背後からの一刺し
予感
「ふぅ……もう攻めてくる様子はなさそう……か?」
「終わりのようですね」
雪丘の上に立った東都は眼下の光景を見る。
海岸にはとても数え切れない数の氷の彫像があった。
彫像の正体は氷漬けになったサハギンたちだ。あるサハギンは突撃する姿勢をもったまま、またあるサハギンは盾を掲げた状態で氷漬けになっていた。
先陣を撃退した後、東都たちに包囲を仕掛けてきたサハギンたちは、片っ端からトイレの冷気で凍りつき、海岸で戦おうとする姿のまま静止している。
それはさながら、歴史に残る絵巻物が現実に現れたような光景だった。
「一時はどうなるかと思ったけど……」
「オークたちが助太刀してくれて助かりましたわ」
「ですね。最初の倍の数が攻めてきた時は、もうおしまいかと」
「よそもンだけに任せておくワケにいかねぇべ」
「あ、オーランさん、助かりました!」
「いンや、礼には及ばねぇよ。オラたちは大したこたぁやってねぇべ。認めたくねぇ気持ちもあるけんど、勝ったンはおめぇのトイレのおかげだべ」
「いえいえ、助かったのは本当です。迂回を仕掛けて来た相手に対して、トイレの力だけで迎撃することは出来ませんでしたから……トイレは勝手に動かないので」
「それが普通だべ」
「まぁ、普通のトイレは水を吹いたり氷の息を吐いたりもしませんから……」
「普通ってなにかしらね?」
「それはそうなんですけど……」
(トイレを育てていくと、その「普通」も変わりそうなんだよなぁ……。自立して移動するトイレとか、探せばどこかにありそうだもんな)
「ま、まぁともかく……! 今回の勝利の立役者は、オークに間違いありません。危険を顧みずに敵前でトイレを動かさないと、勝利はなかったでしょう」
「動かしてっていうよりはむしろ、振り回してって感じだったけど」
「オークのみなさんの勇気には感動しました。敵の前に立ち、果敢にト……武器をふりまわすような事は、とても僕にはできません」
「えぇ、まさしく伝記に聞くオークのままでしたね」
東都たちの言葉に、オーランは満更でもない様子だった。
わかりやすく頬を染めると、照れ隠しにガハハと大笑いをした。
「まぁ、それがオークの花道ってもんよ。敵の中に突っ込んでオリャーってな!」
「しかしオーランよぉ、あれはどうすっぺ」
ホラレーがそういって海岸を指差した。
彼の言う「あれ」とはもちろん、氷漬けになったサハギンたちのことだ。
海岸には数万の数のサハギンが氷漬けになっている。
村にいる数十人のオークでは、とても埋葬できる数ではない。
「あー……たしかに弱ったなぁ」
「凍っちまってるし刺し身にするどころでもねぇべ」
「食べるんですか?
「サハギンも半分は魚だからなぁ。揚げるとうめぇど」
「えぇ……」
(その理屈でいったら、半分は人間なんだけど……。カニバ……いや、サメだからサメバリズムか?)
「たしかにあの数は……」
エルは東都と一緒に丘から氷漬けのサハギンを見下ろす。
すると彼は何かに気づいたのか、突然「あっ」と声を上げた。
「エルさん、どうしました?」
「トート様、少し気になる所があります。ここでお待ちを」
「えっ?」
そういってエルは丘を滑り降りる。
彼は凍りついたサハギンに近寄ると、持っていた
しばらく槍を見ていたエルは、確信に満ちた顔で東都がいる丘に帰ってきた。
「トート様、サハギンが持っていた、この武器を見てください」
エルが東都に見せた槍は、流麗なシルエットをしている。
素材も銀に似た上品な輝きを持ち、とても高級そうだった。
(うーん……なんだろうこの槍。ソシャゲの
「何か豪華な感じですね。サハギンが作ったとも思えないし……奪ったのかな?」
「あの太い指でこんな繊細な細工はできないわよね」
「これはエルフの武器です。と言っても、実際に見るのは私も初めてですが」
(エルフの槍? やっぱ異世界でもエルフはこういうの作るんだなぁ……)
「サハギンたちがエルフを襲撃して、奪った槍を使ってた……みたいな?」
「1本ならそうかも知れません。ですが、サハギンの軍勢はほぼ全員がこれと同じものを持っています。明らかに異常です」
「えっ?」
エルにそう言われて、東都は改めてサハギンの軍勢を見た。
彼の言う通り、ほぼ全員が目の前にある槍と
「本当だ……。これって、そこらへんで売っているものじゃないですよね?」
「はい。運が良ければ買えるかもしれませんが、その場合、同じ値段で帝国騎士を馬ごと用意できますね」
「槍一本が、馬に乗った騎士と同じ値段……それってお高いってことですよね」
「そうですね。高級品の中の高級品です」
「そういえば以前ウォーシュ閣下が言っていた話だと、帝国騎士を1人用意するには、10家族100人が1年働く必要がある。なんていってたわね」
「へぇ~……」
「まぁ、それだけに、エルフの武器は威力も凄まじいと聞きます」
エルは銅のコインを取り出して爪で弾く。そして彼が槍を突き出すと、穂先を通りすぎたコインは、まっぷたつになって白い雪の中に沈んだ。
「おぉ~! お見事!」
「怖いくらいの切れ味ね。」
「これほどのモノを、エルフがサハギンに与えるとは思えません」
「どうしてですか?」
「海の国を治めるエルフは、海賊と敵対しています。サハギンとエルフは宿敵同士といってもよい関係にあるのです」
「金貨を山と積まれても、渡すはずがないわね」
「となると……」
「はい。エルフの国で何かが起きているのかもしれません」
・
・
・
※作者コメント※
というわけで次のシナリオはエルフ編となります。
この世界のエルフは、異世界の京都みたいなところなのか
それとも我々は争いを好まない…みたいなテンプレエルフなのか、
はたまた逆張りポンコツエルフなのか……。
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