まあまあ落ち着いて
「トイレはここに置いておきますから、落ち着いてください」
「う、うむ」
必死になだめる東都に対して、伯爵はゆっくりうなずいた。
とはいえ、彼は未だ興奮冷めやらぬ様子だ。
伯爵は東都をしげしげと見ると、首を傾げる。
「ところで、魔術師殿はいったいどちらからお越しに? やはり魔術学都から?」
「あ、えーっと……」
(うーん。なんて言ったらいいんだろう)
東都は考え込んでしまった。
この世界の常識というものを、今の彼はまるで知らない。
本当のことを言ってよいものか悩んでいるのだ。
(ウンコを我慢してたらトラックに
「それは言えません。この魔法の出どころは秘密にしておきたいので」
(ここは全部『秘密』としてごまかすことにしよう。下手に嘘をついて嘘を重ねるくらいなら、なにも言わないほうがマシだ)
「むむむ……そうでしたか。トート殿がそういう理由もわかりますな。トート様の魔法に比べれば、魔術学都の魔術師なぞ、エセ魔術師にしか見えませんな」
「はい。トート様が使うような強力な魔法は、私も文献の中くらいでしか見たことがありません」
伯爵の発言に、ヘルムを脱いだコンスタンスが同意する。完全な口から出まかせだったが、東都の言葉に納得したようにみえる。
(たしかに、普通の魔術師はトイレ出したりはしないだろうな……)
「古い文献によると、女神様の加護を受けた魔術師は火竜を呼び出して従えたり、美しい天使の軍勢を率いたり、死者の軍勢を呼び起こしたと聞きます。」
(僕もそっちのがよかったなぁぁぁぁぁぁぁ?!!! チート能力に差がありすぎんだろクソ女神?!)
「そういった加護のない普通の魔術師は、そのへんの石や木を七色に光らせたり、大きな音を出して人々をびっくりさせるのが関の山です」
「思った以上にショボイっすね」
「そうなのです。ご存知ないということは、やはりトート様はこのあたりの出身ではなさそうですね」
「アッハイ」
「ああ、とても興味深いですね! トート様の髪の色ははるか東の民に似ていて、装束の雰囲気も我々とは違う。東の国の貴族でしょうか。いえ、そこまでの魔法をお持ちでしたら引き手あまたのはず。もしかして、亡国の貴族とか――」
目に何か怪しい光を宿らせながら、コンスタンスは早口でまくしたてる。
その勢いに東都は思わずあとずさった。
「まてコニー、トート様へのいらぬ詮索はそこまでにしろ。彼が身分を明かさぬということは、なにか深い事情があるに違いない」
「ハッ!」
「気を悪くしないで欲しいトート殿。そのコニーはその、いろいろと要らぬ興味を持つタイプでな。好奇心が強いと言うか、物好きと言うか……」
「あぁ……なるほど」
「コニーはさっきもそれでひどい目にあった。まったく……なにが盗賊の酢だ」
「あれはダメだったわね……。もし効果が合ったとしても、あんなすぐに腹を下すんじゃ、まるで意味がないわ」
「盗賊の酢?」
「流行り病に効くという触れ込みで、コニーがエセ薬師に売りつけられた酢だよ。ベンデル帝国では、流行り病の被害が深刻でな……」
「なるほど。ワラにもすがる思いってやつですか」
「そんなところだな」
「けっこう本物っぽかったんだけどなぁ~」
(ふーん……。この世界、僕が元いた世界よりも古い時代にみえる。それだけに、いろんな病気が流行ってるんだろうな。あれ、ひょっとしてヤバイのでは?)
騎士たちの話を聞いた彼の背中に嫌な汗が流れた。
この世界は自分が思った以上に危険な場所かもしれない。
東都はそれに気づいたのだ。
(この時代が中世レベルの技術なら、病気の治療なんてマトモに出来ないだろう。その流行病とやらにかかってしまったら、僕もアウトなのでは?)
東都が女神にもらったのは、トイレを出す能力だけだ。
騎士に首を絞められた時、東都は当然苦しかった。
荒縄にぐるぐる巻きにされたときの
彼の肉体には、何も特別なことはない。
東都はトイレを出せるだけ。
あとはただの人間だ。
(これ、かなりマズイのでは……)
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※作者コメント※
さて、ここから東都はどうこの世界の危機に絡んでいくのか…
トイレひとつでどこまでできるんやろなぁ…
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