剣闘士生活はつらいよ(1)
「剣闘士になりたいってのは……お前ら――おっ?」
「あっ、門番のおじさん?」
「なんだ、また会ったな」
看守に剣闘士になることを伝えると、しばらく待つように言われた。
それでじっと待っていると、牢にやってきたのは門番のおじさんだった。
「剣闘士になるって、お前さん本気か~?」
「いえ、剣闘士になるのは僕じゃなくて、そこで棒になってる人です」
東都は牢で「I」の字になり、祈りを捧げているハシムを示した。
門番はすごいイヤそうな顔をしているが、納得はしたようだった。
「あぁ……アレならなんとかなりそうか?」
「はい。アレ、結構頑丈なんで」
彼らにとってハシムは、もはや「アレ」扱いだった。
門番はジャラジャラと音を立てる鍵束をとりだすと、牢の門を開けた。
「こっちだ。」
牢屋から出された東都一行は門番に導かれ、どこかに連れて行かれる。
ジメっとした牢獄を歩くと、次第にどこかから風の匂いがしてくる。
どうやら東都たちは外界に近づいているようだ。
国が変われば風の匂いも代わる。砂の国の風は太陽の香りがした。
「では、ここがお前達カンパニエの作業場だ」
「おぉ……牢屋とぜんぜん違う!」
「トート様の言う通り、こちらのほうがずっと過ごしやすいですね」
「塀の中にあるのは違いがないけどにゃ―」
東都たちは剣闘士とその仲間が使う場所に案内された。
剣闘士たちの住居は牢獄の近くにあり、塀に囲まれた長屋が並んでいる。
東都が案内されたのは、その長屋のうちの一つだ。
長屋の壁は砂と土をつき固めた原始的なセメントで作られ、屋根はオレンジ色のカラフルなスレート(板状の平たい瓦)で
壁の高い所にぽつぽつと細い丸太が突き出している。
それらには布が引っ掛けられて、日差しを防ぐテントが張られていた。
土で出来た家の中は殺風景だが広く、窓も大きくて開放感があった。
なにより新鮮な風と、太陽の光が差し込んでいるのがありがたかった。
「牢獄との差がありすぎる……」
「トート様、別の部屋にはカマドまでありますよ」
「こんな良い環境なら、囚人はみんな剣闘士になりたがるんじゃ?」
「それが目的にゃ」
「あー……なるほど。恩赦って餌だけじゃなくて、待遇の差を大きくして剣闘士のなり手が途絶えないようする。それがスルタンの狙いってこと?」
「そういうことにゃ。オタクなかなか察しが良いにゃ」
「まぁ、これだけ用意してれば……タダでこんなのするわけないよね」
「……無いな。これは困ったことになりましたね」
「うん? どうしたのエルさん」
「すこし見て回ったのですが、備え付けの物資はあっても剣闘士が使う武器や防具がありません。自分たちで用意しなければいけないようですね」
「えっ、それは不味くない?」
「知らなかったのか? 剣闘士の武器や防具は基本的に自弁だぞ」
東都を見る門番のおじさんは、やれやれといった様子だ。
そこまで考え無しだとは思わなかったのだろう。
(だって教えてくれなかったじゃん!)
「門番どの、装備はどうやって調達するのです? ここは塀の中ですよね」
「あぁ、大体はスポンサーを見つけることになる。もし見つけられなきゃ……初試合で猛獣のエサだ。そういうショーも需要があるからな」
「ひぇっ!?」
(そりゃそうか、囚人を使うコロシアムがまともなわけないか……)
門番は東都を見てニヤニヤと笑っている。
これに彼はピンと来た。
「方法がないわけでもない……そうですよね?」
「察しが良いな。うちの叔父が仕立て屋だってのは知ってるな?」
「はい。提供の条件は?」
「他の店の防具を使わないこと。ウチの叔父と親戚の防具だけでやることだ」
「宣伝目的ってことですね。……うーん、品揃えが気になるんですけど?」
「針と糸で作れて、身を守るものなら何でもだ。革鎧や盾、兜なんかもある」
「あれ、武器は無いんですか?」
「無い。親戚に鍛冶屋はいないんだ……綿農家や牧場主はいるが」
「ふむふむ……ということは、あとは武器屋かー」
「それはそっちで何とかしてくれ。ツテを当たってみるが……あまり期待するな」
「いえ、十分です。まずひとつめの問題が解決したわけですし」
「しかし困ったわね。素手だと拳闘士になっちゃうんじゃない?」
「ハシムさんなら素手でも何とかしそうな所ありますけどね」
「た、たしかに……」
(うーん、武器、武器かぁ……)
東都は腕を組み、考え込む。
彼のスキル「トイレ召喚」の応用力は高い。
しかし武器の調達となるとどうだろう?
トイレと武器。それらはお互いにかけ離れた存在に思える。
はたしてトイレで武器の調達が出来るのだろうか。
(……考えてたら、ちょっとトイレに行きたくなってきたな)
東都が黙考していると、反射的にもよおしてしまった。
彼はあたりを見回し、トイレを探した。
(くっ、トイレは……トイレはどこだッ?!)
――説明しよう!!!
人間はストレスを感じると交感神経が刺激される。
交感神経が刺激されると、人間は戦闘に適した状態に変化する。
血圧と心拍数が増加し、体のエネルギーが爆発的に増加するのだ。
しかし、この覚醒状態は長く続けられない。
次第に交感神経が疲弊して、代わりに副交感神経が優位になっていく。
副交感神経は眠気、胃腸の活動を司る。
つまり……『便意』を覚えるのだ。
東都は牢屋に入れられたことで交感神経が興奮し続けていた。
つまり、彼の神経は非常に
しかし、今は違う!!
今の東都は剣闘士の館という大変良い環境にいる。
この変化により交感神経は堕天! 副交感神経が完全覚醒!
これにより彼の胃腸は、激しく活動を再開したのだ!
<ぎゅるるるる……>
「と、トイレってどこにありますか?」
「あぁ、それならここを出たとこにある、ポプラの木を左に行ったとこだ」
「どうも!」
東都は小走りでトイレに向かう。
剣闘士のトイレは共同のようで、並んだ長屋のすみっこにあった。
「……!!」
トイレに入った東都は驚愕した。
通常、トイレというものは椅子状の物があり、廃棄する「穴」があるものだ。
しかし、彼の眼の前にあるものはそうした常識を超越していた。
「これは……砂場?!」
東都の目の前に広がるトイレを一言で言えば『砂場』だ。
赤レンガで囲った枠の中に、大量の砂が敷き詰められている。
そして……砂の中にはカラカラに乾いた黒い物体がある。
嗚呼、これはどう考えても「アレ」だろう。
「……OH。」
ハローワールド。現実さんこんにちは。
東都はただ、トイレの前で立ち尽くすしかなかった。
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※作者コメント※
トイレ要素がなんかすごい久しぶりに感じる(
砂の国のトイレに関してですが、これは創作です。
中世アラブ世界のトイレの全容はまだ明らかになっていません。
富裕層は水洗設備をもったピット型のぼっとんトイレを使用していたようですが
多くの人々はそこいらで致していたようです。
乾燥地帯だからそれでも大丈夫なんですかね…(
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