白亜の戦神

「待ちたまえ諸君!」


 重く、鋭い声が、喝采する拍手の中を貫いた。

 エルフの古老。そのうちのひとりが立ち上がって叫んだのだ。


「諸君、冷静になって考えろ。

 そもそもの話だ。なんでトイレを置かれただけで、

 我々が戦争に参加しなければならないのが」


「「――ハッ?!」」


 それは、あまりにも当然過ぎた。

 当然過ぎて、誰も考えなかった。


 東都のやっていることを客観的にみると、たしかにおかしい。

 彼はエルフたちに対して、背教者との戦争に参加するよう呼びかけている。

 そして、その交換条件として差し出したのがトイレだ。


 何でトイレ? それに何で人前でトイレさせてるの?

 この疑問に対して、きちんと答えることは難しい。


 なにせ――東都はすべて勢いでやっているからだ。


 冷静にツッコミを入れる。

 背教者が考えに考え抜いた作戦がこれだった。


「そうだな……冷静に考えてみたら――」

「トイレの話と、背教者との戦いの話は全く繋がりがないぞ」

「然り、トイレはトイレの話として取り合うべきだ」

「ふぅ……危うく勢いに飲まれるところだった」


 効果は抜群だ。

 あれだけ盛大な拍手をしていたエルフも正気に返り始めていた。


「これは、まずいわね……」

「トート様! エルフたちが常識的な判断をしてます!」

「クッ、さすがに力技がすぎたか……ッ!」


「そもそもなんで行けると思ったの?」


 古老だけでなく、サトコからもツッコミが入る。

 もはや完全に潮目がかわっていた。


 東都のトイレに対して、エルフが好意的なのは変わらない。

 だが、本来の目的……。背教者との戦いに人間とエルフが協力し合うという、交渉への結びつきはほどけてしまった。


 それもこれも、「トイレは戦いに関係ない」と完全な正論を言われたせいだ。


 時計が12時になり、シンデレラにかけられた魔法がとけてしまったかごとく、東都が古老たちにかけた魔法は消えてしまった。


(くそ、どうしたらいい……?)


 東都の顔色が悪い。


 「常識的な判断」はトイレの急所といってもよかった。

 こうなってしまえば、今までの方法――

 勢いに任せた力づくの言いくるめは通じないだろう。


 鋭い声で叫んだエルフは、こうも続ける。


「この者のトイレがいかに快適であろうと、背教者との戦いには関係ない。トイレを出されたくらいで、どうして戦いに身を捧げられるというのだ?」


「然り! トイレは戦いに関係ない!」

「そうだ!」

「ははは、危うくだまされるところだったな」

「うむ、我らをたばかろうとは……」

「早々にお引き取り願ったほうが良いのではないか?」

「たしかに――」


「マズイわよ……」

「なんとかしないと、交渉どころでは……トート様?」


 東都はトイレの前で腕をくんで天を仰いでいる。

 彼はもう、戦いを諦めてしまったのか?

 いや――天井を見つめる彼の目にはまだ光がある。


 東都はまだ諦めていないッ!!


(トイレは戦いに関係ない? ――そうか、切り口はそこだッ!)


 東都は気がついた。

 問題になっているのは「トイレは戦いに関係ない」ということだ。

 ならばトイレが戦いと関係があるようにすればいい。


「つまり、トイレが戦いに関係すればいいんですね?」


「ハッ、何を言い出すかと思えば……」

「たかがトイレ。それが戦いにどう関わるというのだ」


「僕のトイレは戦う力があります。」


「何ッ!?」


「僕のトイレは川を煮立たせる炎を吹き、大地を薙ぎ払う嵐を巻き起こし、すべてを凍てつかせる氷の息吹を出す能力があります」


「危なすぎる」

「それはトイレなのか……?」

「トイレの形をした兵器なのでは?」

「そんなものに人をいれるな!」


 もっともな反応を返すエルフたち。

 これが凶悪な存在だと知っていたら、ホイホイ入らなかった。

 そんな声が聞こえるが、東都はかまわず続ける。


「しかし、トイレには弱点があります」


「トイレということが、すでに弱点のように思えますが」

「しっ」


「機動力がないという点です。いちど設置したトイレは、なかなかその場所から動かせません。この弱点を見れば、たしかにトイレは戦いには向きません。」


「いったい何を言ってるんだ?」

「トイレは動かないものだろう……」

「その前にトイレで戦おうとするな」

「それな」


「かつてトイレはその場においたら動かないもの――だが、今は違う! 魔法技術の進歩により、移動方法が確立されたのです!」


 東都は「ギュッ!」と拳を握りしめて見せた。

 その有無を言わせぬ迫力に古老たちの頬に汗が伝う。


「どういうことだ?」

「魔法技術の進歩だと……?」


 東都はステータスを開き、スキルの取得画面に移った。

 目的としているスキルを取るためだ。


(あったぞ、これだ……ッ)


 東都はあるボタンを見つけ、それを押す。

 ボタンには「トイレカー」と書かれていた。


(トイレカーの必要TPトイレポイントは……500か。今までの僕だったら、こんな高いTPは支払えなかった。けど……。)


 東都はそっと目を伏せる。

 まぶたの裏で、これまでにあった出来事を彼は思い出していた。


(帝国の伯爵や、街のひとたち。そして、黒曜氷河で出会ったオークの人たち。彼らの助けがあって、僕は今ここに居る。ありがとう――)


 東都がこれまで戦ってこれたのは、決して彼ひとりの力ではない。

 トイレを使ってくれた異世界の人々。

 彼らの力があったからこそ、東都はこれまで戦ってこれた。


 彼の指先には、この世界に住む、トイレを必要とする全ての人の想い――

 いや、「祈り」が詰まっているのだ。


「トイレカー……取得、そして設置だ!!!」


 ホールに虹色の光があふれる。

 巨大な魔力が光の奔流となっているのだ。


「いったい何がおきたの?!」

「トート様は大丈夫なのか……?」


「問題ないと思うわ。でも驚いたわね……これは魔光だわ」


「魔光? なんですかそれは」


「強大な魔力を行使した時に発生する発光現象よ。その昔、悪徳が満ちた古代人の街に対して女神が天罰を与えた時、これと同じような虹色の光が天に満ち、闇夜を払ったという記録が残っているわ」


「なんと……そんなものが」


「トート様は人ならぬ龍神ですもの。それくらいのことやってのけますわ」


「そういえばそうだったな。しかし、これは凄まじい……」


 濃い魔力は7つの色に別れ、天を目指して登っていく。

 それはまさに、大地から虹が生えたような光景だった。


 目が眩む激しい光が収まると、東都の横に奇妙なものが現れる。

 一見すると、それはただの細く長い、白い箱に見えた。


 しかし、その箱の下には4つの黒い車輪がある。箱の先端も奇妙だ。


 すこし段差がついて小さくなった箱には、全体の4分の1ほどの大きさの透明な板が収まっている。その板の下には、オレンジと白の目が合計で4つ。見ようによっては顔のようにも見えた。


「では、展開します」


 東都が落ち着いた様子で言うと、箱の長い部分が低いうなり声を上げて開く。


 箱は両側から、翼を広げるようにしてフタを上に上げていく。

 フタが完全に開いた姿は、まさに天使が翼を広げた姿そのもの。

 トイレは、「白亜の戦神」とでも言うべき威光だった。


「これが戦闘用の機動トイレ。トイレカーです」




※作者コメント※

イイハナシダナー……。

脳を溶かしながら書いてたら、ついに行くところまで言った感。

機動便器ベンダス!!

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