灰トラさん

(儀式っていうか、ただのボディービル大会だったなぁ……)


 結局、東都は最後まで儀式を見届ける羽目になった。

 黒ターバンを始めとした男たちは肉体を誇示する謎のポーズを取り続け、儀式のフィナーレでは採点までしていた。


(うーむ……遠く離れた別々の地域で似たような物語や文化が発生するって話を聞いたことがあるけど、それは異世界でも同じなのか。でもなんでボディービル?)


 遠く離れた異世界で、元の世界と同じことが起きるという奇跡。

 しかし、その奇跡がなぜボディービルなのか。

 あまりにも意味不明な儀式すぎて、東都の理解を完全に超えていた。


(……ま、考えてもしょうがないか。とにかく話をきいてみよう)


 東都は頭を左右に振って疑問を振り払った。

 いくら考えても答えは出そうにない。


 ネコ人の様子はどうかというと、終わった儀式にはしらんぷり。

 御柱教なんて、どこ吹く風という感じだった。


 儀式が終わったら、さっさと楽器を置いて木陰で休んでしまっている。

 草の上、木の根っこ、それぞれ思い思いの場所で横になり、寝息を立てている。

 その様子は、ほとんど普通の猫と変わらないように見えた。


(なんか本当のネコみたいだなぁ……いやネコなんだけど)


 東都はそっと近づき、演奏を指揮していた灰トラのネコに話しかけることにした。

 灰トラは、木々の影にできたこけのベッドの上で横になっていた。


「あのーすみません、ちょっといいですか?」


「にゃに?」


 東都が呼びかけると、灰トラはパチリと目を覚ました。そして横になったまま、長いまつげを両手を使ってクシクシとなでつけた。


 手袋をはめたような丸っこい白い手は、完全にネコのものだ。

 よくこれで演奏ができたなと、東都は少し感心した。


 顔を洗った灰トラは、大きなあくびをしてベッドの上でぴんと体を伸ばす。

 そのまま苔のベッドの上で東都を見上げるが、小さな顔は苦みばしっている。

 まるでコーヒーの粉でもまぶされたようだ。


「……おたく、新入りにゃ?」


「あっはい、そうです。ちょっと聞きたいことがあって……」


 東都は湿った地面の上に両膝をつき、正座して灰トラに向く。

 一方の灰トラは尻尾をせわしく振って、苔のベッドを払いながら立ち上がった。


 しかし、灰トラが立ち上がってもその目線は東都のそれよりも低い。

 それが気に食わないのか、ネコ人は白い喉をごろごろと不満げに鳴らした。


「なんだにゃ? さっさと頼むにゃ」


 そう急かす灰トラの声色は、少し苛立いらだっている。

 

 新参者との会話に興味がないのか、あるいは昼寝の時間がおしいのか。

 いずれにせよ、灰トラは東都との会話を早く終わらせたいようだ。


「お休みのところすみません。実は――あの柱についてなんですけど」


「あーあれにゃ? 何聞かれても大したことは言えんにゃ。ウチらがこの森で死にそーになってた時、ただそこにあっただけだにゃ?」


「ですよねー」


「それだけかにゃ?」


「ぶっちゃけますけど、御柱教のこと、実はどう思ってるんですか?」


「……どう思ってると思うにゃ?」


「えーっと、あんま興味なさそうかな~って」


「そらそーにゃ。なんだにゃあのキモい儀式。頭おかしいにゃ」


「わりと辛辣しんらつだった」


「でもオタクもそう思うにゃ? フツーの神経だったらそう思うにゃ」


「まぁ、そうですね……。自分があの輪に加わる光景は想像できません」


「はぁ、それで何をしてほしいんだにゃ?」


「えっ?」


「そうじゃなきゃ、わざわざ話しかけたりしないにゃ。おおかた興味本位で見に来て、後悔してるってところだにゃ?」


「まぁ、後悔はしてますけど、興味本位っていう動機は……まぁ半々ってところですね。もう一つの理由がありまして」


「ふん、ふん、ふぅーん?」


 興味を惹かれたのか、尻尾をくねらせると灰トラは東都の顔を覗き込んだ。

 関心のないことには気だるげだったが、好奇心には素直なようだ。


(どうしたものかな……灰トラさんは、ネコだけあって好奇心は強いみたいだ。ここはいっそのこと、一番インパクトが強い情報を与えてみるか?)


「本当のことを言うと……あの柱、僕が出したものなんです」


「色々変なやつがきたけど、初めてのタイプが来たにゃ?」


「そうですか?」


「にゃ。今までのをまとめると、虚空からやってきた神の落とし物、森が生み出した化身。先祖の霊が送り込んだ奇跡……ってのがあったかにゃ? 自分で出したっていう不遜なヤツは、オタクが初めてだにゃー」


「ま、嘘だと思いますよね」


「当然だにゃ。水を無限に吐き出し続ける魔法の道具なんて見たことないにゃ。それを作ったやつも当然……にゃ。オタク、あれを自分のものだって言い張って、持って帰ろうって魂胆かにゃ?」


「それは成り行き次第ですかね。僕としては、あの『トイレ』が悪用されなければいいんですけど、もう悪用の一歩手前にきてるように見えるんですよね?」


「まぁ……ん、いまにゃんて言ったにゃ?」


「悪用の一歩手前、悪用されなければいいって――」


「その前、前だにゃー!」


「ま、前……?」


 東都は腕を組んで考えると、ハッとなった。

 そういえばつい口が滑らせて口に出してしまった単語があった。


「あぁ、あの柱、トイレなんですよ」


「と、トイレだにゃ……? じゃあ、あの水って……」


「それはもちろん、お尻を洗うための水ですが」


「……噴水にしてはなんか変な形だと思ったら、おぇぇぇぇ」


 灰トラは半眼になり、口から毛玉を吐くような表情になった。

 「吐く顔もネコなんだな」

 致死量の真実を浴びせながら、ふとそんなことを東都は思っていた。





※作者コメント※

いともたやすく行われるえげつない行為。

その真実はなんか……臭った。

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