を上からにらみつけ、低くうなった。

 その目には隠しきれない敵意がある。

 しかし彼は魔術師を罰するわけでもなく、すっと顔をあげた。


<オレの最初の獲物は母だった。俺は突き立てられたナイフからあふれる自分の血でたけりを感じた。それまでになかった感覚だった。気づいたら俺はあの女の白い首筋にかぶりついていた。口に広がる濃いワインのような味は今でも覚えている>


<なるほど。今の君を見る限り……親としての役目は果たした感じだね>


<ハハ! そうさ、オレを王に育てたのは、みんなオレを殺そうとしたヤツさ>


<獣王様はそうして強くなったわけだからね。街を襲うのもためらいはないか>


<奴らはオレを街から追い出して殺そうとした。ならよ、オレから見てニンゲンがどう見えると思う? 思うことなど何もねぇ。肉と皮、たまに鉄が取れるっちう他に、何の意味もねぇ連中だ>


<なるほど。獣人としての才能はあったみたいだ>


<そうよ。お前さんも、その上等な頭が転がり落ちねぇよう気をつけるんだな>


<胴体の上に乗り続けられるよう、努力するよ>


 剣呑けんのんな会話だが、魔術師と獣王は気楽に世間話でもするようだ。

 しかし、二人の間に「信頼」というほどのものは感じられない。


 彼らの関係は、商売人同士のそれに近いものだ。


 どちらか一方の都合が悪くなれば、何のためらいもなく切り捨てる。

 そして彼らは、お互いにそれを理解している。


 だからこそ、二人の対話は率直で、歯に衣を着せることがないのだろう。


<フンバルドルフはもうすぐ落ちるな>


 獣王が喉の奥で唸る。


 街を囲む市壁は、ヘカテーの投石で甚大な被害を受けている。

 所によっては壁の上半分がくずれ落ち、獣人が作った粗雑なハシゴでも乗り越えられる高さになっていた。


 低くなった所に獣人たちが殺到し、ハシゴを立てかけて登っている。

 壁の上の守備兵は、なんとか登ってくる獣人を防ごうとしている。

 だが、あまりにも数の差がありすぎる。

 

 兵士が1人を銃で撃ち倒すと、弾を込めている間に3人が登ってくる。

 獣人たちが壁を乗り越えるのも、もはや時間の問題だった。


<この様子だと、作戦なしで単純に兵をぶつけるだけの平押ひらおしでもそのうち落ちるだろうね>


<ヘカテーの投石が効いたな、このまま……ん?>


<どうしたんだい獣王様?>


 最初に異変に気づいたのは、獣王だった。


 彼の獣の眼は人間のそれよりずっと遠くを見渡せる。

 それ故に壁の向こうから現れたそれ・・に気づけたのだ。


<なんだあれは……竜巻か?>


 壁の向こうから現れた竜巻に、魔術師が驚きの声をあげる。

 だが、何かがおかしい。


 竜巻は普通、下が細くて上が太いものだ。

 しかし、いま獣王の目の前に現れた竜巻は、その逆だ。

 上が細くて下が太いのだ。


<ありゃぁいってぇ? あんな竜巻みたことないぞ、逆さまじゃねぇか>


<上から出ている……? まさか、魔法の竜巻か?>


<そんなもんがあるのか?>


<いや、分からない……だが、魔法と言うしか説明がつかない>


 竜巻は壊れた壁の上を通り過ぎ、獣人たちの戦列にまっすぐ突っ込んできた。


 はるか上空から襲いかかってくる竜巻に対して、地べたにいる獣人ができることは何もない。獣人たちは、竜巻になすがままに蹂躙じゅうりんされていく。


 獣人たちの不幸は、彼らが壁の前に密集していたことだ。


 彼らは壁にかけられたハシゴを登る順番を待っていた。

 そのため、壁の下に集まって、大きなまとまりになっていた。

 この無防備な集団に、竜巻が襲いかかったのだ


 彼らが身につけている盾や鎧は、竜巻の圧倒的な力の前には意味をなさない。

 竜巻は獣人たちを蹴散らし、無慈悲に押し流していく。 

 その様子ときたら、さながら水に流される砂粒のようだった。


<なんてぇ威力だ!!>


<あれが……あれは人が使える魔法なのか?>


 そこで魔術師は奇妙な事に気づいた。

 竜巻が通り過ぎた後に水たまり、いや水のほりが出来ているのだ。


<あれはただの竜巻じゃない! 水がうずを巻いてるんだ!>


<なんだと?>


 だが、それがわかって何だというのだろう。

 獣王と魔術師は蹂躙じゅうりんされる軍勢を見守ることしか出来ない。


<チッ……いったい誰があんなものを>


<おい、おい、おいって!>


<なんだい王様>


<なぁ、アレ……こっちに来てるぞ?!>


<えっ?>


 獣王の言ったとおりだった。

 地面を疾走する竜巻は、まっすぐ彼らのもとに向かってくる。


 竜巻の根本では、草は土ごと引きちぎられ、木が根こそぎ吹き飛ばされている。

 アレに巻き込まれたら、どう考えても無事ではいられない。


<どどどどど、どうする?!>


<に、逃げ――>


 森に逃げ込もうとしたが、空を飛ぶ竜巻はすでに彼らの目の前にあった。

 竜巻の逆巻く空気に捕らえられ、魔術師のローブが吸い寄せられる。

 獣王が「あっ」と思った次の瞬間、彼も地を叩く竜巻に飲み込まれていた。


<<ウギャアアアアアアアッ?!>>




※作者コメント※

シリアスの寿命ははかなく、短かったなぁ…(しみじみ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る