剣闘士生活はつらいよ(2)
「これって……クソッ、完全に油断してた!!」
滅びの体現者たる「それ」は砂の上をコロコロと軽快に転がった。
なんということか。
人類の作り出した文明が全て灰燼に化したような、凄惨な光景だ。
この滅びは救いか、あるいは呪いか。
干からびきったトイレは、東都の嘆きすら乾かした。
「おっと、こうしてる場合じゃない。はやくしないと……」
東都の便意はすでに限界に近づいている。
無理やり城門を破られる前に、無ケツ開城しなくては。
「――大きいのはどうすれば……く、まさかアレかっ!?」
トイレの一角に、丸い穴が開いた石の板がある。
察するに、あれが便座なのだろう。
「アレにするのかぁ……」
(いっそのこと、ここに僕のトイレを設置するか? いや、ハシムの目が届く場所にトイレを置くのは不味い気がする。ここはこれで済ませるしか……)
「ええい、ままよ!」
砂の国のトイレがアレなのは確かだ。
しかし、それでもベンデル帝国のトイレより清潔なのは間違いない。
決心した東都は、石の板の上に腰掛けた。
緩やかな凹面に着席すると、意外と収まりがよかった。
配置についた東都。彼の脳内の無意識化で攻城戦が始まった。
<開門! 開門せよ!>
<ジャーン! ジャーン! ジャーン!>
ドラが打ち鳴らされ、大地が脈動する。
破城槌の登場だ。
城門を守る兵士たちは破城槌の登場に恐れおののき、無ケツ開城されてしまう。
兵士たちの手によって、重々しくも門が開かれた。
<いけーーー!!!>
<うぉおぉぉぉぉぉぉ!!!!>
破城槌を運ぶ兵士たちは城門をくぐり、一気呵成に突撃していく。
太く勇壮な破城槌は、門をくぐると重力に従って大地に落下していった。
着弾――今!!
破城槌が砂地に着弾し、波紋が広がる。
弾着の衝撃で巻き上げられた砂が彼らの全てを覆い隠した。
――静寂。
その砂の上で起きたことは、さながら人の世の争いの虚しさを物語るようだった。
「ふぅ……」
一戦を終えた東都は石の便座に座ったまま、辺りを見回した。
このトイレが砂洗方式なのはわかる。しかし、尻はどうすればいいのか。
「洗うのは……まさかこれ?」
トイレにはカピカピに乾いたトウモロコシ状の植物、その芯があった。
どうやらこれを使って拭くらしい。
「マジかぁ……」
トウモロコシの芯は……明らかに使用済みである。
この事実は現代っ子の東都にとってはあまりにもキツイ。
しかし、使わないより他はない。
東都は芯を砂の上に落とすと足を使って転がして擦った。
できるだけ芯を初期状態に近づけようという、涙ぐましい努力だ。
「くっ、このままでは精神的に保たないぞ……なんとかしないと」
砂が混じったざらついた芯。
その厳しさを肌で味わいながら、東都は誓った。
★★★
「まったく困っちゃいましたよ」
「トート様のトイレを置けないっていうのは問題ね……」
「あぁ、うっかり置くことも出来ない。ハシム殿が何をするかわからないしな」
「そこなんですよねぇ……」
トイレから戻った東都は、剣闘士の控えでエルとコニーと相談を始めた。
議題はもちろん、トイレについてだ。
トートのトイレをこの場に置きたい気持ちはある。
しかし、そうするとハシムを始めとした「柱の男」を刺激する可能性が高い。
彼らは柱(トイレ)を特別視している。
ここでもし柱を出して、本来の使い方がバレたらどうなるか?
そのとき何が起きるのか、まるで予想がつかない。
「ここは……トイレは封印ということで」
「やっぱりそうなりますよねぇ」
「トート様の力に頼れないとなると、試合の行く末も不安ですね……」
エルの言う通りだった。
トイレの力を使えないとなると、戦いは厳しいものになるだろう。
「いったん状況をまとめませんか? もう一度ぼくらの状況を確認すれば、何かアイデアが思い浮かぶかもしれません」
「そうですわね」
「はい。まず我々の目的ですが――」
「砂の国の牢獄からの脱出。その条件はコロシアムで優勝すること」
「はい。トートさまの言う通りです。それには大きな問題が2つあります」
「まずひとつ目は、武器の調達ね。このままだとハシムは素手で戦うことになるわ」
「ふたつ目は僕のトイレが使えないということ。武器の問題からいきましょう」
東都が促すと、エルが問題の要点を指摘した。
「剣でも何でも、とにかく武器が必要です。しかし、この塀の中で調達するのはまず無理でしょう。となると、塀の外にいる者たちと取引する必要がありそうです」
「それならアテがあるかもしれないにゃー?」
「マルコさん!」
(そっか、マルコさんは自分たちのことを傭兵だって言ってた。ツテがあるのか!)
「マルコさんは傭兵って言ってましたね。もしかして武器を調達できるんですか?」
「もちろんにゃ。ウチら砂漠のキツネをナメちゃ困るにゃ」
「砂漠のキツネですって? あの有名な?」
「ネ、ネコなのに?!」
「それが狙いにゃ。ネコがキツネを名乗るとは思わんにゃ?」
「まぁ、それは確かに……」
「ウチらは奇襲がモットーにゃ。なんで、これを明かすのは……」
そういってマルコは爪を出す。
知ったが最後、始末する。そういった意味だろう。
「お、脅かさないでくださいよ」
「にゃにゃ!」
「マルコ殿、武器の調達をお願いしても?」
「モチにゃ。ただ、こっちからもお願いがあるんだにゃ~」
「……なんです?」
「ウチらを東の国に連れて行く。それが条件にゃ」
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※作者コメント※
この作者、排便シーンが規制にかかるからってやりたい放題しすぎである。
これが民主主義を支える表現の自由だ。(ギュッ!)
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