帝国の処刑人


 フンバルドルフの広場に黒山の人だかりができていた。

 人々の輪の中心にいるのは、モレル皇帝だ。

 皇帝は、自慢のヒゲをなでながら兵士に指示を飛ばす。


「裏切り者をここに……!」


「ワンッ!」


 ヘルメットにイヌ耳をつけた兵士が皇帝に応じる。

 彼は後ろ手をロープで縛られた男を広場に連れてきた。


 ウォーシュ伯爵だ。 


 伯爵の服は汚れ、頬はやつれている。

 だが、その眼光は鋭い。

 いまだ強い意志を持っていることがうかがえた。


「んっん~! いい気味だな~ウォーシュよ!」


 皇帝は、『ねぇ、今どんな気持ち?』と言わんばかりに、伯爵の周りをスキップしておどけたように踊る。両手を開き体を左右に振ったあと、拳を上下に振ってくるくると回り、全身を開いてジャンプした。


 これは皇帝モレルが考案した、『皇帝の舞』だ。

 非常に紳士的で煽り力の高いこれは、皇帝のお気に入りだった。 


 舞の威力は絶大で、舞を見た周囲の人々の心は(殴りてぇ)で一致した。


「この者、ウォーシュはわしが任命した宮中伯を無視して防衛戦を指揮したばかりか、独断で各地に同盟を要請する使節を送った。これは明らかにわしから皇帝位を簒奪しようとするものであーる!」


 モレルはウォーシュ伯爵の『罪状』を読み上げる。

 しかし、そのすべてはでっちあげだ。

 ウォーシュが防衛戦を指揮したのは、エッヘンからの委任を受けている。

 つまり正式な手続きであり、責任を問われるのはエッヘンとモレルだ。


 それに、使節もウォーシュ伯爵の個人名であり、帝国は代表していない。

 あくまで「人間の国」、つまり、人間として各種族に協力を要請している。


 伯爵は何ら罪を犯していない。それだけ注意深く立ち回ったからだ。

 しかし、ブリードリヒ・モレル皇帝にそんな事は関係なかった。


「よって、この者の死刑を執り行う! シケイだ!!」


「ざわ……ざわ……」「マジかよ……」

「マジでやるのか……?」


 死刑と聞いて、波が広がるように人々に動揺が伝わった。

 彼らも皇帝がそこまでするとは思わなかったのだ。


 しかし、皇帝の決定に口を出すものはいない。

 狂皇の怒りを買えば、自分の首に斧が振り下ろされるのが目に見えたからだ。


「さーて、こんなのパッパと終わらせて、またゲリーナちゃんとチュッチュするぞーっ! ってなわけで処刑開始~~~!!!」


「「「最悪だ?!」」」


「そしておいでませ、わが最強にして最狂の処刑人よ!!」


 モレルがくるくると回って、色とりどりの紙吹雪を散らす。

 すると、兵士の間から黒頭巾を被った堂々たる巨漢が現れた。


 巨漢は樽のような胴体にバッテンになるように重々しい鎖を巻き付けており、その手には巨大なナタのような戦包丁、クリーバーが握られていた。


 処刑人というより、ホラー映画に出てくるシリアルキラーのような出で立ちだ。


「フシュー! フシュー!」


 処刑人は黒頭巾の下で鼻息を荒くして、戦包丁に砥石をかけている。

 いつでも処刑ができるように、準備は万端のようだ。


「この男は暴行と殺人の前科30犯の男でな、巨漢のあまり、絞首台にかけてもナワをブチちぎり、首を切ろうとしても斧のほうが負けると言った有り様で、しかたなく死ぬまで牢屋につながれておったのをわしが見出した男だ!!」


「「なんでそんなやつ外に出した?!」」


「フシュー! オレ様、皇帝ノ敵、ミナゴロシ!!」


「見よ、この忠誠心を!」


「エモノ、マダカ? 首切リタイ!!!」


「「どう考えてもやべーやつじゃねーか!!!」」


「ふふ、お前の忠誠心にみな驚いておるぞ」


「フシュー……イッパイコロス! ウレシイ!」


 だめだこいつら、早くなんとかしないと……。

 フンバルドルフの人々の心は一つになった。


 しかし、一つになったところで何ができよう。

 暴君に逆らえば伯爵と同じ目にあう。それは火を見るよりも明らかだ。


「ささ、やっちゃってくだせぇ!!」


「ウォォォー!!!」


 処刑人が吠え、両ひざをついた伯爵の横まで歩み寄る。

 そして処刑人は、高く天に掲げるように戦包丁を構えた――


「ちょっとまったぁ!!」


 今まさに伯爵の首に白刃が振り下ろされんとしたその時。

 広場に少年の凛とした声が響き渡った。


 東都だ。


 彼は人垣を割って処刑の場に入った。

 東都の姿を認めたモレルはつばを飛ばしながらわめきたてる。


「なーにをいうか!! この者は処刑するの!! ワ・カ・ル? グラグラ言うなら、つぎはお前の首をちょん切るぞ、あぁん!?」


「それをいうならグダグダじゃないです?」


「やかましい!! 帝国議会が機能を止めた今、わしは自由だ!! なぜわしの自由にさせんのだ!!!!」


(こいつを自由にさせちゃいけないってのを、如実に体現してるんだよなぁ……)


 これが皇帝なのか?

 あまりの暗愚ぶりに、東都はめまいすら感じていた。


 これまで彼が出会ってきた人たちは、無能と言える人はいなかった。

 むしろ、東都よりも有能な人が多かったくらいだ。


 よりによってトップがこの有り様とは。

 東都は運命の悪戯イタズラを呪いつつも、気を取り直して続ける。


「議員がいなければ自由。つまり、議員がいればアナタを止められるんですね?」


「ナニッ?!」


 東都は指を輪っかにして唇におしあてると、口笛を吹いた。

 すると、エッヘンを始めとして古塔に閉じ込められていた人々が広場に現れた。


「陛下、そこまでです!」

「連続殺人犯を処刑人にするとか、何考えてるんですか!!」

「さっさと伯爵を開放してください!」

「これは議員たちの総意です!!!」


 フンバルドルフのおもだった要人は、帝国議会の議員でもある。

 彼らは口々に皇帝を非難した。


「グググ……!」


 が、モレルはまだ諦めていないようだ。

 顔を真赤にすると、議員たちに向かってわめきたてた。


「いーや、ここは議会ではない! つまりお前たちは議員でもなんでもなーい!」


「おや、陛下は帝国議会を何だと思っているのでしょう?」


「議会は議事堂で開催されるものですが、議事堂が存在しなかったときでも議会は存在しました」


「議会とは議員が集まって会議をすることであり、場所は関係ありません」


「強いて言うならば、議員たちのいる場所が議会ですね」


「おや、ではここが議会ということになりますな?」


「左様ですな。これよりこの場で議会を開くことに異論のあるものは?」


 異論は上がらなかった。

 皇帝が口喧嘩で議員たちに勝てるはずがない。

 あっという間にやりこめられてしまった。


「グッ……ググググ!!!」


 苦しみにもだえるようにして、喉の奥でうなるモレル。

 すると、とたんに彼はハッとしたような表情になった。


「そうか……議会を消すには、議員が居なくなれば良いんだ。なんで、なんでこんな単純なことにわしは気がつかなかったのか……」


 毒気が抜けたように晴れやかな顔になった皇帝。

 そして彼はぴっと人差し指を伸ばし、処刑人に命じた。


「処刑は一時取りやめだ! この議員どもをミナゴロシにせい!!」


「ウォォー!!! カシコマリーィー!!!!」


 皇帝の下知を受け、黒頭巾の処刑人が吠えた。

 体に巻いていた鎖を引きちぎると、処刑人は戦包丁を怪しく光らせる。


「さすが悪党、そう来ると思ったよ!」


 嫌な予感に身構えていた東都は、すかさずトイレを召喚する。

 処刑人と議員たちの間に白い柱が現れた。


「ウォォン?!」


 処刑人が横薙ぎに振った戦包丁は、突如現れたトイレに食い込んだ。

 議員たちの首を狙っていた処刑人は、目の前の存在に動揺する。


「今だ、吹き飛べ!!」


 東都がリモコンを操作してウォシュレットを起動する。

 するとトイレから太い水の柱が現れ、処刑人の巨漢を押し飛ばす。


「ンゴゴゴーーー!!!?」


 強烈な水の柱に押された処刑人は空の彼方に消えていった。


 広場にひとり残された皇帝。

 モレルは議員たちの反対側、人垣を割って広場から逃げ出そうとする。

 だが、衆人のうちの誰かが彼の足を引っ掛け、転ばせた。


 ふぎゃっと間抜けな悲鳴を上げて、モレルは石畳に倒れる。

 起き上がった彼は鼻血をだして服を汚していた。


 東都は地面をいながら、なおも逃げ出そうとするモレルに歩いて追いつくと、彼を見下ろして言った。


「――皇帝、お前を守るものはもういない。これでチェックメイトだ。」


「クッ……ッ!」


 処刑人を街から追放した後も、トイレは空に向かって水を吹き続ける。


 天を穿うがたんとする水は、霧となってフンバルドルフの空で散る。

 すると、フンバルドルフの上に虹の橋がかかった。


 それはまるで、この街の――

 いや、帝国の新しい門出を祝福しているようだった。





※作者コメント※

イイハナシダナー (´;ω;`)

作者はいたって紳士なので

皇帝のゲスムーブを考えるのにとても苦労しました。

……ん?

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