旧い、とても旧い世界(1)


「うわぁぁぁぁ?!」


 浮遊感を感じた後、東都の顔に下から吹き付ける風が当たる。

 落ちている。闇の中にありながらも、確かな感覚を感じた。

 

(不味い、これは確実に――)


 ――死ぬ。


 最悪の考えが頭によぎる。

 その瞬間、不意に彼の口から言葉がもれ出た。


「――っち、トイレ、設置!!!」


 それは祈りにも似た感情だった。

 漆黒の闇の中に虹色の光が集まり、白い柱が現れる。

 白く輝くトイレだ。


 現れたトイレの人感センサーが反応して、周囲を照らす。

 それのおかげで、東都はトイレと自分の位置関係が理解できた。


 トイレは東都のわずか数十センチ下にある。

 どうやら、自分はうつ伏せの状態で空中を泳いでいるらしい。


 状況を把握した東都は、まずは現れたトイレに触れようとする。

 だが、空中、しかも落ちながらだと上手く行かない。

 ドアの取っ手をつかもうとするが、指はその手前で空を切った。


「くそっ!」


 東都は毒づいた。このまま地面に激突してしまうのか。

 彼の心の中に、とめどなく不安があふれてくる。しかし、彼は屈しなかった。

 思考をめぐらし、この状況で打てる最善の一手を考える。


(ウォシュレットなら……だめだ。どこに飛ぶかわからない。この暗闇の中で飛ぶのは危険すぎる。動くんじゃない。動きを止める方向で考えるんだ。そうか――!)


 東都の目から不安の色が消えて光が宿る。

 その眼差しは、見るものに強い意志を感じさせる。

 彼は乾坤一擲の妙手をおもいついたのだ!!


「いけ、トルネードウォッシャー!」


 トイレから四方八方に水が飛び散る。


 さて、トルネードウォッシャーはウォシュレットと違う部分がある。


 ウォシュレットは一方向に水を噴射する。

 一方のトルネードウォッシャーは、トイレの座面を中心とした全方向に水を出す。


 ウォシュレットはロケットだが、トルネードウォッシャーは回転力なのだ。

 螺旋を描く水は、トイレを空中に固定したまま水を吐き出し続ける。


「よし、思った通りだ……冷房、パワー全開!!

 あ、でも僕が凍りつかない程度にお願いしますッ!!」


 東都はトイレに忖度そんたくを要求しながら命令した。


 すると、四方八方にのびた水が、寒気で瞬時に凍りつく。

 すると、トイレを中心に蜘蛛の巣のような氷の結界が生まれた。

 成長し続ける氷は古塔の壁に到達し、激しく壁をこする。


<ギャリギャリギャリ!!!!>


 トイレがわずかに減速を始めた。

 それによって、東都はトイレが生み出した氷の結界の上に降り立った。

 刺すような寒気が彼を襲う。しかしここで止めるわけには行かない。


「いけ……いけ……!」


 東都はトイレに向かって念じる。氷は成長を続け、ついに孤島の壁に到達した。

 すると、氷が石の壁をかきむしる耳障りな音が、暗闇の中に響き渡った。


 トイレが生み出した氷の結界は、成長しながら壁をいているのだ!


<ギギギギギ……キシキシキシッ!!!>


「と……止まった」


 ほどなくして、氷が動きを止めた。

 蜘蛛の巣状に広がった氷の上に立った東都は、足元を見て頭をかいた。


(ぶっつけ本番の思いつきだったけど、上手くいってよかった……)


 東都は、ふう、と息を吐いた。

 不安と恐怖でこわばった体を柔らかくするためだろう。

 冷気によって白くなった息が闇の中に浮かび上がる。


 氷の結界の上に立った彼は、周囲を見回す。


 さいわいなことに、氷の中に埋もれたトイレの明かりが使える。

 氷をレンズとしてライトが光を拡散し、周囲を薄ぼんやりと照らしていた。


「ここは……塔の中みたいだけど、なんか雰囲気がちがうなぁ」


 東都がいうように、周囲の壁は様子ちがう。

 古塔の上の方、地上部分はレンガのように組まれた石でできていた。

 しかし、目の前の壁はセメントのようなもので塗り固められている。


「これってもしかして、コンクリート?」


 東都は結界の上を歩き、壁に近寄っていった。

 地下の壁は足元の氷で薄ぼんやりと照らされている。


 薄い光のグラデーションの上に、東都の影が覆いかぶさる。

 不思議なことに、壁の表面に影がない。


「……」


 東都は目の前の壁にれてみた。

 壁の表面はさらっとしていて、おどろくほど滑らかだった。

 壁に影がないのはこれのせいだ。

 影を作るほどの凹凸でこぼこが、そもそも存在していないのだ。


 くすんだ色味はこの壁が古いものであることを示している。

 だが、技術的にはずっと新しいものに見えた。

 おそらく、ベンデル帝国に存在するあらゆるものより進んでいる。


「どうしてこんな地下にこんなものがあるんだ?」


 エルなら何かわかるかもしれない。

 彼の顔を思い浮かべた瞬間、東都は自分の状況を改めて思い出した。


「完全にはぐれちゃったな。まさかこんなところまで探しにはこないよなぁ」


 いったいどれだけ落ちたのだろうか。

 東都は上を見上げる。


 しかし、見上げても光はなく、漆黒が広がっている。

 古塔に入るのに使った、壁の穴も見えない。


「すっごい落ちたみたい……上に戻れるかなぁ」


 ため息をついた東都はうつむいた。

 そうすると当然、東都は下を向く格好になる。

 すると、あるものが彼の目に入った。


「――明かり?」


 落ちている時は夢中で解らなかったが、下に小さな明かりが見えた。

 ときおりまたたいている様子からすると、松明だろうか。


「……いってみるか」


(明かりを保ってるってことは、それをしている人がいるはず。それがもし人間なら、地下に居続けることは出来ない。ということは……)


 ――ここから上に行く方法があるはず。


 東都は明かりを見て意を決した。

 上に登るのではなく、下に降りる方法を考え始めた。





※作者コメント※

トイレで氷の結界を作るとか、やってることは普通に能力モノなんだけど

トイレって部分が全てが台無しにしてるなぁ(

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