おもわぬ来客

 出発から十日後……


 フンバルドルフを出て数日のうちは、船の左右どちらかに必ず陸地が見えていた。

 しかし鉤爪湾を出て数日経つと、そういった陸地の姿も消えてしまう。

 東都の目の前には、代わり映えしない大海原の景色が延々と続いていた。


「行けども行けども、海原ばかりだな」


「エル、船旅とはそういうものよ」


「さすがに見飽きたなぁ……」


 船べりにしがみついた東都はその上にアゴを乗せ、退屈そうにつぶやいた。

 最初は新鮮だった船旅だが、数日するとそれにも慣れる。

 船旅の変化の乏しさに、彼は早くもうんざりし始めていた。


 ゲーム、動画配信、マンガ、ラノベ……etc.

 東都が生きていた元の世界には、消費しきれないほど大量の娯楽が存在していた。

 現代っ子の東都を満足させるには、この程度では刺激が足りなかったのだ。


「そうですね。鉤爪湾を出てからは陸地も見えなくなりましたし……。海の国まではこうした風景が続くでしょう」


「海賊に会わないと良いけどね。この船には、十分な武装がないみたいだから」


「えっ、そうなんですか?」


「えぇ。ティナティック号は新型機関の実験船で、戦闘艦じゃないのよ」


「なんですとっ?!」


「ですがコニー、我々にはトート様がついています。海賊を追い払うくらい……」


「そうなんだけど、一応ね」


「は、ははは……」


(責任重大だなぁ……まぁ、海賊くらいなら追っ払えるか?)


<ズゥン……!!!>


 うすら浮かべて東都がお茶を濁していると、腹にひびく重い音がした。

 直後、船はその身を大きく左右に揺らし、船体がきしむ嫌な音がした。


「わわわ!?」


 船が傾いたせいで船べりにいた東都は危うく海の中に落ちそうになった。

 だが後ろにいたエルがそれに気づき、危ういところで彼の制服のえり後ろをむんずと掴み、東都を甲板の中央に放り投げた。


「むぎゅ!!」


 キリモミになって飛んだ東都は、腹から甲板に着地する。

 衝撃で人間とは思えない声が出たが、あやうく海の中に落ちずにすんだ。


「すみません! 痛かったですか?」


「い、いえ……助かりました」


<カンカンカン!!>


「鐘の音……何か異常事態が発生したようですわね」


 鐘を乱打する音は、船の異常を乗組員に知らせるものだ。

 鳴り止まない鐘の音にあわせ、乗組員たちがあわただしく動き出す。


「おい、何が起きたんだ!?」


「海賊です、海賊に機関室を占領されました!」

「艦内は押されてます! もうダメです!」


「何だとッ?!」


 悲鳴をあげるように水夫は叫ぶ。

 この短い時間で、ティナティック号は深刻な状況に陥っているようだ。

 しかし、水夫の話を聞いた東都は首を傾げる。


「海賊? 海賊船なんかどこにもないけど……」


 水平線にはティナティック号の他に船はない。

 海賊船の姿など影も形もないというのに、海賊はどこから来たのか?

 東都の疑問に対する答えは、すぐにやって来た・・・・・


<ザパァン!!>


 船の横から大きな水柱が上がり、何かが甲板の上に降り立ってきた。

 大きな背ビレ、ゴムのような灰色の肌、そしてノコギリのような歯列……。


 ――間違いない、サメだ。


 いや、サメにしては少しおかしい。

 サメのヒレはその先が細かく分かれ、手指のようになっている。

 第一、サメは二足歩行しない。


「なんだこの、何……?! このB級サメ映画に出てきそうなやつは!?」


「トート様、アレはサハギン族です!」


「サハギン族……?」


(サハギンって半魚人のことだよな……? たしかに半魚人だけど、目の前のやつはサメの着ぐるみを着た人間にしか見えないんだけど? すごいチープだし)


<シャァァァク!!!>


 心の中でサメ男を罵倒した東都。

 彼の心を読んだのか、サメはまっすぐ東都に襲いかかってきた。

 先端が3つに別れた三叉槍の鋭い切っ先が、東都の顔めがけて突き出される!


「ひぃ?!」


<ガキィン!!>


 突き出された槍は、間に入ったエルの剣で止められた。

 東都の眼前で剣と槍が競り合い、ガチガチと音を立てている。


「エルさん! た、助かりました!」


「なんのこれしき、フンッ!」


 エルは流麗な動きで剣で槍を絡めて弾き飛ばし、サメの胸に剣を突き立てた。

 するとサメ男は、たまらず甲板の上にどうと倒れこんだ。


(さすが騎士。なんだかんだいっても強いな……相手がアレだから、本当に強いのか微妙に見えるのが悲しいところだけど)


「トート様、あれを!」


「げげげっ!!!」


 叫んだコニーが指差す海面に、サメのヒレが無数に見える。

 どうやらあのヒレ全てが海賊らしい。


「海賊っていうから、てっきり海賊船で攻めてくるかと……泳いで来るのかよ!?」


「くっ……ここまでか……」


 サメのヒレの数は優に100を超えている。

 明らかに多勢に無勢だ。


(このまま船にいたらなぶり殺しにされる……どうしたらいい?)


 いつのまにか激しく打ち鳴らされていた鐘の音も止まっていた。

 すでに船の各所はサメ男に制圧されてしまったのだろう。

 生き残っているのはおそらく、甲板にいるトートたちだけに違いない。


(連中が甲板に上がってくるのも時間の問題だ。こうなったら――)


「エルさん、コニーさん、船から脱出しましょう!!」


「しかしトート様、救命ボートで逃げても周りはサハギンに囲まれています。逃げるところなど、どこにもありませんよ」


「いえ、逃げれる場所はあります」


 東都はそう言って天を指差した。


「そうか、空ならサハギンは追ってこれない!」


「すっかり失念してました。トート様は龍神でしたわね」


「では――トイレ設置!」


 東都は甲板の上にトイレを置いた。

 今はトイレだけが頼りだ。


「さぁ、急いで乗ってください!!」

「「はい!!」」


 東都が便座の上に立ち、その左右で壁にしがみつくようにエルとコニーが乗る。

 絵面としては最悪だが、いまはこれ以外に方法がない。


「トート様、サハギンが!!」


「……ッ!!!」


 甲板をよじ登ったサメ男が、東都のトイレに殺到してきた。

 時間はもうほとんど残されていない。


「いきます! 全機能を解放、フルバーストで全速前進!!!」


<ゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!>


 トートが叫ぶと、トイレがうなりをあげる。

 そうするとあお奔流ほんりゅうが便座の中でぜた。


<シャァァァァァッ????!!!!!>


 甲板の上に大瀑布だいばくふが姿を表す。それは莫大ばくだいなエネルギーでトイレの周りに集まっていたサメ男を弾き飛ばし、水の中にたたきこむ。


<ゴゴゴゴゴゴゴッ!!!ガガガガガガッ!!!>


 トイレはロケットのように高い空に打ち上がった。その急な加速は凄まじいGを発生させ、全身が鉛になったような感覚が東都たちを襲う。


 激しいGと風のせいで、まともに目を開けることもできない。

 東都はただトイレの中で叫ぶことしかできなかった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」



★★★



「う……ここは?」


 どれだけの時間がたったのだろう。

 ハッと目が覚めた東都は、首を振り、周囲を見る。


(白い……冷たい。これは、雪?)


 左右に首を振った東都の頬に雪が触れた。

 どうやら自分は雪原にいるらしい。

 トイレはどこか遠い北の彼方まで飛んでいったのだろうか?


「う……」


 東都は起きあがろうとするが、体はピクリとも動かない。

 体を強く打ったのか、それとも寒さで凍えているのか。

 原因はまるでわからないが、とにかく体が動かない。


(まさか、大怪我をしてる? このままじゃ……)


 ――「死ぬ」。


 東都にとてつもない恐怖感が襲ってきた。

 動揺し、頭だけが激しく回転するが、不安と焦燥感がつのるばかりだ。


「な、だれ、か……」


 助けをもとめ、東都は小さな声を絞り出す。

 すると――


「オイ、コイツも息があるぞ」


(えっ?!)


 どこかから野太い声がした。

 眼球だけで声の方を向いた東都はぎょっとした。


 クマの顔が見えたのだ。東都は一瞬、そのクマが喋ったと思った。

 だが、よく見るとそれはクマの毛皮を被った緑色の肌の人間だった。


 その緑色の人間は、大きいが潰れた鼻を持ち、口から大きな牙が覗いている。

 イノシシやブタを思わせる顔を持ち、緑色の肌をした種族……。


 この種族の風体に、東都は心当たりがあった。


(これってまさか……オーク?!)


 オーク(?)は倒れているトートの体をまさぐる。

 一瞬物盗りなのかと思ったが、どうやらケガを確かめているようだ。


「む……息が浅い、吹き込ンでやるか」


(えっ)


 オークは懐から水筒を出すと、何かを口に含む。

 そうして、チューの口をしたオークの顔が東都に近づいてくる。


 全身が麻痺している東都には何も出来ない。

 そのまま東都の口に柔らかいものが当たってきた。


(~~~~????)


 何か熱くドロリとしたものが東都の口の中に満ちる。

 そうして東都は再び気を失ったのであった。




※作者コメント※

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