【本格回】森を進む二人の騎士

 ※作者コメント※

 本格ファンタジー回です。

 誰がなんと言おうと、本格です。

 ーーーーーー




 暗黒の森の外周を、馬に乗って巡回する二人の帝国騎士エンパイアナイツ

 彼らの名前は、エルンストとコンスタンスと言った。


 二人はともに騎士であり、男爵の位を持っていた。しかし、この世界において、騎士という身分はそう高いものではない。


 彼らの祖先は中世の時分、国王が自らの身辺に置いた戦闘のスペシャリストたちが起源だ。それがやがて土地を預けられ、次第に世襲領として認められた事から各地に根を下ろして小貴族化していく。


 二人は自由な民として生まれた騎士であり、弱き者を助けることを自分たちの使命としていた。しかし、大貴族のような権力や富は持っていなかった。


 この時代、大貴族は次第に領邦君主として独自の少国家を形成しつつ、帝国議会で自らの権益を主張するようになっている。しかし、エルンストやコンスタンティンは木っ端貴族であり、帝国議会での発言権はない。


 そして大貴族たちが議会に夢中になる一方、川や海に面した交易都市群は、遠方との交易で得た経済力を武器に、これまた国家の如き振る舞いを見せていた。


 力を増す大貴族と、都市国家化する交易都市。この両者によって彼らのような騎士は次第に存在の基板を奪われていた。


 だがエルンストとコンスタンスの二人は、自分の領地を耕して麦をパンにする、誠実な仕事にこだわった。しかし彼らのように矜持と伝統を守ろうとする者は、次第に生きることが難しくなっていた。


 世界が大きくなるにつれて、現れたものが二つあるからだ。


 ひとつは――『銃』だ。


 二人の鞍にも下げられている、先端を切り詰められたカービン銃。こういった火器の改良普及によって、彼ら騎士の役割は、日常においても、戦争においても、減じられる一方だった。


 色とりどりのリボンで飾られた長槍も、輝く甲冑も、鉛玉と硝煙の宴の前には無力だった。


 そしてもう一つは――


「あの病は一体何なんだ? エルフや魔女の呪いか? それとも何かの神罰か?」


 エルンストが喉の奥から唸るようにして押し出した不満に、コンスタンスは鞍の上で前を向いたまま答えた。


「どちらにせよ、今の我々には関係ありませんわ。この森は魔物や悪霊が跋扈ばっこする恐ろしい場所です。病も避けて通るでしょう。」


 そう、『流行り病』だ。


 白く輝く甲冑に身を包んだ二人の騎士は、今この時も帝国を覆い尽くさんとしている、流行り病について話していた。


 コンスタンスとエルンストは、つい先週まで、ベンデル帝国の首都『フンバルドルフ』に居た。


 『フンバルドルフ』が裕福な都市であることは疑いようはない。

 しかし、だからといって住み心地が良いとは限らない。


 帝国の各地から交易のためにやってきた平底船は、玉石をバラストとして積んできて、荷物を敷き詰める代わりにそれを下ろす。フンバルドルフの街路は、そうして集まった玉石をしきつめて舗装されていた。


 首都の街路は壮麗そのものだ。


 しかし、吟遊詩人が光の都と歌い上げる、フンバルドルフの華やかな街角には、いたるところにゴミや人馬の糞といった汚物が放置され、大量のハエと蚊が黒い渦を巻いて、騒々しく飛び回っていた。


 鼻をつく悪臭は都市を包みこみ、いつしか流行り病が人々を蝕んだ。


 二人がフンバルドルフに居たのは、ほんの数週間だ。

 だがその間に、昼も夜も鳴り響く弔いの鐘は一日も鳴り止むことはなかった。


 墓地という墓地は死体が溢れ、教会の敷地では足りなくなった。そこで墓堀人は壮麗な街路を掘り起こし、溝を作ってそこに死体を投げ込むようになっていた。


 墓堀人が死体を積んだ荷馬車をひき、「死体を出してくれ」という意味を持つ、鈴の音色を鳴らす。死臭は街のいたる所に漂っていた。


 エルンストが思い出すのは、ある商人が路上で倒れて死んでしまった時の光景だ。男の腰には金貨のたっぷり入った袋がついていたが、道行く者は乞食でさえそれには手を触れなかった。


「治療法や予防法を見つけるために、皇帝陛下は何もしてくれないのか?」


 エルンストがコンスタンスに尋ねたが、彼女は冷ややかに言った。


「陛下は自分の身を守ることしか考えていないようですわ。別荘にこもって、誰も近づけないという話よ。指導者としての責任は果たしてくれなさそうね」


「……我々はどうすればいい? コニー、君の村に病が迫ってきたらどうする?」


 エルンストは、コンスタンスを彼女の愛称「コニー」で呼んだ。


「そうですわね……無いこともありませんわ」


 コニーはヘルムのバイザーを押し上げると、インチキ魔術師のように仰々しい身振りを加えて、馬の鞍についたバッグから小瓶を取り出した。その中には赤茶色の液体が入っていて、何かの草が浮いていた。


「そいつは何だ?」


「これは『盗賊のトニック』と呼ばれるものでね。病で死んだ者たちの死体から、金貨を盗んだ盗賊たちが身体に塗って病を防いだという秘薬よ」


「ふん、そんなものが本当に効くと思っているのか? 大体そんな怪しげなもの、どこで手に入れたんだ?」


「この前村に来た薬師から買ったの。彼はこのトニックのおかげで、今まで無事に生き延びてきたと言っていたわ。作り方も丁寧に頼んで・・・・・・聞いたわ」


「……自称だろう? 極めて疑わしいな。で……どうやって使うんだ?」


「それはもう信じてるじゃない。簡単よ、身体に塗るか、飲むだけでいいわ」


「怪しげな薬を飲む気にはなれないな。俺は……塗る方にしておく」


「飲んだほうが効果は高いらしいわよ?」


「うぅむ……試してみる価値はあるかもしれないが。もしフンバルドルフを襲った病が村まで広がれば我々も危険だ。そのトニックが唯一の救いになる、か?」


「そう言うと思って、二つ買ったの。万一の時に備えてね」


「ありがとう。これで少しは安心できるな」


「どういたしまして。さあ、巡回を続けましょう。この森には目を光らせなければならないわ。魔物や悪霊だけでなく、街から逃げた犯罪者や狂信者、密猟者も潜んでいるかもしれないから」


「そうだな。気をつけて行こう」


 エルンストの励ましの言葉に、コニーはボソリと呟いた


「それにしても不吉な名前の森よね。」




「『致死率十割大森林シュテルブリヒカイト・ハンダート・プロツェント・ヴァルト』、か……」


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