柱の男たち(2)


「何をしている?」


 そういってトートの腕をつかんできたのは、黒いターバンを巻いた背の高い男だ。


 男は上半身裸で、非常に立派な体格をしている。

 まるで古代ローマの彫像のような、常人離れした肉体だった。


 その威圧感たるや、凄まじいものだ。

 視界に入れているだけで『ゴゴゴ』と地鳴りのような音が聞こえる。

 なんとなくそんな気がした。


 あと、なぜかやたらに斜めに立っている。

 男はターバンの間から鋭い眼光をのぞかせ、東都を見下ろしていた。


(一体いつの間に?!)


 東都は戦いの素人だ。

 マンガやアニメの登場人物のように、殺気や気配を読むことはできない。

 そうはいっても、全く反応できなかったのはどういうわけだろう。


 ターバンの男は何の前触れもなく現れた。

 まるで闇の中から突然湧き出たかのように……。


「え、えーっと……」


 東都は軽くパニックになっているせいで、男の問いに答えられない。

 すると男は太い腕に力を込め、彼の腕を締め上げた。


 苦痛に小さな悲鳴を上げる東都。

 だが、ターバンの男は悲鳴を気にもせず、先程より低い声で問いかけてきた。


「何をしている、と聞いている」


「ひぃっ?!」


 恐怖で情けない声を上げる東都。

 恐る恐る見上げると、黒ターバンの瞳には疑念が浮かんでいた。


(ま、マズイ……このままだと首をねじ切られそうだ。)


 彼らの様子は、茂みに隠れているエルとコニーからも見えていた。


「エル、トート様が!」


「くっ……だめだ、ここからだと撃てない。トート様にも当たる可能性がある」


 エルはそう言ってかぶりをふった。


 彼らが使っているカービン銃は、馬上で扱い易いように銃身が短くなっている。

 そのため、精度はお世辞にも正確とは言えない。


 東都とエルたちの間には、10メートルほどの距離がある。

 現代戦においては、この距離は至近距離だ。


 しかし、彼らの中はこの距離でもまるで信用ならない。

 黒ターバンを狙って弾丸を放っても、東都に当る可能性が十分にあるのだ。

 二人は東都を見守ることしかできなかった。


(エルさんやコニーさんの反応がない……どうしたんだろう)


 東都も二人の助けがないことに気がつき、背中に汗が浮かんできた。


「……」


 黙ったままの黒ターバンの顔が一層険しくなる。

 腕にかかっている力も、それに応じて強くなっていく。


(マズイ……ここは自分でなんとかするしか!)


 このまま黙っていては、首をねじ切られてオモチャにされる。

 そう考えた東都は、とにかく思いついた言葉を繰り出すことにした。


「い、いやぁ……ここにありがたい柱があると聞きまして」


 東都は腰を曲げ、手をこすり合わせる。腕をガッチリつかまれているにも関わらず、彼の腰の角度は分度器で測ったかのように正確な45度だ!


 その仕草はまさに熟練のサラリマン、まさに「営業」のそれであった!


「どうにかして、あやかりたい所存でして、へへへ……」


 東都は間断なく、ゴマスリ・アーツを繰り出す。

 卑屈でゴミのような表情。そしてサンシタめいた情けない声。


 それらすべては、無駄に洗練された無駄のない無駄な動きで繰り出される。

 一見無駄のない無駄さは、芸術的ですらあった。


 東都のそうしたショセイ・ジツが効果を発揮したのだろう。

 黒ターバンは鼻を鳴らすと、つかんでいた東都の腕を放した。


「フゥン……我らが神のご威光にひれ伏した、新たな信奉者ということか」


「へ、へい!! そういうことでがす!!」


 高速で手をさすり、東都は黒ターバンの話に合わせる。

 すると黒ターバンは深い溜め息をついた。


「まぁ、よかろう……我らが神への拝謁を許そう」


「へへへ……」


(ふぅ……案外チョロかったな。フッ!)


 黒ターバンの警戒は解けたようだ。

 完全にプライドを捨てた東都の振る舞いが効を制したらしい。


 実際のところ、東都が繰り出したゴマスリ・アーツは、この異世界の時代、文化レベルにおいて数百年先のものだ。効果を発揮したのも当然だろう(?)


「ならば……こちらに来い」


「へい、ようがす!」


 黒ターバンは東都を追い越し、風を切ってやたらと大股で歩く。

 東都は腰を曲げたまま小走りになると、すがりつくように男の後をついていった。 


「我らが神を信仰する者たちは、まだ数が少ない。新参者は歓迎する」


「えっ」


「ん、どうした?」


(あれ、意外と柔軟だぞ? 謎の老人は『柱の男』に心の底から恐怖しているようだったのに、彼らはすんなりと僕を受け入れる姿勢を見せている……? なにか違和感があるな。もっと詳しく知る必要がありそうだ。)


「い、いえ、こんな簡単に門戸を開いてくださるとは思わなかったもので」


「フン……我々はカビくさい女神教とは違う。志が同じくあれば受け入れるのだ」


「はぁ」


(志を同じくするなら……ってことは逆だとどうなるんだろう……)


 東都と黒ターバンは、すぐトイレのもとにたどり着いた。

 トイレは池に囲まれているため、直接触れることはできそうにない。


(うーん……厄介だな。池の周囲は「柱の男」たちが囲んでいる。池を渡ってトイレに何かしようとすればすぐにバレるな。)


「おぉ……噂の通りだ。無尽蔵に水が出ていますですな」


「うむ、これぞ奇蹟よ。女神教などとは比べるべくもない、真なる神の御業だ」


(いやいや、このトイレも100%女神の力なんですけどね?)


 東都は黒ターバンに心の中でツッコミを入れる。どうも「柱の男」たちは、トイレのことを新たに現れた神か何かだと思いこんでいるようだ。


「それで……つかぬことをお聞きしても?」


 ターバンの男は値踏みするかのように東都を見つめてきた。

 だが、それ以上何もすることなく、アゴをふって東都に発言を許した。


「神の御前だが……言ってみろ」


「では失礼して。一体どういう成り行きでこの柱さまを信仰することに?」


「ふむ……あまり言いたくないのだが、まぁよかろう」


「ほうほう?」


「俺はこの地よりはるか東――砂の国から来た。」


「砂の国から?」


「うむ。我らはキャラバンを組織し、新天地を目指して西に向かって旅をしていた。7日7晩熱砂をかき分けて進み続けた我らは、半死半生で森に入った」


「へぇ、それは難儀なされましたな」


「ふん、苦労という言葉で語る事もできぬ苦労よ。とうに糧食はつき、オアシスで汲んだ水は何日も前に使い果たしていた。しかし、草木の生い茂る森に入れば……そう思ったが、この森は砂漠以上の地獄だったのだ!」


「砂漠よりも?」


「この狂った世界に見かけ通りのものなどありはしない。水を求めて草やベリーを食めば、たちまち毒に犯される。森の獣は火を恐れるどころか、獲物がいる目印として襲ってくる。たちまちのうちに我らキャラバン隊の数は半分以下に減っていった」


「ははぁ……さしずめ緑の地獄と言ったところですなぁ」


「まさしくその通りだ。この森では水も満足に手に入らない。生い茂る草木がすべての水を吸い上げたように、小川の一つも見つけられなかった。だが、その時だ……」


 次の言葉を待ち、東都はゴクリと喉をならした。

 この黒ターバンとトイレの間にどのような出会いがあったのか。

 苦しみとの戦いの果て、彼は何をみたのか。


 東都は黙って黒ターバンの言葉を待ちつづける。

 二人の間に石のような沈黙がおりる。

 しばらくすると、男は厳かに、そしてゆっくりとその唇を開いた。


「なんとなく森を歩いてたら……見つけた。」


「…………」


「…………」


「えっ」


「えっ?」


「……それだけですか?」


「それだけだが?」


「……あっ、はい。」


(あまり言いたくないってか、言うことがないってだけじゃね―か!!!)


 東都は悶絶するかのように震え、心の中で叫ぶ。黒ターバンはその様子を信仰に打ち震えてると勘違いしたのか、何度も満足気に頷いていた。




※作者コメント※

唐突にねじ込まれるニンスレアトモスフィア

異世界においてもサラリマン・アーツは有効なのだ! 備えよう!

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