出港

「へぇ……これがティナティックTINATIC号か」


 ――次の日。

 東都は海の国へ行くために港へ行き、今から自分が乗る船を見ていた。


「クサイアス号と比べると、ティナティック号は大分様子が違いますね」


「ウム。この船はドワーフたちの技術の粋を集めたそうだ」


 最新鋭艦というのは伊達ではなかった。


 東都が見上げるティナティック号は、元の世界の船とかなり似ていた。

 というのも、まず素材が違う。

 ティナティックの側面は金属製で、表面は白いペンキで塗られていた。


 先のクサイアス号は中世の遺風を感じる古臭さがあった。

 だが、ティナティック号は東都が生きる現代にあってもおかしくなさそうだ。


 船の甲板には2本の高いマストがあり、その間に煙突がある。その煙突からはもうもうと黒い煙が出ている。


 天に登って消えていく煙を目で追いながら、東都は首を傾げていた。


(これ、ひょっとしたら蒸気船なのかな? 意外と文明進んでるなぁ……嫌な予感がしたけど、これなら大丈夫そうだな!))


 まさかこんな物があるとは東都も思わなかったのだろう。

 その目は爛々らんらんと輝いており、興味をひかれているのが誰の目にもわかる。


 すると、船を見上げる彼に誰かが声をかけてきた。

 足元から聞こえてくるその声に、東都は聞き覚えがあった。


「気に入ったかYO!」


「あ、フリントさん!」


 東都に話しかけてきたのはフリントだった。

 フリントは小さい背中に山盛りの荷物を背負って旅支度をしていた。

 彼もこの船に乗るのだろうか。


「この船はドワーフたちが造ったって聞いたんですが、もしかして、フリントさんたちが造ったんですか?」


「あたぼうYO! 大したもんだろ!」


 東都が聞くと、フリントは自慢気に分厚い胸を叩いた。

 どうやらティナティック号は彼と仲間たちの手によるものらしい。


「こいつはドワーフの最新技術を盛り込めるだけ盛り込んだ傑作よ!」


「最新技術……もしかして、煙突から煙が出てるのは蒸気機関ですか?」


「おっ、よく知ってるな! どこで聞いたんだYO!」


「あ、えーっと……東の国の発明家が似たような試作品を作っていたんですよ」


 東都はフリントの質問を口からでまかせで誤魔化した。

 「転生元の世界にあったから知っている」。

 この技術マニアにそんな事を言うと、絶対面倒くさいことになる。

 そんな気がしたからだった。


「さすが龍神様。フンバルドルフのバカ共とはちがうYO!」


「火を焚いて水を沸かして、その蒸気で重い機械を動かすんでしたっけ。帝国ではもう実用品ができてるんですね」


「詳しいな。ありゃ火事なんかじゃねぇって、何度説明してもわからんYO!」


「あー……初めて見た人はびっくりするかもですね。」


「おう、それじゃいい船旅をな!」


「あれ、フリントさんは乗らないんですか?」


「オレたちは火の国に帰るんだYO! 負けを認めるみたいで気に食わねぇが、ここの設備じゃ、あの紙を再現するのは無理そうだからYO!」


「あー……なるほど」


 東都がフリントと話していると、街の方から誰かが走ってくる。

 ――ウォーシュ伯爵だ。

 彼は手に何かの箱を持ったまま、東都に駆け寄ってきた。


「おっと、でかしたぞフリント。出港に間に合ってよかった」


「あ、ウォーシュさん。急いでどうしたんですか?」


「いやなに、すっかり忘れていたものがあってな。ほれ」


「箱?」


「その箱の中にはワシの名で書状が入っている。エルフの長に向けたものだ。それがあれば……まぁ、悪いようにはされんだろう」


「ありがとうございます」


「大変心苦しいが、ワシはトート殿の伴ができん。獣王とその手下はなおも健在だからな……帝国を護るため、ここから離れることが出来ぬ」


「いえ、そのお気持ちだけで結構ですよ」


「ウム……そう言ってもらえると助かる。その代わりといってはなんだが、エルとコニーをつける。あの2人、普段はアレだが、かなりの腕前だからな」


「そうなんですか?」


「ウム。コニーはあれで馬上槍試合トーナメントで優勝した経験があるし、エルも遍歴騎士として戦争に参加しているからな」


(あの人たち、ただのリアクション芸人じゃなかったんだ……)


「船が出るぞ―!!」


「龍神さんYO! 時間みたいだぜ!」


「あっでは……行ってきますね」


「ウム。トート殿――」


「あっ、はい?」


「フンバルドルフを、帝国を――いえ、世界を……頼みます」


「――はいっ!!」


 トートは伯爵の言葉に押されて船に乗り込んだ。

 本格的な旅立ちの雰囲気に、彼のテンションはアゲアゲだった。


(これだ、これだよ! 僕の求めていた冒険は!!)


 金属製のタラップの上を歩き、船の横腹から中に乗り込んだ東都は、ウキウキしながらティナティックの甲板にあがろうと上を目指した。


 東都は生まれてこのかた、機械や道具は電気で動くものしか知らない。

 そんな彼にとって、蒸気機関は古くて不思議なものだった。


 蒸気機関の存在は、動画やゲームで見て知っている。

 しかし、実際に蒸気機関を使った船に乗るのは初めてだ。


 せっかくだから、もっと近くで見たい。

 そう思って彼は甲板の上を目指していたのだ。


(お、この階段は上に続いているな……ビンゴ、甲板だ!)


 目についた階段を片っ端から登って上を目指した東都は、ついに甲板にたどり着く。するとそこでは、太陽の光を受けて白く輝く甲板の上を、煙突から登る黒い煙が横切っていた。


(本物だ!! SUGEEEEEEEE!!!)


 煙を吐き出す煙突は、2本のマストに前後を挟まれた建屋から伸びている。

 東都は甲板の上を小走りで進むと、おそるおそる煙突に近づいた。

 すると真っ黒な煙から、吸ってもいないのに目に染みるような刺激臭がした。


 東都は石炭の煤煙ばいえんの香りを嗅ぐのは初めてだ。

 その強烈さに驚いたのか、彼は目をしぱしぱとさせていた。


(この煙って、石炭のものなのかな? なんていうか……独特だな。木や紙を燃やした時に似てるけど、それよりずっと強い。)


 船の動力になっている石炭のニオイは独特だった。

 木を燃やした時のニオイに近いが、それを煮しめたように濃厚だ。


(嗅いでると喉が乾く。なんか灯油みたいなツンとしたニオイもするな。どちらかといえば嫌なニオイなんだけど、なんかクセになるなぁ……。)


 東都は煙に手をかざしてみる。

 煙はずっと遠い場所を登っているのに、手のひら、そして頬に熱を感じる。


 石炭の煤煙は熱い。輻射熱ふくしゃねつが彼の肌を温めているのだ。

 煙突から吐き出される煙は、ティナティックの火の息だった。


(なんていうか、本当の機械って感じだなぁ……。いや、電気で動くものがニセ物ってわけじゃないけど、これには生命感みたいなものを感じる。)


 東都が煙にふれて感慨にふけっていると、船が動き出した。


 船が水面を切り裂いて進むと、強い風が船の前から吹きつけてくる。

 その強さといったら、東都が吹き飛ばされそうなくらいだ。


「最新鋭艦というのは伊達じゃないな。これならすぐにつけそうだ」


 東都は風を振り払って甲板を前に進むと、ティナティックの舳先へさきに立つ。

 そして彼は青い空を見ながら、まだ見ぬ世界に胸を膨らませていた。


(……今行くぞ、エルフのヒロインたちー!!)


 きっとたぶん、おそらく。





※作者コメント※

ハハハ、この船はそう簡単に沈んだりしませんよ。

心配性ダナー!

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