アイを捧げる男

「ムムムムゥン。御柱様の御威光は日々広がりを見せているようだな」


 森の片隅にある、大小様々、無数の四角柱が飾られた祭壇。

 その前でハシムはマッスルポーズを取っていた。


 四角柱は森に落ちている枝や倒木を彫り込んだものだ。

(彫り込むというよりは、ただ削っただけというのが正しいが)


 御柱教の信心深い信徒たちは、修行の一環としてこの神像を作り出す。

 そして柱(トイレ)の神性を讃えるために祭壇にお供えしていたのだった。


「ゆくゆくは、この森の中のみならず、東は砂漠へ、西は平原を越え大洋の先まで、我らが御柱様の名が轟くに違いない!!!」


 ハシムは両手を天に掲げ、ギュッっと太腿を引き締めた。

 体幹のブレは一切なく、地上に対して直角に立つ様は正確無比。

 その姿は見事な「I」の字だ。


 説明しよう!!!

 これは彼が最も得意とする「御柱」のポーズだ!!!


 この「御柱」のポーズは、彼が崇拝する「柱」と渾然一体こんぜんいったいの姿となるものだ。


 これは東都のトイレを信仰するうちにハシムが偶然とったポーズであった。

 そして彼の信仰にさらなる真実味を与えてしまった。


 実はこのポーズ、医学的にも実際に効果があったのだ!!

 しかしそれは病気を治療するとか、健康を増進するといった意味ではない。


 サウナで血圧を乱高下させ自律神経を叩きのめし「整う」。

 どか食いによる血糖スパイクで気絶して「至る」。


 彼がしている「御柱」のポーズは、それらの行為によく似ている。

 これは薬物の使用を伴わない疑似トリップを目的とした行為なのだ!!!


 「御柱」のポースは、両手を上げて全身をまっすぐ緊張させるものだ。

 こうすると人体は生理的な反射で血圧が上がり、神経が興奮する。

 また体を細めることは肺の伸び縮みを妨げ、呼吸数を通常の半分に低下させる。


 こうした過度な負担が人体にかかると、神経調節性失神を引き起こす。

 失心の前後には意識が混濁し、神がかり的な状態に陥るのだ。

 さながら熟練のイタコ・ドルイドのようにハシムは別世界を覗き見ていた!! 


「ムムムゥン……フゥハッ、ア~ン?!」


 祭壇に並んでいる無数の四角柱が重なり合い、一つの姿を取る。

 その柱の大きさといったら、ハシムの身長の倍は高さはあろうか。

 柱は威厳に満ちた佇まいで「I」の字になった彼を見下ろしている。


「ムゥン! おぉ……愛しき御柱よ! あなたの子はここにいます!」


 ハシムは「I」の字を維持したまま、メトロノームのように左右に体を振る。

 実際のところ、ハシムの眼前に巨大な柱は存在しない。

 脳貧血による視覚神経の混乱がそう見せているだけだ。


 しかし、トランス状態にある彼にとって幻覚は現実だ。

 極彩色のサイケ空間で、ハシムは御柱と対話する。


『愛しき我が子よ。あなたの靴下のような声が私の肌で点滅するわ』


 金色に輝く柱はひどく冒涜的な言葉を吐く。

 しかしハシムは「I」の字になったまま恍惚とした表情を浮かべている。


「ムゥン……もったいなきお言葉!」


 そのまま祭壇に浮かび上がった巨大な柱と対話するハシム。

 実際は血圧と意識レベルの低下による幻覚だ。

 しかし彼にとっては違う。全ては真実。まごうことなき『リアル』なのだ。

 

「アハハ」『ウフフ』


 お花畑で東都のトイレとマイムマイムを踊るハシム。

 彼は完全にトリップしており、現実から(物理的に)卒業しかけていた。


 瞳をうるませ、ハシムはトイレの白い肌に唇を重ね合わそうとする。

 だがその時――


覚者かくしゃ、大変です!!」


 粗野な叫びを聞き、ハシムは現実に引き戻された。

 信徒のうちの一人が慌てた様子で祭壇に踊り込んできたのだ。


「貴様、我が母との逢瀬おうせを邪魔するとは……」


「ひっ!」


 御柱との対話(?)を邪魔されたハシムは当然怒り狂う。

 振り返った彼の瞳は怒りに燃えていた。

 ハシムの剣幕に気圧された信徒は、たまらず後ずさった。


「そ、その……我らが信仰の一大事でして」


「ムゥン?」


 膝をついて語る信徒の顔は、猛獣に向かって慈悲を乞う子鹿のようだ。

 手を胸の前で重ね、祈るようにして彼は続ける。


「お、御柱様オハシラサマの様子がおかしいのです」


「?! キサマ、どういうことか説明しろ!!」


 ハシムは丸太のような腕で信徒の胸ぐらをつかむと、そのまま持ち上げた。

 信徒は咳き込むと懇願するようにわめいた。


「わ、わたしにも何が起きているのかさっぱりなのです!!」


「このたわけが! それでも御柱様をお守りする使徒か!!」


「もももも、申し訳ありません!! ぎゃ!!」


 信徒は森の地面に投げ捨てられ、短い悲鳴を上げる。

 ハシムは無様に転がる彼を見下して、ふんと鼻で笑った。


「御柱様を慕う新参者が来たというのにそのザマは何だ。それで示しになるか!」


「ハッ!!」


「それで? キサマが分かる範囲でいい。様子がおかしいとは具体的に何だ?」


「はい……。御主おんあるじが、語りかけてきたのです!」


「ムゥン?! 御柱様は今しがた我と……」


「御柱様は我らに啓示がございます様子……確かにこの耳で聞きました!」


 信徒の言葉が飲み込めなかったのだろう。

 ハシムはしばらく呆けたような表情をしていた。


 が、すぐに気を取り直したハシムは、全身の筋肉を爆発させるように走りだした。

 彼が敬愛して(ちょっと危ないくらいに)やまない柱のもとへ――





※作者コメント※

我が母(トイレ)

ハシム、思ったよりやべーやつだった。薬物ダメゼッタイ。

でもこいつの場合、筋肉だけでトリップしてるから一応健康的なのか……?

そうだとしても、いろいろアウトな気がする(

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