テキトーにして繊細

「最悪すぎるにゃ!! なんでそんなモノ置いてったにゃ?!」


「なんていうんですかね、流れで?」


「なんてハタ迷惑なやつにゃ……」


「それに関してはハイ。ごめんなさい……」


 心の底からイヤそうな顔をしているネコ人に向かって、頭を下げる東都。

 このトイレを置いた当時は、転移したばっかりで色々ゴタゴタしていた。

 やむを得ないとはいえ、これは明らかに東都のやらかしだった。


「あ、ちゃんとした自己紹介がまだでしたね。僕の名前はトートです」


「トートかにゃ? ふーん……ウチのことはマルコって呼べにゃ」


(ふむふむ。ネコ人の性別は見た目じゃよくわからないけど……。マルコってことは男、いや、オスってことかな?)


「トート、ひとつ聞くにゃ? トイレってことは……『使った』のかにゃ?」


「え? あ、えーっと……」


「わ、わかったにゃ、もういいにゃ。聞きたくないにゃ」


「アッハイ」


 何かを察した灰トラは手を左右に振って質問をとり消した。

 真実を知ってしまうことを恐れたのだろう。


 実際、あのトイレは使用済みだ。東都が用を足したあと、コニーも使っている。

 水自体は清潔でも、あまり気分の良いものではない。


「水を出すだけにしては、ミョーな形してると思ったんだにゃ……」


「変だとはおもってたんですね」


「ちょうどニンゲンが入れるくらいの大きさだったからにゃー。なにか別のことに使う道具なんじゃないかとは思ってたにゃ……でもトイレは予想外すぎたにゃ」


「ですよね。ハシムさんはトイレのことを特別な何かだと思っているんですね?」


「アレに命を救われたのはたしかだからにゃー。心酔っていうのも生ぬるいかにゃ?ハシムのダンナはあの柱に近づく連中を片っ端からブチのめしてたにゃ。通りすがりの旅人や傭兵はもちろん、獣人までノシてたにゃ」


「変態なのに、実力はホンモノなんですね……」


「……はぁ。てっきりココから逃げ出す相談かと思えば」


「まぁ、間違ってはいないですね。目的の半分は逃げ出すことなので」


 灰トラは頭の後ろをかきながら嘆息した。

 はぁ、と息を吐く仕草は、呆れと怒りが半々に混じった様子だった。


「まぁ、大体の事情は飲み込めたにゃ。ダンナは忘れ物を取りに来た。それでアレをどっかに持ち帰りたいってところかにゃ?」


「あー……それはどうなんだろう。僕の出したトイレを使って、妙なことをしてほしくないってだけなんですよね。アレと同じものはいくらでも出せるので」


「は、何言ってるにゃ???」


「実は僕、あのトイレを召喚できるんですよ。それも数に制限なく」


 そう言って東都は自分のスキル、「トイレ召喚」の説明を続ける。


 最初はじっとして静かに説明を聞いていたマルコだったが、そのうち何かいいたげに口をモゴモゴと動かし、ヒゲを上下に揺らしながら頭をかいた。


 その様子はひと目で見て、ひどく混乱しているのが見て取れる。

 説明が理解できなかったわけではない。東都のことが理解できないのだ。


「ますます意味が分からなくなってきたにゃ……ここはめったに人が立ち入らない致死率十割大森林にゃ? このまま放っておくこともできたはずにゃ」


「はい。正義感ってわけじゃないですけど……なんか嫌じゃないですか。自分の置いていったものが、誰かを苦しめたり、困らせたりしてたら」


「でも、それで自分の命を危険にさらすかもしれないにゃ?」


「まぁ、そのときはそのときで?」


「……テキトーなんだか繊細なんだか、よくわからない性格してるにゃ~」


「まぁ、はは……」


「まぁいいにゃ。できる限りの協力はするにゃ。でも条件があるにゃ」


「条件? なんでしょう」


「ウチらも連れてけにゃ。もうハシムのダンナには愛想が尽きたにゃ」


「いいんですか? お仲間だったんじゃ……」


「うんにゃ。ウチらはただの雇われの護衛にゃ」


「えっ、どうみてもハシムさんたちのほうが護衛にみえますけど……」


「そこが狙い所にゃ。楽器で遊んで気ままに昼寝しているネコ人が、荷物を漁る野盗の首をき切るとは思わないにゃ?」


「なるほど……ダラダラしているのも作戦のひとつってわけですか」


「実用を兼ねた企業ヒミツってところにゃ」


「サボる言い訳にしてるってことです?」


「そうとも言うにゃ」


「いい性格してるなぁ……」


「人間どもはマジメすぎるにゃ。いいかげんがイチバンにゃ」


「ま、それには同意しますね」


「それで? 言い出しっぺのダンナには、何かいい作戦でもあるにゃ?」


「うーん……」


 灰色のヒゲを丸い指先で伸ばしながら、マルコは東都に問いかけた。

 正座したまま腕を組み、しばし沈思黙考する東都。


 くりっとした薄緑色の瞳を細め、答えを待つマルコ。

 彼の瞳には何か、イキのいい獲物を見据えているような期待感があった。


「そうですね……こういうのはどうでしょう」


 はたと太腿を打ち、東都は思いついたばかりの作戦をマルコに伝える。

 するとマルコは少し小馬鹿にしたように笑った。


「カブトムシじゃないんだから、そんなホイホイと甘い話に寄って来るかにゃ?」


「そこはほら、腕の見せ所ってやつですよ」


「その細腕ほそうでのどこを見ればいいにゃ? ま、お手並み拝見かにゃ」


 森の中、木陰の中で一人と一匹が向き合ってささやきあう。

 その言葉は梢に隠れ、森の影に溶け込んでいった。





※作者コメント※

マルコもなかなか毒舌でいい性格してるにゃー

一方、すっかり東都から忘れ去られているエルとコニー。

あっちの二人はどう動くかな……?

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