トイレは千里を行って千里を帰る(1)

「さて、帝国に戻るにしても、手段が問題ですね」


「そうですね。閣下からお預かりした船は沈んでしまいましたし……」


「あっ! ここにいた!」

「貴様、元老院に入り込むとは……スパイか!」


 元老院の建物に、エルフの衛兵とサトコたちが入ってきた。

 どうも彼らの目当ては召使いのようだ。

 ドカドカと入ってきて、どう見ても穏やかな様子ではない。


「ま、待ってください、彼は僕らの知り合いです」


「何、それは本当か?」


「はい。彼は、僕らに書状を託した伯爵の召使いです」


「なっ、では……この者の言うことは本当だったのか? 彼はボートでやって来て、港の詰め所に勾留中だったのです。身分を証明するものも持たなかったので、密入国として処理していたのですが」


「ボートひとつで海をわたってきたんですか?!」


「ひえっ、無茶しすぎじゃ?」


「ですが、お世話になった閣下のため、いても立ってもいられず……」


(気持ちはわかるけど、この人も大概おかしいな……)


「ふむ……何やら訳ありのご様子。委細をうかがっても?」


「もちろんです。彼の話によると――」


 エルンストは、衛兵たちに帝国で起きていることを説明した。


 帝国を襲っていたコロリのこと、皇帝が街を捨てたこと。

 東都がそれを救ったこと。

 そして、皇帝がその功績を横取りし、伯爵を無実の罪で投獄したことを。


 ちなみに、エルは硝石畑のことについては、いっさい語らなかった。

 面倒くさくなると思ったのだろう。


「皇帝でありながら、なんという……」


「サトコさん、僕らは今すぐ帰らないといけないんです。助けてもらえませんか?」


「うーん、まいっちゃったわね。でも――」


 困惑した表情のサトコは、咳払いを一つしてメガネをなおした。

 何かの方法を思いついた様子だ。


「ひとつだけ方法があるわ」


「おお、なんです!?」


「返礼の特使よ。つまり、もらったお手紙のお返事を持っていくの」


「そうか、閣下から書状を受け取ったのだから、返礼を送って然るべき。そうすれば、エルフの国から今すぐ船をだせると?」


「特使に特使を返すのは、何もおかしくない。むしろ、外交儀礼的にやって当然」


「なるほど、それなら問題なさそうですね」


「いえ、ちょっと問題があるわ。書状を誰が書くか……」


「それならば、私に任せてもらおう」


 そういって、ホールの中に長髪のエルフが入ってきた。

 彼は穏やかに微笑むと、マントをひるがえして巻物を取り出した。


「あなたは……バルバロッサさん!」


 トートたちに協力を申し出たのは古老のひとり――

 投げやり気味にトイレにぶち込まれたバルバロッサだった。


「私に理想郷アヴァロンを見せた者が困っているというのなら、助ける以外の選択肢はない。これを持っていきたまえ」


 バルバロッサはそういって、トートの手に巻物を握らせた。

 なんとも素早い仕事をするものだ。

 それだけあのトイレに感動したのだろうか。

 

「おぉ……エルフの古老からの書状なら、不足はありませんね」


「あとは船の用意だけど、閣下なら問題ありませんね」


「うむ。私の艦隊からフリゲートを出そう」


「こっちがいうのも変ですけど、そんな簡単に戦力を出しちゃって大丈夫です?」


「ははは、問題ない。君は黒曜氷河で大量のサハギンを討伐したのだろう?」


「あ、そっか。エルフが戦っている海賊って、サハギンたちだから……」


「トート様は数万のサハギンを倒されました。あれだけの戦力を一朝一夕に回復するのは不可能でしょう。つまり――」


「かつてないほどに海は安全になっている。ってことね」


「特使を出す機会は今しかないと言えるな」


「みなさん……ありがとうございます!」


 エルフたちに向かって、東都は心から感謝の言葉を告げた。

 すると、エルフは東都に向かって手を差し出した。


「こちらこそ。むしろ、この程度で足りるとは到底思えん」


「そうよ。私たちの宿敵、サハギン族をしばき倒したばかりか、古老の中に潜んでいた裏切り者まで見つけてくれたんだもの」


「エルフが、感謝してる……ッ?!」


「帝国の博物誌には、エルフは高慢で独善的だと書かれていましたが……。本の記述を再度検討して、あらためる必要がありそうですね」


「さぁ、きたまえ。背教者との戦いはまだ始まってもいないのだぞ」


「はい……今すぐ出発しましょう!」




※作者コメント※

あれ、なんか普通のファンタジーっぽくなってきたぞ……?

ぐ、ぐぐぐ。おでの体、い・たいどう・な……て。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る