本物は誰だ

 小屋を飛び出した東都たちは、雪をかき分けて進む。

 積もったばかりの雪は粉っぽく、前に進もうとする足を取る。


 しかし、竜巻の根本に近づくにつれて雪は重く、べったりと泥のようになる。

 雪がトイレが生み出した竜巻の熱によって溶けているのだ。 


「クッ、これではまるで沼地のようだ」


「もう少し進めば楽になるはずです、見てください」


 そう言って東都が指さした先は、雪が消えて黒い土が露出している。

 トイレの熱量によって、完全に雪が溶けてしまったのだろう。


「あそこまで行きさえすれば……ッ!」


 ドロドロになった雪の中で腕を振り回し、東都は泳ぐように進む。

 そしてようやく竜巻の根本にたどり着いた東都は、自分の目を疑った。


「えぇ……」


「これは……なんて破壊の跡なの……」


「ああ、凄まじいな。戦場でもこんなもの見たことがない」


 オークのトイレがあった場所は、跡形もない。

 そこにはただ、トイレだけが立っていた。


 そして、トイレが輪に並んだ中央に、大きなクレーターが出来ている。

 おそらく、爆発によって出来たものだろう。


 家一軒がまるごと入りそうな大きなクレーターには、溶けた雪が水となって流れこんで、ため池のようになっていた。


 火を消すはずの水でここまでの爆発が起きるのか?

 疑問に思うものも少なくないだろう。だが、これは実際に起こり得る。


 爆発という現象は、急激な物理・化学変化を起こした物質の体積が一瞬で増大して、音や破壊作用を伴うことを言う。


 トイレの暖房により、雪や氷という固体が蒸気という気体に変化した。

 その勢いが激しかったために、爆発が起きたのだ。


 これをもっと詳しく説明すると――


 仮に雪が水と同じ密度だと仮定すると、1トンあたり1立方メートルとなる。

 これが水蒸気になると、1700立方メートルの大きさとなる。

 ちなみにTNTが爆発した時に生み出すガスの量は730立方メートルだ。


 そして水が一瞬で気化した場合、その膨張速度は2500m/秒となる。

 これがどれほど凄まじいかと言うと、黒色火薬の膨張速度が700m/秒、TNTが6900m/秒だ。爆発の威力が何となくわかるだろう。


 こうした水の爆発は「水蒸気爆発」という。自然界でも起こりうる現象で、火山のマグマが地下水や海水に触れることで発生する。


 東都のトイレは、この水蒸気爆発の力でクレーターを生み出したのだ!!!


「ちょ、ちょっとやりすぎたかな……?」


「ウェンディゴを誘い出したオーラン殿は無事だろうか?」


「ちょっとマズそうよね」


 大爆発のせいで、オークのトイレは跡形もなく吹き飛んでいる。

 人間に比べて頑丈なオークといえども、ひとたまりもないだろう。


(想像以上の威力でビックリだ。オーランさんが消し飛んでたらどうしよう……)


 恐る恐るクレーターに近寄る東都。

 だがあまりの熱気と暴風で、輪の中に入れそうにない。


(これじゃ近寄れない……トイレを止めるか)


 彼はトイレのリモコンを取り出し、暖房を止める。

 すると、クレーターの中心で天を目指していた竜巻はすぐにかき消えた。


「よし、近寄って様子を見てみましょう」


「ハッ!」


 東都はまだ温かさの残る土を踏みしめ、クレーターのふちに立つ。

 穴をのぞきこむと、クレーターの中に残るお湯が白い湯気をあげていた。


「さて、ウェンディゴの姿は……」


「トート様、あれを!」


 東都が水面を見ると、何かがプカプカと浮いている。

 もしかしなくても、トイレの爆発の被害者に違いない。


(あれは……色は緑じゃない、ヨシ!)


 もしやオーランなのでは? 東都はそう思って一瞬あせった。

 しかし、水面に浮いている物体は緑色ではなかった。


 体色は青に近い灰色で、雪を思わせる白い毛が生えている。

 オークは緑色で毛が薄い。明らかにオークではない。


「ぱっと見た感じでは、オークにはみえませんね」


「あれがウェンディゴなのかしら」


「死骸……なのか?」


「とにかくこっちまで寄せてみましょう」


 エルは近くにあったトイレの残骸から長い板を取り出した。

 これを使って死体(?)を引き寄せるつもりのようだ。


「それっ!」

「よっこい……せっ!」


 板に死体(?)を引っ掛けて、クレーターのふちに引き寄せる。

 そうして引き上げたウェンディゴは、オークと同じくらいの大きさだった。


「くっ、こいつやたらに重いな」


 毛に水を含んだウェンディゴはとても重い。

 引上げたウェンディゴは黒土の上を転がされて、どさりと音を立てた。


 エルはそのまま転がしたウェンディゴを調べる。

 すると彼は何かに気づいて声をあげた。


「む、これは……!」


「どうしました、エルさん?」


「このウェンディゴ、まだ息があります。気を失っているだけのようです」


「あれだけの爆発を受けて? タフすぎる……」


 東都も近寄ってウェンディゴの様子を見る。

 するとウェンディゴの左手にはナイフのように大きな爪があった。

 金属質の光沢を見た東都は、感嘆の声を上げるが……。


「すごい爪だ。まるで鉄みたいな――いや、鉄じゃん!!!」


「え、本当だわ! このウェンディゴの爪、ただの作り物じゃない!」


「なんだと? では――」


 エルはひっくり返ったウェンディゴの毛皮の中を探る。

 すると首元のあたりにヒモがあるのに気づいた。


「トート様、これは着ぐるみです!」


 きぐるみを脱がすと、緑色の肌が出てきた。オークだ。

 村を恐怖に陥れたウェンディゴは、着ぐるみを着たオークだったのだ。


「ウェンディゴのフリをしてたってことか……?」


「どうやらそのようですね」


 途方にくれて立ち尽くす3人。

 何もいえずに黙っていると、東都はふと何かの物音に気づいた。


「……?」


 何かを叩くような音だ。

 音は輪を作るトイレのうちのひとつからしている。


「まさか……」


 東都はゆっくりとトイレに近づいてドアを開ける。

 すると中から息を荒くしたオーランが出てきて押し倒されてしまった。


「むぎゅー!!!」

「おわぁ-!!」


 東都はオーランに話を聞く。

 それによると、彼はトイレの中に閉じ込められていたようだ。


 ウェンディゴが来た時、オーランはなぜか猛烈に嫌な予感がして、東都が置いたトイレのうちのひとつに逃げ込んだ。


 直後、爆音と激しい振動がしたので彼はトイレの中に隠れていた。

 そして振動がおさまったので外に出ようとしたが、ドアの使い方がわからず、閉じ込められていたのだ。


「いやぁ、ご無事で何よりです」


「うンむ、精霊様の賜物たまものだな」


「オーラン殿もトート様も平然としてますけど、普通に死にかけてますよね……」


「エル、私たちとは精神性が違うのよ。オークは常在戦場の精神の持ち主で、いつでも死の覚悟ができている。そしてトート様は人知を超越した龍神。この程度のことは歯牙にも気にかけないのよ」


「本当かぁ……? 俺にはただざつなだけにしか」

「しっ、滅多なことは言ってはダメよ」

「お、おう。」


「ン、ところでウェンディゴは仕留められたのかぁ?」


「それならそこに転がしてあります。ただ――」


「ウェンディゴは扮装ふんそうしたオークだったのです」


「なンだと?!」


 色めき立ったオーランが気絶したオークに走りより、面相を確かめる。

 気絶しているオーク顔を見た彼は、喉の奥で低くうなった。


「こいつぁ…リスミードじゃねぇか」


「お知り合いですか?」


「うンむ。村外れに住んどるヤツ変わりもンだ。あんまり漁にも顔を出さんやつだったが、なんでこんなことを……」


「何か訳ありみたいですね」


 その時、東都の靴に何かが当たって、カチンと音を立てた。


(あ、何かと思ったら、左手についてたツメか。ん、左手……?)


 ウェンディゴの着ぐるみの左手には、大きなツメがついている。

 だが、もう片方の右手には何も無かった。

 壊れた様子もないので、どうやらツメは最初から左手にしかなかったようだ。


(ふーん……)


 その時、東都の脳裏に電流走る。

 彼は目の前のウェンディゴの違和感に気づいた。


「――いや、彼は違います! 彼はウェンディゴじゃない!」


「なんですって?」


「見てください、彼のツメは左にあります。ホラレーさんの毛皮は右の肩から引き裂かれていました。彼が左利きなら、毛皮のような傷はつきません」


「本当だ。では……」


「はい。ウェンディゴは別に存在するはずです。」




※作者コメント※

次回、種明かし(予定)

いやぁ、本格ミステリー展開は大変だった…

もっとIQさげなきゃ(使命感

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る