誰が『これ』始めたのか
「いったい誰が『これ』を始めたのか。君は知るべきだ」
背教者はそう言って、東都にじりよる。
赤い仮面の下にある背教者の表情は読めない。
だが、その口調からは怒りと諦めの混ざった感情を東都は感じた。
背教者の迫力に後ずさった東都は、自分をかばうように松明を突き出した。
「そう怯えなくていいよ。ただ教えたいだけさ」
「……教えるって、何を?」
「いっただろう? 誰がこの戦いを始めたのか。もっといえば――」
二人の間にある闇に沈黙が座る。
ぽつり、と仮面の下の薄い唇が動いた。
「侵略者は、どちらの側だったのか」
背教者は右手をあげ、指を鳴らす。
すると、彼の手の中に松明が生まれた。
東都が手に持っている松明を複製したのだろう。
「そちらは『過去』だ。『今』につながる始まりはこちらだ」
背教者は東都の前を通り過ぎると、松明で壁を照らした。
ふたつに増えた光で、また別の壁画が明らかになる。
壁画には金髪で白い服を来た女性。つまり、女神の姿が描かれている。
女神の顔は右をむいており、足元には小さな人間たちが書かれていた。
彼らは剣や槍、バラバラの武器を手に持ち、女神と同じ方向を向いている。
女神の視線の先には、巨大な黒い影があった。
影は炎上する黒い街並みを背にしている。
また女神と同じように、影も足元に無数の影を従えていた。
足元の影は体を魚や獣のシルエットに変化させて、女神の方に向かっている。
人間と影は壁画の中央でぶつかり合い、戦っているようだ。
壁画を見上げていた東都は、やおら小首をかしげる。
(光と闇の戦いって感じだけど……。さっきの壁画では。女神に対抗しているのは赤いケモノだった。なのに今度は黒い影になっている。どういうことだろう?)
「何か気付くところはあるかい?」
東都が考え込んでいると、不意に背教者から質問の言葉が投げかけられた。
考え込んでいた東都は、おもわず思っていたことを口にした。
「女神のところは同じっぽいけど、他の部分は違ってる」
「その通りだ。さて……それは何故だろう」
魔術師が松明を振ると、揺らめく明かりが洞窟の壁面をなでる。
光が動くと、壁画に描かれた人物もまるで動いているように見えた。
「もしかして、
「そうだ。光が動くことで壁画の上に時間を再現しているんだ」
背教者は松明を振りかざした。
すると、その先にまた別の壁画が表れた。
白い巻き貝が並ぶ中、立ち上がる青い巨大なヘビと対峙する女神。
ジャングルの中と一体化した緑の巨木と向き合う女神。
相手は変われど、女神は変わらない。
いつも同じ姿、同じ横顔で敵対者の前に現れていた。
「女神が……でも、毎回相手が違う。これは?」
「女神は無数の世界を渡って侵略しているんだ。これはその記憶だ」
「侵略している……? たしかにあの女神みたいだけど……」
「まるで見てきたかのように語るんだな」
「あっ」
背教者は東都の失言を拾った。
東都が言った『あの女神』とは、実際に見ていないと出てこない言葉だ。
「いやその……ほら、アレだよ、女神教の教会の像そっくり! そういう意味!!」
「壁画には色があるが、教会の神像は無垢の大理石のままだぞ」
「おぉぅ……」
東都はあわてて失言を取りつくろった。
しかし背教者は、そんな彼のウソを完全に見通していた。
「いまさら隠さなくていい。君が転生者なのはわかっている」
「う……。まぁ、普通わかるよね。この世界の人間にトイレ出すとか無理だし」
「別世界でも無理だと思うよ。しかしまぁ……そんな能力をどうして女神にもらおうと思ったんだ? そういうマニアだったりしたのかい君は」
「いや、その……女神の前でトイレに行きたいって言っただけなんだけど」
「どういう状況?!」
「いや、転生の前……っていうか死んだ時? すごいトイレに行きたくってさ」
「神を前にしてすごい胆力だな……。いや、それぐらいがちょうどいいか」
「うん?」
「すこし話を変えよう。君は元の世界に戻りたくないか?」
「別に……元の世界なんて――この異世界に比べたらぜんぜんさ」
東都は元の世界に未練はなかった。
たしかに残していった家族や友達のことは気がかりだ。
だがこの異世界は、彼が望んでやまなかったラノベやゲームの世界そのもの。
受験や就職といった
そんな彼を前にして、背教者がくつくつと笑う。
彼の歪んだ唇は、「本当にそうかな?」と語っている。
「いや、君は戻りたいはずだ。今からそうさせてみせよう」
「――?!」
(ヤツには絶対の自信がありそうだ。クソ、いったい何をするつもりなんだ……?)
「新作ゲームから行こう。夏には国民的MMORPG、
「……グッ?!」
「おっと……ベイオハザードの新作を忘れるところだった。これまで主人公をつとめたオータムが死に、彼の物語が終わってから新展開が始まるらしいな」
「それ以上はやめるんだ! 何か危ない気がする!」
「ふふふ、まだあるぞ。アニメ、ラノベ、元いた世界にしかないものだ。君はそれら全てをあきらめることができるのかい?」
東都は大げさにのけぞると、そのまま片膝をついた。
彼は精神に大ダメージを受けたようだった。
「――無理だ。そんなことできない」
「だろう? きみはまだ元の世界に戻りたいと思っている。ごまかす必要はない」
「クッ……でも、この話って必要ある?」
「あるとも。さっき言ったことを覚えているか? 女神は何をしている」
「女神が何を? あっ、無数の世界を渡って侵略している?」
「そうだ。女神の目的は不明だが、ヤツは転生者を使って複数の世界をメチャクチャにしている。みろ――」
背教者はそういって、また別の壁画を指し示した。
そこには、東都が居た世界と変わらない――
いや、もっと進んでいるように見える都市があった。
都市の空には、翼を広げた機械によって空を飛ぶ人間がいる。
そして人間は卵のような形をした機械で同じ姿の人間を作り出している。
だが、それが女神が生み出したヒトに破壊されている。
(……あれ、おかしいぞ?)
東都は壁画の違和感に気づいた。
女神が率いている『ヒトの姿が変わっている』。
東都はハッとして前の壁画に戻って松明を掲げた。
「まさか、そんなことって……!」
「気づいたか」
前の壁画で女神が率いていた人間は、特徴的な黄色い線が胴体に描かれている。
が、先程の壁画の人間には、この黄色い線がない。
黄色い線がついているのは、『街を破壊されているほう』の人間だ。
街を襲っている人間は、鎧を着て以前とは違う見た目をしていた。
つまり、女神が使役していた人間を、今度は女神自身が攻撃していたのだ!
「転生者の世界を、また別の世界の転生者に攻撃させている……?」
「その通りだ。女神は並行して存在する世界を渡り歩き、転生者を使ってその世界を攻撃する。そういう存在なんだ」
「転生者をつかって、世界を攻撃する。まさか――!」
「そうだ。君が元いた世界も攻撃される」
「!!!!」
暗闇の中でふたつの炎が揺らぐ。
一方は静かに。もう一つは激しくゆらめいていた。
「背教者……お前は僕に何をさせたいんだ?」
仮面の下の口が笑った。
しかし、それを見る東都は、もうその笑みに邪悪さは感じなかった。
「単刀直入に言おう。君には女神殺しに手を貸してもらいたい」
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※作者コメント※
おっと……空気変わったな。
さて、東都くんはどうでるかな?
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