アレの水

そら病気になるわ


 東都がトイレをこのまま城館に置くことにした後――


「ところでトート殿。今日の宿はお決まりですかな?」


 にんまりと笑みを浮かべた伯爵が、手もみをしながら東都に近づく。

 伯爵の態度は先ほどとはうってかわっている。

 彼のことをさんざん胡散臭い目で見ていたのがウソのようだ。

 今度は伯爵のことを東都がいぶかしむ番となった。


(な、なんだ。急に態度が変わって気持ち悪いぞ! 何が目的ィ?!)


「え、いや? 何ぶんこのあたりは初めてなもので……」


「でしたらぜひ、こちらにお泊りになってください」


「は、はぁ……」


「それがいいですね。トート殿には聞きたい話が山ほどあります」


「トート殿。コニーの趣味に付き合う必要はないですが、我々がした無礼のお詫びとして、これを受けてはいただけないでしょうか?」


「いえ、全然気にしてないですけど、そういう事なら……」


(このエル? っていう人はマトモっぽいけど、伯爵さんとコニーっていう二人はちょっとアレっぽいなぁ。でも、他にアテもいないし、ここはお世話になるか)


「ささ、こちらへ! トート様は私めの命の恩人ですからな」


「そんな大げさな……」


 トイレを中庭に残したまま、東都は城館の中に案内された。

 城の中はひんやりとしていて、どことなくカビ臭い、湿った空気が漂っていた。


(うわぁ、ガチ中世のお城って感じ。こんなのゲームでしか入ったこと無いぞ)


 東都が入った城の中は、ゲームでしか見たことがないリアルな城だった。

 壁も床も石造りで、歩みを進めるたびに靴底から硬い感覚が返ってくる。


(それにしても……真っ暗だな)


 東都の目には、城の中が真っ暗に感じられていた。

 昼の強い陽光が降り注いでいた中庭から城の中にはいったせいだ。


 当然のことだが、この時代に電気はない。

 電気がないため、頼りになるのは太陽の光だけだ。

 昼にもかかわらず城の中はたいそう薄暗かった。


(こんな暗いのに、みんなすいすい歩いていくな……慣れかな?)


 暗さにひるんだ東都をよそに、伯爵も騎士たちも迷いなく足を進める。

 急いで彼らを追いかけた東都は、床から飛び出した石材の出っ張りに足を引っかけそうになった。


 そうして進み続ける伯爵とその一行は、大きな扉の前で足を止めた。

 伯爵が指図すると、騎士たちが扉を開く。


 開いた扉の先は、館のホールだった。

 ホールの中には大きな長机とたくさんの椅子がある。

 ダイニングホールだろうか。


 壁には縦に細長い窓がたくさん並んでいて、そこから入り込んだ光がテーブルを追い越しながら床に線を描いていた。ここまでの暗かった通路に比べて、ホールは比較的明るく、太陽の光で空気が温められていて過ごしやすかった。


「ひとまずおかけになってくだされ」


「アッハイ」


「そうだ、お主らもまだ昼をとっておらんだろう。ちょうどいい、飯にするか」


「ど、どうも……」


「私たちもよろしいので?」


「うむうむ、寄子が遠慮するな。食っていけ」


「なら、ご相伴にあずかりますわ」


(異世界、それも中世の食事かぁ。どんなのだろう? 見た感じ、時代が古いだけで同じ人間に見えるから、そんな変なものは出てこないだろうけど……)


 東都は席についてじっと待つ。


 しばらくすると、召使いによって、パン、そしてローストされた鳥が運ばれてきた。鳥の肉の上にはほんのりと果物の香りのするソースが掛かっていて、何かの香草と植物の種が乗せられていた。


「朝、猟番が取ってきたばかりのキジとヒバリだ」


「おぉ、これはみごとなものですな」


「わぁ……ご立派ですねぇ」


(ひぃ! こ、これは……ジ、ジビエ料理ってやつ?)


 キジのほうは東都も見慣れた肉の塊だった。

 しかしもう一方、ヒバリのほうは頭付きで大変生々しかった。


 召使いはさらにチーズや果物を大きな皿で持ってくる。どうやら鶏肉が主菜で、あとはチーズとリンゴといった果物を勝手に取っていくスタイルらしかった。


 ここでふと、東都はあることに気がついた。

 すべての料理が大皿に乗っているのだ。


(取り皿がないみたいだけど、どうするんだろう……)


 東都がじっと待っていると、彼の前に薄く切られた大きなパンが置かれた。


(……まさか、これが?)


「よし、『皿』が渡ったな。切り分けていくぞ」


「おお、ありがとうございます閣下」


(え、皿って……このパンがそうなの?)


 どうやら、テーブルの上に直置きされたこのパンが皿のかわりのようだ。


 腰からナイフを引き抜いた伯爵が、ソースのかかったキジ肉を切り分ける。

 そして各自の目の前に置かれたパンに置いていった――


 それも『素手すで』で。


 東都が見るかぎり、伯爵も騎士も食事の前に手を洗っていない。

 そして何より、伯爵は先ほどトイレに入ったばっかりだ。


 愛想笑いを浮かべたまま、東都は料理の前で凍りついた。





※作者コメント※

基本ふざけているのに、中世描写をガチるな!!!

あ、中世、それもキリスト教圏限定になるんですが、

お肉の価値はだいたい 鳥>羊>牛≒豚>魚の順番です。

(時代によって入れ替わりもありますが、魚が下なのは変わらず)

この異世界トイレでもそれにのっとっているので、

今回伯爵が出してきたお肉は結構イイやつ(現地基準で)です。

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