皇帝の帰還

完全に手遅れ

「閣下が投獄されただと……?」


「もっと詳しく説明してくださいッ!」


「は、はいっ! ことの起こりは、病が収まりを見せてからです――」


(病が収まりを……? トイレの水の効果でコロリがおさまったのか。なんでそれで伯爵が捕まるんだ?)


「街の広場にトート様が置いた柱がありましょう。あれから出る水を皆が飲むようになってからというもの、コロリはすっかり勢いをなくしました」


「おぉ、それは重畳ではないか」


「はい……。ですが、これによって、あのお方が首都に帰還なされたのです」


「あのお方……?」

「まさか――」

「そうか、皇帝陛下ね?」


「ハッ、そのとうりでございます。陛下は別荘からフンバルドルフに戻られました。玉座は再び皇帝を戴いたのです」


「そう……陛下が……」


「まて、ということは、閣下を糾弾したのは――」


「はい。他ならぬ皇帝陛下、ブリードリヒ・モレル陛下でございます。」


(名前ェェ?!)


「モレル……完全に手遅れじゃん……」


「トート様?!」


「ああいえ、そっちじゃなくて、どっちというかその……。混乱してまして」


「お気持ちはわかりますわ。けれど、ここは冷静に!」


「そうです、私たちが冷静にならなければ!!」


「アッハイ。」


(ふぅ、ちょっとパニクってしまった……。この世界の言葉は女神の力で翻訳されてるから、モレルっていう名前がそのままれるっていう意味じゃないはずだ。それにしたって、どうかと思う名前だけど。)


「モレル陛下はゲリーナ王妃を伴い、フンバルドルフに帰還して凱旋なされました。『皇帝のご加護によって病は去った』として盛大な宴を開いたのです」


(王妃もかよ?!! なんだよゲリーナって!!)


「何よそれ。コロリを追い払ったのは、トート様のおかげじゃない!」


「しっ、コニー、滅多なことをいうものじゃない」


「う、宴を開いたっていうことは、それなりにご機嫌だったみたいですね」


「しかし、その宴で問題が起きたのです。宴もたけなわという時、皇帝陛下は突如立ち上がったかと思うと……反逆、不敬、そして人道と文化に対する罪があるとして、伯爵閣下を告発されたのです!!」


「なんか色々罪が混ざってますね」


「うぅむ……反逆と不敬はまだわかりますが、人道と文化に対する罪?」


「反逆は多分、獣人が襲撃してきたときに防衛の指揮を取ったことよね? 正式な任命を受けていたエッヘン宮中伯から、防衛軍の指揮権を奪ってたから……」


「止むを得ないとはいえ、皇帝陛下の任命を覆したわけだからな。しかし――」


「不敬って、街の広場に柱を立てたことですかね?」


「あぁ……それはあり得ますね。フンバルドルフの広場は、帝国と皇帝陛下の威光を知らしめるモニュメントが数多くある。そこを問われたか?」


「文化に対する罪ってそのことかしら。でもひどい風刺をしたわけでもないし、ただ水の出る箱を置いただけよ?」


「そうなんだよなぁ……。そのくらいのことで罪になるか?」


(うーん、そうなると別の要因があったのかな)


「召使さんは宴会のとき、その場にいました?」


「はい。閣下のお世話をするため、私はそばに控えておりました」


「ではその時のことで、何か気づいたことはありませんか? どんなささいな事でも大丈夫です。ゆっくり思い出してください」


「そういえば……モレル陛下は宴の飲み物を気にしておられました」


「えっとそれは、不味かったとかで?」


「いえ、その逆でございます。なんと冷たいのかと、感動しておられました」


「ワインが?」


「たしか、硝石の精製方法の説明のときに、エッヘン伯が言っていましたね」


「あー、はいはい! 硝石がワインを冷やすのに使えるって話ですよね」


「そうです。宴会にあわせて使ったんでしょうね」


「ですが、喜んでいたはずの陛下は、そばに仕えていた何者かに耳打ちされたあと、烈火のごとく怒りだして伯爵閣下を告発したのです」


「ん、んんんん?」


「トート様? 硝石の原材料って確か……」


「あー……」


 硝石畑で硝石を生産するために必要な原材料。

 それはベンデルドルフの各家庭で「生産」されている「ウンーチ」だ。

 つまり、ワインを冷やしているモノの元をたどると……。


「トート様、もしや硝石しょうせきの出どころがバレたのでは?」ヒソヒソ


「なんかそれっぽいですね……」ヒソヒソ


 硝石には、その製造方法に急所(主に心情的な)がある。

 皇帝に耳打ちしたのは、背教者に間違いないだろう。

 硝石生産のメカニズムを知って、その弱点を突いたのだ!!。


「クソッ、やってくれたな……背教者レネゲイドめ!」


「このままでは、我々の身にも危険が及びますわ」


「なんとか弁明しないと。戦いの協力を呼びかけるどころではなくなったのでは」


「最悪、帰国と同時に牢屋行きってこともあり得るんじゃないかしら?」


「そんなぁ……」


「それにしても――『皇帝のご加護によって病は去った』……ね。皇帝という身でありながら、トート様の手柄を横取りするなんて。街から逃げておいて、厚顔無恥にもほどがあるわ」


「コニー、それ以上は……」


「だって、くやしいじゃない! 後からやって来て手柄を全部もっていくなんて!」


「まぁまぁ……。コニーさんが僕の代わりに怒ってくれるのはうれしいですけど、別に僕は、手柄を盗られたって気にしませんから」


「トート様は人が良すぎるわよ」


「はは、それ良いところだ。おごらず、たゆまず、おこたらず、というやつだな」


「そうね。トート様は素晴らしい魔力をおごらず、たゆまずに努力して、おこたらず信念をつらぬき通している……なかなかできることではないわ」


「龍神だからではない。トート様だからこそできることです」


「二人とも褒めすぎですよ。逆に居心地が悪くなります」


「すみません。でも本当ですよ」


「あなたもよく来てくれたわね、後はトート様と私たちに任せて」


「ハッ! ありがとう、ありがとうございます……ッ!!」





※作者コメント※

またヒデー名前のキャラが出てきたなぁ…。

モレル皇帝とゲリーナ王妃。匂い立つぜ…。


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