変革の時?

記念碑を建てよう

※作者コメント※

テンションあがってちょっと長くなりました。

ふぅ……

ーーーーーー



「この広場に記念碑を立てるんですか?」


「ウム。そうだ。」


 ――船を降りた翌日。

 東都たちはフンバルドルフの広場にいた。


 広場は市場にもなっており、茶や乾物を扱う食料雑貨屋のほか、肉屋や八百屋といった生の食料品を扱う店がならんでいる。


 東都は市場を歩きながら、その様子をなんとなく見ていた。

 すると彼はあることに気がついた。


「ん……?」


 商品のそばに木のボウルが置かれているのだ。

 奇妙に思った東都が近寄って中を覗いてみると、ボウルの中には酸っぱい匂いがする液体が入れられており、底にはコインが沈んでいた。


「買わないなら商売のジャマになるから、あっち行っとくれ」

「あ、すみません。」


(なんだろう?)


 ボウルが置かれている店は、ひとつやふたつではない。

 さまざまな材質と大きさの小鉢が、どの店にも必ず置かれている。


 不思議に思って東都が見ていると、そのうちにボウルの使い道がわかった。

 店に来た客がボウルの中にコインを入れ、商品を持っていったのだ。

 

 商品を買った客がお釣りを受け取る様子はない。

 どの客もピッタリの値段で代金を払っているようだ。


(なるほど。あのボウルは、商品の代金を入れるために置いてるのか)


「ベンデル帝国では、お金をボウルの中に入れて払うんですね」


「えぇ。あのボウルにはリンゴ酢が入っていまして、コインについた病の種を清める為に使っているんです」


「へぇ……」


(そういえば、お酢って消毒の効果があるんだっけ? お寿司にお酢を使うのは、雑菌の繁殖を抑えて長持ちさせるためって聞いた覚えがあるな……。フンバルドルフが完全に壊滅してないのは、これのおかげかも?)


「東の国でもお酢は使いますね。魚を生食する時、清めるのに使います」


「ほう。こちらでもニシンを酢漬けにしてピクルスにすることがありますが、それと似たような感じですかな?」


「まぁ、そんな感じですかね?」


 異世界とはいえ、食文化は元の世界にけっこう似通ってるなぁ。

 不幸中の幸いと言うかなんというか……。


 血の滴るブタの生肉が最高なんじゃ! ゲババババ!!!

 っていう蛮族みたいな食文化じゃなくって、本当に良かった……。


「トート殿、建てるならこのあたりが良いとおもうのですが、どうですかな?」


 伯爵が広場の一段高くなった場所を指差す。

 そこには古びた大理石の噴水があった。


「これは――噴水の跡地ですか?」


「左様です。うちの先祖がフンバルドルフに寄贈したものですが、ずいぶん前に壊れたきりになっていましてな」


 伯爵と東都の前には、薄汚れて枯れ果てた大理石の噴水がある。

 使われなくなって久しいのだろう。

 噴水の底には砂と埃がたまって、大理石の継ぎ目には苔が生えていた。


「昔はこの噴水専用に水を引いていたのですが……フンバルドルフに水道を引く際にパイプを流用することになりましてな。それ以来水が来てないのです」


「なるほど。ちょっと詳しく見てもいいですか?」

「どうぞ」


 東都は噴水の中に入って詳しい様子を見る。

 水が出る場所は噴水の中央にある花弁を模した丸い台座のようだ。

 だが、台座は完全に乾ききって、噴水の穴が埋められていた。


(完全に使われてないみたいだな)


 東都は噴水の中に排水孔がないか探してみる。

 すると、噴水のすみに鉄板の蓋を見つけた。

 持ち上げてみると、暗い穴がある。

 どうやらここから排水するようだ。


「噴水に雨水がたまってないから、この排水設備はまだ生きてるみたいですね」


「そのようですな」


「うん、これなら大丈夫だと思います。やりましょう」


「ドワーフがここまでトイ…‥柱を持ってくるまで時間がある。コニーとエルは酒場で人を雇って、記念碑を建てることを街中に知らせてこい。口上はコニーが以前考えたものでよかろう」


「承知しました!」


(いやぁ……ほんとにやることになっちゃったな。でもここまで来たら、やるよりしょうがないか)


 トイレが到着するまでの間、東都は伯爵と一緒に噴水の前で待つことになった。


 しばらくすると、ドワーフたちが港からトイレを担いでやってくる。

 担いでいる面々に昨日の3人の姿はなかった。


「あれ? フリントさんたちは?」


「ああ、あいつら港の倉庫でなにかおっ始めよってなぁ。そっちが忙しいゆうて、手伝おうとせなんだわ。まったくけしからん!!」


「は、はは……」


(あのドワーフたち、さっそく何か始めてるみたいだ。)


<ドスンッ!>


「よっしゃ、こんなもんでいいか?」


「はい、ありがとうございます!」


(こりゃすごいや)


 トイレはコニーの計画通り、箱に収められていた。箱は白木造りで、東方を意識したのか、直線的な唐草模様の金属の飾りが箱の4方についている。


 ウォシュレットの水が通る部分も丁寧な仕事がされていた。

 噴水部分は金色に輝く真鍮製の動物の顔がついており、サルとライオンが混ざったような奇妙な顔をしていた。


 東方の動物を意識した奇妙な獣は、牙の生えた口をガッと開いており、その奥にノズルが見える。どうやらここから水が出るようになっているようだ。


「ウム。これは見事なものだな」


「はい。ドワーフたちに頼んだら、一晩でやってくれました」


「ドワーフすごいな……」


(あの人たちって口だけじゃないんだな……昨日は雑に扱いすぎたかなぁ?)


 噴水に柱を建て終わると、東都は街の奥から数多くの人々がこちらに来ているのに気づいた。記念碑を建てることを聞いた街の人たちだ。


 古びた噴水に立つ、真新しい柱に住民たちは興味を惹かれている。


「あの柱はなんだ?」

「なんでも東方から魔術師が来たって話だぞ?」

「異人の隣に立ってるオッサン、どっかでみたような……」


 人々が集まりだすと、伯爵は咳払いをひとつして、演説を始めた。


「さて、お集まりの紳士淑女の諸君! ここにおわすのは東方より来たりし稀代きだいの大魔術師トート殿だ。彼はたったひとりで、フンバルドルフよりはるか東の国よりこのベンデル帝国にやって来た!!」


「東の国……?」

「たしかに見たことのない顔だ。顔が平たいし髪が黒い」

「魔術師が何しに来たんだ?」


「彼は死の砂漠をどうやって越えたのか? それもたったひとりで……。

 何を隠そう、それは彼の魔法に秘密がある!!」


 伯爵は黙って東都の方を向いてうなずいた。

 水を出せ、という合図だ。

 東都は伯爵の合図に従って、トイレに命令する。


「ウォシュレット、チョトツヨメニ」


 呪文っぽくするため、わざと半分カタコトで東都がトイレに命ずると、噴水の上にそそりたつ獣の口から勢いよく清水が吹き出した。


「わっ、水だぞ!!」

「すげぇ、本物の魔法だ!!!」


「見たか、これが東方の魔術師だ。彼はこの命の水を用いて砂漠を越えたのだ!!さあ、この水はトート殿からの贈り物だ。フンバルドルフの民よ、水を飲み干し、そして彼の功績を讃えよ!」


「この水、ほんとに飲めるのか?」

「魔法の水だろ……大丈夫なのか?」


 噴水に注ぐ豊満な水を前に、住民たちはたじろぐ。魔法の水と言われると、なかなか手にとって飲む勇気が出せないのだろう。


 伯爵はそんな彼らを見て動いた。

 彼は降りそそぐ水を両の手で受けて、それを飲み干したのだ。


「うむ、まさに甘露かんろである!」


「わ、伯が飲んだぞ。じゃあ大丈夫なのか……?」

「お前、あのオッサン知ってるの?」

「バカ!! お前……バカ! あのお方はウォーシュ自由伯だぞ! そこらへんの貴族なんかより、メチャクチャ偉い人だよ!」

「そうなの?!」


 伯爵がきっかけとなって、住民たちが動き出す。

 彼らは手にバケツや器をもって、水を汲み出したのだ。


「すげぇ、全然臭くないぞ!」

「こんな透き通った水、初めて見る……」

「うまい!」


 汲み取った水を見た住民たちは、その澄み切った水に驚いて声をあげる。

 汚れた川の水と、濁って臭気を放つ水道の水に慣れていたフンバルドルフの人々にとって、この水はまさに衝撃だった。


「ありがとうございます、魔術師さま!」

「トート様!!」


 崇拝にも似た住民の視線が東都に向けられる。


 神のごとく崇められるという体験は、ただの高校生にすぎなかった彼にはすこし刺激が強い。居心地の悪さに愛想笑いを返すことしかできなかった。


「は、はは……どうも」


(トイレの水を飲ませたことでこんなに感謝されると複雑だなぁ……こんな経験をした人間って、宇宙の歴史で僕が初めてじゃないだろうか)


 東都がぺこぺこと頭をさげる人々の相手をしていると、人垣の後ろで何か騒ぎが起きる。馬に乗った人間が足元のひとたちに向かって大声で喚き散らし、手に持ったムチを振り回しているのだ。


「え、何がおきてるの?」


「むむむ。トート殿、すこしマズイことになったかもしれん」


「あの暴れている人、何者なんです?」


「ウム。あやつはエッヘン宮中伯だ。皇帝の側近だったが、陛下がフンバルドルフを去った後、その代わりとして代官をしている男だ」


「皇帝の側近?!」


(何でそんな人が? めんどくさいことになりそう……)


 エッヘンは人垣をかきわけ、まっすぐに東都の方に向かってくる。

 周りは街の人に囲まれ、逃げ場はない。


 東都は嫌な予感に身構えて、ただ待つことしかできなかった。




※作者コメント※

流行り病が発生したときにコインを酢に入れるというのは、中世においてマジでありました。


しかもちゃんと効果があったようです。

調味料に殺菌効果があるかどうかを調べた昭和9年に行われた研究では、酢、梅干し、ソース、醤油の順で腸チフスとコレラに対する殺菌効果が認められています。


中世では細菌の存在なんか知られていないので、完全な経験則で行っていた行為なんですが、全くの偶然でクリティカル引いた感じですね…

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