フンバルドルフの戦い(1)

 東都は拳でドアをたたき、体当たりまでしてみたが、一向に開く気配はない。

 そうこうしているうちに、遠くから角笛の音と地鳴りが聞こえてきた。


 とうとう獣人たちがフンバルドルフに攻めてきたのだ。


「不味い!! このままじゃトイレの中で戦いがおわっちゃうぞ?!」


 トイレに閉じ込められた東都はパニックになっていた。

 

 破片から身を守るために彼が閉じこもったトイレは、降り注いだ木や石のガレキによって、ドアだけでなく全体が埋もれてしまっていたのだ。


 折り重なった市壁の破片は大きく、重い。

 とても現代っ子の東都が持ち上げられるものではない。

 彼の力でトイレから出ることは不可能だろう。


「くっ……そんな、何でこんな事に……」


 東都がいくら押しても、ドアはびくともしない。

 そのうち彼はトイレに座り込んでしまった。


 ついに諦めたのだろうか、いや――東都の目には光がある。

 彼は今から何かをしようとしているーッ!


「まだだ、まだ方法はある! 僕には大量のTPがあるんだ!」


 彼は便座に腰掛けながらステータスを開く。

 そして今まで取ったスキルを目の前に表示した。


「これまで僕が取ったスキルは、と……」


ーーーーーー

トイレ設置(LV10)消費TP0

バスユニット設置(LV1)消費TP10

補充(LV1)消費TP1


TP 500


『暖房』(通常の暖房から、金属溶融の2000℃まで可能)

『抗菌』

『除菌』

『消臭』

『ウォシュレット』

『◯姫』

『威力アップ』(威力を上げます)

『速度アップ』(速度を上げます)

『防御アップ』(外部からの攻撃を防ぎます)

『耐久アップ』(力が強くなります)

『バスユニット』(湯船のみ。シャワー、カーテンなし)

ーーーーーー


「ドアが開かないのは、きっとガレキで塞がれているせいだ。だからなんとかしてそれを退かさないと。ガレキを動かすのに使えそうなスキルは――」


 東都はスキルツリーに視線を走らせる。

 するとツリーのなかに、何やらスゴそうなスキルがあるのを見つけた。


「『トルネードウォッシャー』? 何かわからないけど名前はいかついな。えっ、必要TPは……50?! かなり高級なスキルじゃないか」


 トルネードの名前にかれ、東都はついスキルを取得してしまった。

 灰色だったスキルのボタンが明るくなり、説明がツールチップに表示される。


『トルネードウォッシャーは渦をまく激流によって便器を洗い流す機能です。汚れた便器内を螺旋らせんの力で効率的に洗浄します』


「なんだよそれ! たしかに便利だけど、今必要なやつじゃないよ!」


 トルネードウォッシャーはトイレの便器を自動で洗浄する機能だ。

 とてもこれ単体ではドアをふさぐガレキを退かせそうにない。

 そもそもトイレにガレキを押しのける機能が存在するはず無いが。


 東都は気を取り直して別のスキルを探す。


「ふむふむ『泡ガード』か、これも良さそうだな……」


 泡ガードの名前にかれ、東都はついスキルを取得してしまった。


 読者の皆様においては、ガレキを押しのけるのどこいった? と思われるだろう。だが男の子はトルネードやガードといったカッコイイ横文字に弱いのだ。


『泡ガードは便器にクリーミーな泡を発生させることで汚れを防ぐ機能です。たっぷりの泡がおしっこを受け止め、便器の汚れを防ぎます』


「へー! 最近のトイレってそんな機能もあるのか……って、ダメじゃん!! 泡だけじゃどうしようもないよ! こんなのに50TPも支払っちゃったよ?!」


 最新のテクノロジーに驚愕きょうがくしながらも落ち込む東都。

 その時、彼の脳裏に電流が走った。


「……そうだ! 水を使う機能を全部――それも同時に使えば、それの水圧でドアが開くんじゃないか? ヨシ、やってみよう!!」


 それは悪魔的なひらめきだった。


 1つの矢なら簡単に折れる。しかし3つの矢ならそう簡単には折れない。


 とある戦国武将が残した有名な故事にならったわけではないが、東都はとにかくすべての機能を使うことにした。


 1つの機能で無理なら、3つの機能を足せば良いのだ。

 便座の上に仁王立ちになった彼は、腰に両手を当てて堂々と叫ぶ。


「ウォシュレット、最強で! ついでにトルネードウォッシャーも、泡ガードも最強で起動!! 遠慮はいらないぞ、いけええええええ!!!!」


 東都はウォシュレットだけでなく、トルネードウォッシャーの自動洗浄機能、そして泡を出す機能、とりあえず水を出す機能全てを最大パワーで稼働させた。


 すると彼の股下の便座が震え、地の底から湧いてくるような唸り声をだす。

 刹那、ゴボゴボと水が沸騰ふっとうするような音と共に、水が一気に吹き出した。


「いいぞ!! いけいけ!!」


 トイレから吹き出した泡混じりの水は勢いよくドアにぶち当たり、ドアとトイレ本体にほんのわずかな隙間を空ける。だが空いた隙間から水が出ていくと、再びガレキの重量でドアが閉じてしまった。


「クソッ、まだ勢いが足らないのか。いったいどうしたらいい……?」


 自分の股下から吹き出してドアにぶち当る激流を東都は見る。見ようによっては立ちションLV999の光景だが、彼は水の流れを冷静に観察する。


 荒れ狂う大波がドアに押し寄せるが、その動きは直線的だ。

 無数のシャボン玉が浮く中、激流を見下す東都にあるアイデアが浮かんだ。 


「そういえば……ライフルから打ち出される弾丸や、ボクサーのパンチはひねりを加えることで威力を増すって聞いたことがある。水の流れが直線的なのがいけないんじゃないか? ――そうか!!」


 東都はひらめきをそのまま口にする。

 いや、してしまったというべきか。


「トルネードウォッシャー、回転力最大!! 水流に螺旋らせんの力を加えろ!!」


 トイレにとって、召喚者たる東都の言葉は絶対だ。

 誠実な下僕しもべたるトイレは、彼の指示に何の疑いもなく応じる。


 吹き出す水の流れが回転し、荒縄のようにねじれたたくしい水流となる。そうして回転運動を加えられた激流は、勢いよくドアを弾き飛ばした。


「よし!! うまくいったぞ!! ――ッ?!」


 喜んでガッツポーズを取る東都。

 だが、何かがおかしい。


 地面が見えたかと思ったら、それが遠ざかっていくのだ。

 城壁が、街が、どんどん小さくなっていく。

 彼はそれを見ている間、目まいにも似た浮遊感を感じていた。


「まさか、飛んでる?!」


 東都の入っているトイレが飛んでいる。

 いや、舞い立ちんでいると言ったほうが正しいだろう。


 吹き出す水の勢いは衰えることを知らない。

 トイレはドアが開いたまま、街の外へと向かっている。


 フンバルドルフを囲む壁は決して低いものではない。東都が通っていた高校の校舎は4階建てだったが、それと同じくらいの高さがある。


 だが、空を飛ぶトイレはやすやすと市壁の上を飛び越えた。

 そして壁を飛び越えると、そこは戦場だった。


 ハシゴを持って、壁に群がっている獣人たち。

 手に持った石を投げ落とし、壁の下に向けて銃を撃つ兵士たち。


 彼の眼下では、人と獣人が街の命運を賭けて激突している最中だった。

 空から見る戦いの様子は、まるで歴史の教科書の絵巻物のようだ。


 ここで東都は「ハッ」と気がつく。トイレが飛ぶ方向が不味い。

 コントロールを失ったトイレは、人の側から、獣人の側へと飛んでいるのだ!


「ま、不味い!! このままじゃ敵のど真ん中に行っちゃうぞ?!」


 なんとかしてトイレのコントロールを取り戻そうとするが、トイレにしがみつくので東都は精一杯だ。


 トイレはフンバルドルフの街を飛び出し、敵陣ど真ん中に突っ込んでいった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」





※作者コメント※

お、俺たちは何を読まされてるんだ……?

次のお話は獣王サイドとなります。

こりゃひでぇことになりそうだ……

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