唯一の希望

「女神を倒す……本気ですか?」


「ああ、本気だとも」


 背教者は大仰に手を広げた。


「これまで僕たちがやってきたことを思えば、本気以外の何物でもないだろう」


(それはそうだ。だけど――)


「だとしても、僕を誘うのはどうかしてますね」


「どうしてだい?」


「敵同士だからです。何度も卑劣な戦いを仕掛けておいて、いまさら仲間になれって……。厚かましすぎるでしょう」


「トイレだけに、水に流してとはいかないか」


「うまいこといったつもりですか? お前の言葉はそのまま信じられない」


「ふむ……僕の背後にある歴史を見てもかい?」


「この壁画だって本物かどうかわからない。そもそも誰が描いたんです」


「無論、この光景を見た者だ」


「それはおかしい。いったい誰が見たというんです」


 東都は並ぶ壁画を見あげると、眉をひそめて続けた。


「女神の手でいくつもの世界が滅び、何者かがその光景を描き残した。つまり、この壁画を描いた者は、異世界を自由に渡り歩いたということになる」


 そんな事はありえない。

 東都が暗にそういうと、背教者はゆっくりと拍手した。


「その通り。素晴らしい洞察だ」


「バカにされてる気しかしないんですが」


「いやいや、お世辞なんかじゃないよ。実際、君の洞察力はずば抜けている。まさかここを見つけるとは思わなかったし、何度も出し抜かれた」


(ここに来たのはただの偶然なんだけどなぁ……)


「ま、まぁそれはともかく、説明してくれるんだろ?」


「もちろんだ」


 街を踏みにじる女神を見上げ、背教者はゆっくりと話し始めた。


「女神はとある世界の人々を寵愛していた。転生者を何度もその世界から選ぶほどにね。だが、彼らは禁忌タブーに手を出し、女神の怒りを買ってしまったんだ」


「禁忌……?」


 東都は、女神と、彼女が呼び出した転生者に滅ぼされた世界を眺める。

 壁画に描かれている世界は、東都が元いた世界より発展しているように見える。


 彼はじっと壁画を見ていると、ある部分に気がついた。

 それは、女神と同じような『門』を開き、体の半分を入れている人間の姿だ。


「そうか、異世界を渡る技術か!」


「――その通りさ。なぜそれが禁忌の技術だったのか、君にわかるかい?」


「ええっと……」


(壁画を見る限り、女神は異世界を渡る力を持っている。僕をこの世界に送り込んだくらいだから、それは当然だ。この力を他の誰かに持たれた時、何が起きる?)


 東都は壁画の前で腕を組んで考え込んだ。

 もし、自分が女神の立場だったらどうするか。

 それを想像してみる。


(僕が女神で、世界の境界を超える力を持っているとしたら……それはあの白い世界みたいな、自分だけの空間で安心安全に過ごせるってことだ。でもそれが、そうじゃなくなったら?)


 東都は女神のもう一つの能力について思い至った。

 それは、選んだ人間に神の力、つまり『加護』を与えるという能力だ。


(もし、自分と同じ、異世界を超える能力が持つものが現れたとしたら……闇討ちして、女神の力を奪おうとするだろう。まさか、女神はそれを恐れたのか?)


「どうかな? 君の様子を見るに、答えが出たんじゃないか?」


「……まぁね。女神の力はふたつある。世界を超える能力ともうひとつ。彼女が選んだ人間に『加護』を与える能力だ」


 東都は闇の中に沈む女神を一瞥いちべつして続ける。


「女神の力は彼女を絶対的な存在にしている。世界を超えられる彼女は、世界と世界の間、何も無い、何者もいない空間にいれば、決して害されることがない――」


「だが、もし『入門者』がいれば、話は変わるね?」


 背教者の言葉に、東都は黙って頷いた。


「女神は恐れたんだ。何者にも侵されない空間に簒奪者がやってきて、全てを奪っていくことを。それは彼女が散々やってきたことだったから。自分と同じ力を持つ者なら、きっとそうするに違いないと考えた」


「そう、泥棒が泥棒を恐れるみたいにね」


「お前たち背教者は……いったい何者なんだ?」


「前にいったじゃないか? 僕もまた、君と同じような転生者だと。……もっとも、すこし意味が違うけどね」


「君は女神に転生させられたわけじゃない。旧きもの、そう言っていたな」


「その通りだ。君たちは旧きものの事を神か何かだと思いこんでいたようだけど……そんなもの、最初から存在しなかったんだよ」


「じゃぁ、旧きものって……」


「そうだ。僕たち背教者そのもの。それが旧きものさ」


「!!!」


 背教者は赤い仮面の下で笑う。

 東都たちはてっきり、「旧きものオールドワン」が女神と同じような神々だと思っていた。

 しかし、それは違った。


 旧きものとは、彼ら背教者レネゲイド自身のことだったのだ。


「そして……この塔は僕らがいた世界から、丸ごと持ってきたものなんだ。僕たちはこの塔ごと転移をして、この世界にやって来たんだ」


「……」


(……背教者は獣王とフンバルドルフから逃げる時、ワープゲートみたいなのを出して移動してた。あれがそうなのか? この塔の深さは尋常じゃないし、壁の材質はあきらかに進んだ時代のものだ。ヤツは本当の事をいってるんだろうか?)


 『点と点がつながった』、そんな慣用句もある。

 しかし背教者の話は、東都にはなかなか信じられなかった。

 夜空に浮ぶ星の間に線を引いて、星座を作るような話だったからだ。


(つじつまが合うような、合わないような……そんな話だなぁ)


「それなら、なんでお前は自分で女神を倒さないんだ? この世界にやってきた力を使って女神のいる場所に殴り込んで、獣人でもサメ男でもぶつけてやればよかったじゃないか」


 東都は素朴な疑問を背教者にぶつけた。

 オークとの戦いにおいて、背教者は2万ものサメ男を用意した。

 その能力があるなら、女神を倒せてもおかしくないはずだ。


「僕の力では女神を倒せない。僕の能力は、あるモノを複製する。いってしまえば、ただ数に頼るだけの能力だ。女神という超越者には……届かない」


 背教者は東都に向きなおると、真剣な声色で言った。


「だからこそ、君のトイレが女神を倒すカギ――希望なんだ」


「――?!」




※作者コメント※

最近更新が遅れがちな理由は、

RPGツクールMZ買って遊んでたせいです。

ツクルノ…タノシイ…タノチイ

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