自由への闘争(1)

<グワブルブニャギョバァァァァァァー!!!>


 狂乱したキラーチワワがよだれを飛び散らせながら囚人たちに迫る。

 歯グキから飛び出した牙、獲物を求めギラつく眼球。

 まさしくモンスターと呼ぶにふさわしい凶相だった。


「あんなのどうやって……!!!」


 門を抑えていた係員はキラーチワワに踏み潰され、血だまりと化していた。

 囚人たちは身を寄せ合っているが、あの突進を正面から受けれるとは思えない。

 ボーリングのピンのように弾き飛ばされるのが関の山だろう。


「よく聞け、合図とともに左右に散れ! 突撃をかわすんだ!」


 ジョバンニは囚人に呼びかけたが、しょせんは烏合の衆。

 迫りくるキラーチワワの恐怖に負け、ひとり、またひとりと逃げ出した!


「うわぁぁぁぁぁ!」「ぎゃひーーー!」


 団子になったぽろぽろと剥がれ落ちるように逃げ出してしまう。

 囚人は逃げた端から魔獣に食いちぎられ、湯気の上がる臓物を撒き散らした。


「……おえっぷ」


 コロシアムの観客は粗暴な死に大喜びで、歓声をあげる。

 だが、現代っ子の東都にはあまりにも刺激が強すぎた。

 血潮飛び散る戦争映画でも、それはあくまでもつくりもの。

 臓物の臭いや血の温度までは再現していない。


 東都は初めて人の死の臭いは酸っぱいことを知った。


「ムゥン。しょせんは心に柱を持たぬ者たちか」


 ハシムはそう吐き捨て、キラーチワワに切りかかった。

 魔獣は足元の新鮮な肉に夢中になり、こちらに背を向けている。

 攻撃のチャンスだった。


(――いけるか?! むしろいってくれ!!)


 ハシムはムゥンと唸り、体をねじって全身の力を込めた一撃をキラーチワワに見舞った。チワワの黒と茶色のまだらの毛皮が鮮血に染まる。


「ムムム!」


「浅い――な」


 ジョバンニのいったとおりだった。

 ハシム渾身の一撃も、表皮を切り裂き、肉をひっかいただけだ。


 それもそのはず。

 彼の武器は、怪物を倒すためには作られていない。


 ショテルもショートスピアも対人用だ。

 剣は盾の隙間を突くためのもの。

 短槍は人間の剣士を想定したもの。

 キラーチワワのような圧倒的暴君、魔獣を想定していないのだ。


「グヌゥン!!」


「チッ、我が剣を喰らえ!」


 ジョバンニがチワワの後ろ足めがけて剣を突き出す。

 が、それもチワワの分厚い筋肉に阻まれる。

 魔獣は筋肉の弾力だけで剣を弾き飛ばした!


「クソッ!」


<グゥルルルルアアアブヒュルルル!!>


 チワワは手傷を受けて怒り狂っている。

 土を蹴りながら振り返り、唇を怒気で震わせ奇妙な咆哮をあげた。

 そして、やたらめったらに前脚を振り回し、突進する。

 ハシムとジョバンニはそれを左右に避けてかわす。

 すると、その後ろには固まって震えていた囚人たちがいた。

 命乞いも虚しく、彼らはキラーチワワの鋼の爪でかき混ぜられる。

 血と臓物のスムージーの中で、魔獣は勝ち誇ったように吠えた。


<ウォォォォォンッ!!!!!!!>


「くっ、このままじゃ……!」


 囚人たちは、この一撃でほぼ全滅してしまった。

 残った囚人たちはもちろん、ハシムやジョバンニでも歯が立たない。

 戦いの主導権は完全にキラーチワワにあった。


(――やっぱ、トイレしか無い! トイレを召喚する!)


 東都は決心した。

 観客やハシムたちに気取られないよう、小声でいつもの言葉をつぶやいた。


(トイレ―設置!)


 スタジアムの中央、砂の上に光が差して白亜の柱が現れる。

 突然現れた異物に観客は驚き、どよめきの声が上がった。


「なんだあれは!」「新しい仕掛けか?!」

「おいおい、あんなものが出るなんて聞いてなかったぞ!」

「賭けはどうなるんだ!」


 観客たちの困惑の波は、すぐに収まってしまう。

 トイレのことを主催者側の仕掛けだと思ったようだ。

 これは東都にとって、もっけの幸いだった。


(あいつを倒す具体的なプランはない。でも、このままやられるよりはマシだ!)


 ハシムやジョバンニと戦っていた魔獣も異変に気付く。

 コロシアムに突如として姿を現したトイレ。それに気づいたのだ。


「グルルルルルウァァァァ……」


「キラーチワワのやつ、何をするつもりだ?」


「ムゥン!? なぜ御柱様がここに?!」


 ハシムとジョバンニはそれぞれ別の疑問を思い浮かべる。

 しかし、魔獣はそんな彼らからそっぽをむき、トイレの方を向いた。


 激しく歯ぎしりし、うなりをあげるキラーチワワ。

 魔獣は砂の上に鎮座するトイレに向かって、ゆっくりと歩みを進め始めた。


(?! 一体何をするつもりだ?!)


 キラーチワワは白亜の柱に鼻を近づけ、なにやらスンスンと臭いをかいでいる。

 首を細かく動かすその様は、何かを確かめているようだった。


 突如として魔獣の動きが止まった。

 チワワは柱の前でまっすぐ立ち上がり、四肢は地面をガッチリと掴む。


「……?」


 チワワは後ろ右足を上げ、バレリーナのように立ち上がった。

 そして次に、魔獣の体がぶるると打ち震え、金色の液体が放出される。


 そう、散歩中の犬がするようにトイレに「マーキング」をしたのだ!!!


「き、きったねぇ!!」


<~~~♪>


 ひと仕事終えたキラーチワワは、いたく満足げだ。

 突き出した牙も収め、殺意に燃えていた目も穏やかになっている。

 まるで「ふう」とでも言っているようだ。


 しかし、これに激昂したものがいる。

 そう――御柱様を敬愛してやまない「柱の男」ハシムだ。


「ムゥン。キラーチワワとやら……貴様の罪――万死に値する!!!」


<ドンッ!!!>


 ハシムがコロシアムの地面を踏み鳴らし、彼を中心に砂煙が輪の様に広がる。

 好敵手を見つけた。そう思ったのだろうか。

 チワワはトイレからはなれると、砂煙の中でニヤリと笑っていた。




※作者コメント※

梅雨の気配がしてしっとりしてきたので

アクション多めの爽やかな話をと思ったのですが

この作者の実力では無理でした。

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