裏切り者は誰だ

「移動する……トイレ……だと?」

「バカな、そんなものがッ!」


 異形の戦神を前にしてうろたえるエルフたち。

 無理もない。

 移動するトイレなど、誰も見たことがない。

 目の前の存在は、彼らの理解の範疇はんちゅうを完全に超えていた。


「実際に動かして見ましょう」


 東都は手の中にあるリモコンを操作して車を動かした。実際に現実に存在するトイレカーと違い、このトイレカーはラジコンのように動かせるようだ。


 大型免許など高校生の東都は持っていないので、これは好都合だった。


 トイレカーはゆっくりと動き出し、ホールの内周をまわってエルフの古老たちの前を通っていった。


「ううむ、これは……」

「すさまじいな」

「フツーここまでするかぁ?」

「だが、トイレの方からきてくれるというのは……」

「便利だなぁ」


 古老の反応は様々だ。

 苦虫を噛み潰したような顔をする者、疑問を投げかける者。

 そして喜びに顔をほころばせる者。


 しかし、そのどれもトイレカーに関心があることは確かだった。

 会談の主導権は、再び東都たちの手に戻った。


「もし、背教者との戦いにあなたがたエルフが協力してくれるというのなら、このトイレカーを差し上げましょう」


「「おぉ……」」


「しかし、その前に解決せねばならない懸念事項があります」


「懸念事項?」

「解決せねばならない問題、まだあったか?」

「なんだそれは」


「それは……この中に背教者に降った、裏切り者がいるという問題です」


「ウソをいうな! ヤツは我々を騙そうとしている!」

「我々の中に裏切り者が……?


 東都の「裏切り者がいる」という言葉に古老たちはヒートアップする。

 しかし、それをいさめる声がホールの中央であがった。


「みなのもの落ち着け。話だけでも聞こう」


 ――バルバロッサだ。

 東都のトイレを使った彼は、その威力を知っている。

 安寧の地アヴァロンの存在を知った彼は、エルフは東都の側に立つべき。

 そう考えていたのだ。


「トート殿、我々の中に背教者に降ったものがいるという根拠は?」


「エルさん、あれを」


「ハッ!」


 エルは布でくるんでいた槍をとりだし、古老たちに見せつけた。

 槍を見たエルフから、おぉ、という声が上がった。


「これは先にあった背教者との戦いで、サハギンたちから回収したものです。背教者はサハギンにこの槍を持たせていました。意味はおわかりですね?」


「……あれはまさか」

「うむ、『ナガフネ』に違いあるまい」

「なぜそんなものがサハギンに?」


「この槍は、精霊銀でつくられています。精霊銀の武器は、国外に持ち出すことを禁じられているそうですね」


「むむむ……」

「背教者に降った者が与えたというのか?」


「そのとおりです。精霊銀の武器を持ちうるのはエルフの貴族だけ。そして、ここに居る全員に、背教者に降る動機があります」


「何ッ!」

「そうか、女神教、転生者への憎悪。それはこの場の全員が持ち合わせている」


「そういうことです。犯人はこの中にいるッ!」


 元老院の中は、しん、となった。

 自分の隣にいるものが裏切り者かもしれない。

 仄暗ほのぐらい疑念がホールの中で渦巻いた。


「しかし、裏切り者といってもどうやって見つければ?」

「手がかりが槍だけではなぁ……」

「うむ、どうやって犯人をみつけたものか」

「さ、左様。そんなことしても無駄だ」


「方法はあります。」


「な、何ッ?!」


「実はこの槍……背教者の加護によって、寸分たがわず複製されていました」


「複製だと?」


「僕が黒曜氷河で戦った背教者の軍勢は、1万を超えるサハギンの軍勢でした。そして、その全員がこの槍を持っていたのです!」


「なんという……貴公はその軍勢にうち勝ったと?」

「背教者は武器を複製することができるのか」


「はい。ここで重要なのは、背教者は寸分たがわず複製したという点です」


「「?」」


「いやはや、背教者の加護がチートで助かりました。中途半端じゃないからこそ、証拠が残ってくれました」


「ど、どういうことだ、説明しろ!!」


「トート様、証拠とは一体何です?」

「そうよ、もったいぶらずに教えなさいな」


 エルとサトコが東都に答えをせがむ。

 東都はそれを聞いて勝ち誇ったような表情になった。


「――では、説明いたしましょう」


 東都はエルから受け取った槍の穂先に「ふっ」と息を吹きかける。

 すると、精霊銀の穂先は高い音をたてる。

 精霊銀に特有の、優しく澄んだ音色がホールに響いた。


「聞こえましたよね? 精霊銀はこのように独特の音をたてます」


「…………。」


「科学の話になるのですが、物体には固有振動数というものがあります。物質は、刺激を受けた際の振動の数が形状や素材に応じて決まっているのです」


「固有振動数?」

「それがいったいなんだというのだ」


「音というのは、物体が震えることで発生します。そして精霊銀という金属は、固有振動数に関係する、ある特性を持ちます」


「な、なな……なんだその特性とは」


「それは……共鳴という現象です。双子のように瓜二つの精霊銀の製品は、音を鳴らして近づけると、鳴らしていない方も音を奏でます」


「へぇ、そんな現象があるのね」


「共鳴現象……ハッ!」


「もうおわかりですね。この槍を鳴らして近づけて共鳴するかどうかで、複製元になった槍かどうかを突き止められるのです!!」


「ざわ……ざわ……」

「う……」


「おや、そこのエルフの方、だいぶ顔色が悪いようですね」


 東都の視線の先に、オールバックのエルフがいる。彼の顔は真っ青で、冷や汗をだらだらと流している。どこからどう見ても様子がおかしい。


「ななな、なんのことやら!」

「まさか……」

「おい、こいつを捕まえろ!」


 逃げ出そうとしたオールバックを、周囲のエルフが捕まえた。

 そうすると彼は泣き叫んで許しをい始めた。


「ひっ! ま、待ってくれ、出来心だったんだ!」


「どうやら、犯人は見つかったようですね」


「すごい……あなた、人間のくせによく精霊銀の特性なんて知ってたわね」


「いや、そんなの知りませんけど?」


「えっ? まさか……」


 東都の説明は、口からでまかせだった。


 東都がマンガやラノベを通して学んだ、それっぽい科学用語やトリック。

 それらを適当に混ぜてハッタリをかましたのだ。


「あの説明、全部適当だったの?」


「でも、それっぽかったでしょ? 犯人が見つかったから、ヨシ!」


「な、なんて悪党なの……」




※作者コメント※

男子はラノベとマンガ、ゲームで科学を学ぶのだ。

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