歓迎の儀式

「ムゥン、貴様にも我が主、御柱様オハシラサマの威光が身にしみているようだな……」


「あっ、はい。何かこう、ガッとしてコクのある感じがするような……?」


「そうだろう、そうだろう」


 東都は困惑しつつも、黒ターバンに話を合わせる。

 どうやらこの男たちは、偶然トイレを見つけただけらしい。


 それがどうしてこんな事になっているのか?

 東都は首を傾げるばかりだった。


(トイレを見つけて、そこから何で宗教が創始されるのか。これがわからない)


「貴様も偉大なる御柱様に祈りを捧げるといい」


「はぁ……」


(まぁ、トイレを囲んでるだけなら……そんな害はないかな?)


「ムゥン。では、歓迎の儀式をするか。そうすればお前も家族ファミリーだ」


「はぁ、歓迎の儀式……ですか?」


(まさか……生贄イケニエとかじゃないよね? トイレに命を捧げられるとか、いくらなんでも被害者が不憫ふびんすぎるんだが?)


「それはまた、一体どういう?」


「ムゥン。そこに座っておれ。――見ていればわかる」


「あっ、ハイ」


 半ば強いられるように、東都は池のほとりに座らせられた。

 いったいこれから何がはじまるというのか。


 東都が不安になっていると、黒ターバンはゆっくりと体を動かし始めた。


 腰から上体にかけて、全身をねじりあげるように斜めに立つ。そして、力を込めて荒縄のようになった腕をぐっと折り曲げ、弾けんばかりの強靭な筋繊維の束をトイレに向かって見せつけたのだ!!


「いいぞー!」「肩に荷馬車のっけてんのかい!」

「ヒュー! 脚と腕が完全に入れ替わってるぜ!!」

「見ろよあの三角筋、ミートパイの違法積載だぜ!!」


 黒ターバンが「ガッ」とキレのあるポーズを取る。

 そのたびに池を取り囲んだ男どもから、威勢のよい謎の掛け声がかかった。


「こ、これはいったい?」


「ムゥン……わからんか?」


「ハイ、まったく……ぜんぜん、さっぱり!」


「なんだと!」「こいつ!」


「ひぇっ!」


 東都は儀式(?)に対して素直に雑な感想を返す。

 すると、池を取り囲んでいた筋肉たちは東都に食って掛かってきた。


「へっ見ろよこいつ。まるで仕上がってねぇ」

「あぁ。まるで生まれたてのベビーリーフだぜ」


(悪口も回りくどい?! ていうか、ベビーリーフは生まれたてって意味では?)


 独特の言語センスの男たちに囲まれた東都は、質量を持つ汗臭さに圧倒される。

 ここで意外にも黒ターバンから助け船が入った。


「やめろ! 神聖な儀式を汚すでない。此奴こやつは新参者なのだ」


「くっ、ハシムほどの覚者かくしゃがいうのなら……」


 黒ターバンの男、ハシムが大胸筋を誇示する奇妙なポーズで周囲を威圧する。

 すると東都を囲んでいた男たちは、一歩、ニ歩と後ろに下がりはじめた。

 混乱の余韻が抜けきらぬまま、東都はハシムに向き直った。


「あのー、この儀式はいったい何なんです?」


「ムゥン。説明してやろう」


 ハシムは背を向け、両腕をおろして交差すると首後ろから背中にかけてある巨大な僧帽筋そうぼうきんをさらに肥大化させた。


 はたしてこの動きは説明に必要なのだろうか。まるで意味がわからない。

 

「半死半生だった我々は、御柱様が作り出した池の水によって命をつなぎ止めた」


「はぁ」


「つまり、この肉体は御柱様によって与えられたも同然。このよみがえった肉体を御柱様にご照覧いただくことで感謝を示し、仲間たちと称え合うことで御柱様の威光を皆に伝えているのだ!!!」


「えーっとつまり……御柱様がハシムさんを助けたから、ハシムさんはその感謝の念を、御柱様にささげているってことですよね?」


「ムゥン。そういうことになるな」


 人体の可動域の限界に挑戦するような奇怪かつ奇抜なポーズを取りながら、ハシムは滔々とうとうと語った。この場に人間工学エルゴノミクスの専門家がいれば、ある種の天啓を得たかもしれない。


(えーと……ハシムさんの話をまとめるか。ハシムさんは砂の国から来た。で、この森にたどり着くまでにボロボロになって、僕のトイレを偶然見つけたことで助かった。それでハシムさんは御柱教を作って活動している、と)


「しかり。では儀式を続けるとしよう。ミュージック、スタートゥ……ッハッ!」


(うーん……わかったけどわからない。これ、どうしたらいいんだろう……)


 言葉は通じるのに、まるで意味がわからない。

 話をしても、東都の混乱がさらに深まるだけだった。


 どこからともなく中東風の音楽が流れ出し、儀式が再開される。

 あらためて柱の男たちの儀式を見た。

 たしかに、これを見たらあの老人の反応も納得だ。


 白い柱、トイレを囲んでいい年した男たちが掛け声を上げながらポーズを取る。

 その光景には、現実がプロテインに侵食されていくような異様さがあった。


(害が無いといえば無いけど、ある意味ではバチクソに害があるなぁ……)


「ワッ!」「ムゥン!」「ハッ!!」


(はぁ……おや?)


 ふと、東都は汗臭い儀式から目をそらして音楽のする方向を見た。


 そこには金銀宝石で飾られた、見たこともない楽器を奏でる音楽隊がいた。

 楽器も奇妙だが、それを演奏している者たちも奇妙だった。


 楽器を弾いているのが、ヒトではなく直立したネコたちなのだ。

 弦をひき、太鼓をたたくネコたちはうんざりした表情をしている。

 どうもネコたちは、望んでこの儀式を手伝っているわけではなさそうだ。


(ふむ……あのネコたち、儀式に一言ありそうな顔をしているな。……すくなくとも筋肉教の連中より話が通じそうだ。ちょっと話をしてみるか。)


 音楽を奏でているネコたちは、灰色にトラじまのネコ人の演奏に音を合わせている。きっとあの人物(?)が、この楽団の代表なのだろう。


 東都は儀式が終わるのを待つと、そっと楽団に近づいてみることにした。





※作者コメント※

この異世界、基本マトモなやつおらんな…

どんどん変態だらけになっていく

ど、どうしてこうなったのだ……(

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