勝利の方程式

「トイレが唯一の希望って、それでいいのか」


「……冷静に考えるとどうかなって思ったけど、いいのさ」


「いいんだ?」


「女神に対抗できるのは、君のトイレだけだからね」


 そこでふと、東都は何かに気づいたような様子を見せる。

 「あっ」という表情をした彼は、背教者にあることを指摘した。


「ちょっとまってくれ、トイレは僕が女神からもらった力なのを忘れてないか」


 東都のそれは、あまりにも当然な指摘だった。

 女神に対抗するために自分の力を使う。

 しかし、そもそも東都が持っている力は自分のものではない。


「女神からもらった力を女神を倒すために使うなんて……お前をブチ倒すから、お前の力を貸してくださいなんて言って、ホイホイ聞くバカはいないだろ? その場で女神に力を取り上げられるのがオチじゃないか」


「普通ならね。しかし君の能力は取り上げることが難しい。

 ――とくに女神にとっては……ね」


「え、なんで?」


「そこには転生のシステムが関わってくる。転生とは心と肉体の転移であり、女神の加護もそれに由来したものなんだ」


「そういえば、お前たち『旧きもの』は転生を解明してるんだっけ」


 こくりと頷いた背教者はさらに続ける。


「女神が使っている加護の本質も『転移』なんだ。別の世界からエネルギーや力を持ってきて、使用者はそれを発揮している。僕の複製もそれの応用だ」


「あれ、そういえば……」


 東都は女神教の教会でブリューから聞いた、過去の転生者の話を思い出した。

 暗黒竜を召喚し従えた転生者。天使の軍勢を呼び出した転生者。


 東都もふくめ、どの転生者も「呼びだす」という部分が共通している。


「そういえば、女神の転生者はどれも同じような能力だった……」


「君の能力――トイレは、無から有を生み出しているわけじゃない。他所からちょろまかして使っているだけなんだ。しかし……君の能力は他の転生者の能力と明らかに異なる部分があることに気づいてるか?」


「異なる部分? えーっと……」


 自分の能力のどこが他と異なるのか?

 東都は考え始める。


(トイレを出す。これ自体が異様だけど、他所から持ってくるという仕組み自体は同じだ。天使の軍勢や暗黒竜がトイレになっただけ。納得いかないけど同じものだ)


 その時、東都に電流走る。


(いや……まてよ、ある、あるぞ! 違う部分が!)


「僕のトイレ召喚は、トイレを呼び出すだけじゃない。出したウンーチやオシーコがどこかへ消えている。つまり、『他所よそへ持って行く』という部分があるんだ!」


「気づいたね。その部分が女神に対抗するカギなんだ」


「他所へ持って行く部分が?」


「旧い世界では、人間から女神の加護が取り上げられた時、反動が起きたんだ」


「反動?」


「その世界には、加護の力で存在しているモノが多数あった。それらが加護を失ったことで、一気に喪失したんだ。水は枯れ、山は崩れ、建物はチリになった」


「加護でなり立ってた文明が崩壊したってことか。……ん?」


「さて……君と女神が対峙した時、君から直接加護を取り上げたとしよう。すると、どうなると思う?」


「えっと、トイレがなくなると、水とかは当然消えるよなぁ。あるものが消えて……ないものは現れる……? ハッ?!!!!」


「そう、君がこれまでこの異世界の住民から集めた――」


「「「大量の『ウンーコ』と『オシーコ』が女神の領域に開放される!!!」」」


「女神は君が戦いを挑んだとしても、加護を取り上げることは出来ない。絶対にね」


「あ、悪魔の発想だ……最悪の戦術過ぎる」


「君から加護を取り上げて、世界中から集めた汚物にまみれるくらいなら、まだ戦いを選ぶだろうさ」


「まぁ、そりゃそうだろうなぁ……」


「完璧な勝利の方程式さ」


「中身が最悪すぎる……あ、ちょっと気になったんだけど」


「なんだい?」


「女神はどうやって僕から加護を取り上げるんだ? 今こうしてるときに加護を取り上げられるってことはないのか?」


「ああ、女神が加護を与える時と奪う時は、両者が同じ場にいないといけない。これは僕が世界が崩壊するときに見ていたから確実だ」


「なるほど……女神がこの世界にやってきて、僕の目の前に現れない限り平気か」


「そういうことだね。幸いにして、この世界は女神とのつながりが強くない。細かい理屈まではわからないけど、女神への信仰が揺らぐと、女神はその世界の境界線を越えづらくなるみたいなんだ」


「そういえば……女神教の人は最近女神が現れてないみたいなこと言ってたな」


「女神教への信頼が揺らぐような事態が続いたからね。もっとも、君は再び女神教のもとに世界を結束をさせようとしているけど」


「……疫病をはやらせたのも、獣人をけしかけたのもそのためなのか?」


「そういうことだね。やむを得ない犠牲だ」


 背教者のその言葉を聞くと、東都は彼から距離を取る。

 じっと背教者を見る東都の顔からは、笑みが消えていた。


「やっぱり、お前に協力することはできない」


「だろうね。ぼくがやったことについては、今さら言い訳はしないよ。僕がこの世界に死と混乱をふりまいてまわったのは事実だからね」


「そういって開き直るつもりか?」


「僕に殺された人たちに心があれば、女神に殺された僕たちの仲間にだって心がある。君が殺した獣人やサハギンに家族がいないとでも?」


「――!!」


「そう簡単に答えは出ないだろう。答えは保留で構わない」


「……」


「だが、一応の誠意は見せよう。今そちらは皇帝の問題で混乱を抱えているはずだ。その混乱が収まるまで、こちらは手出ししない」


「皇帝をそそのかしたのはお前だろ? マッチポンプってやつじゃないか」


「そうしないとこの塔まで君は来なかったろう? こちらは迎える予定だったのが、ちょっと当てが外れたけどね」


「はぁ……結局、何から何までお前の手の内だったってことか」


「そういうことになるね。さて……」


 背教者は松明を持ち替えて、右手を高く掲げると指を鳴らす。

 すると彼の横の空間が歪み、『門』が現れた。


「この『門』は塔の上階につながっている。このまま君をここに幽閉してもいいんだけど、それをしないのを僕の誠意だと思って欲しい」


「……この先が本当に塔の上に通じてるかどうかは?」


「信じて、としか言えないね」


「……」


 東都はすこしの逡巡の後、門に手を触れた。

 すると、『門』体が引っ張り込まれ、周囲の景色が一変する。


 闇に包まれていた空間から、薄暗い石壁に囲まれた空間にいた。

 壁の質感には見覚えがある。間違いなく古塔の中だ。


 東都は息を吐いて、その場で膝をついた。

 それは「門」を使ったことによる、めまいのせいだけではなかった。


「僕はいったいどうすれば良いんだ……」


 東都は誰ともなくつぶやき、やり場のない迷いを虚空にぶつけた。





※作者コメント※

🚽<我はアルファにしてオメガ。始まりにして終わりをつかさどるものなり。


前半の伏線回収はこれで大半が終わったぜ……

( ゚д゚)<ヒッパリスギィ!

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