被害者第一号

「これがトイレ? トイレというか、むしろ……」


「率直にいってただのみぞね」


「あぁ。まさかオークのトイレが文化的に見えるとは」


「野性味が強すぎますよね。まぁ、一応水洗……なのかな? トイレに水が流れてるのは良い点だと思いますが」


「ですが、野性味が強すぎますね」


「あれだけ荘厳な建物を持ちながら、どうしてトイレはこのザマなのかしら」


「仕方がないじゃない……エルフの街を発展させた転生者は、トイレの作り方なんか知らなかったんだもの」


(あっ、そういうことか……。)


 東都はサトコのつぶやきに納得してしまった。

 大抵のファンタジーRPGでは、トイレの存在は抹消されている。


 それもそのはず。

 ゲームやラノベの作者は、完璧な夢の世界を作り出さなければならない。

 生活感バリバリのオブジェクトは、人々を夢から覚まさせてしまう。


 幻想ファンタジーを守るためには、トイレは邪魔でしか無い。

 かくしてトイレはその存在を抹消される。


 きっと、転生者も同じ考えだったのだろう。

 「ファンタジーっぽくない」。

 ただそれだけの理由でトイレを作らなかったのだ。


(なんてことだ……このトイレは彼らのエゴだ。)


 もし転生者がFPSプレイヤーなら、こうはならなかったはずだ。

 FPSゲームには「トイレが作り込まれたゲームは良ゲー」という格言がある。


 実際、ゲーム業界には「トイレオブザイヤー」という、その年で最も素晴らしいトイレの作り込みをしたゲーム讃える賞が存在する。


 彼らはトイレこそがリアリズムを――

 いや、世界を支えていることを知っているのだ。


 東都は歯噛みする。


 なぜ転生者が中途半端なファションゲーマーだったのかと。

 真のゲーマーなら、トイレの作り込みにも手間をかけ、余念がないはず。

 エルフは転生者の犠牲になったのだ。


 自分ならこうはしなかった。

 もっと本格的なエルフのトイレを作ったのに。

 一筋の光が東都の頬を伝った。


(転生者め……なんてことをッ!)


「トイレの前でそんな顔されても、非常に複雑な気分になるんだけど」


「あ、すいません」


「エルフのトイレは、全部こんな感じなの?」


 頬を赤くしたサトコは、黙って頷いた。

 エルフは毎回この小屋で野生を解放しているらしい。

 

「これは……うーん、かける言葉が見つからないですね」


「ですがトート様。これは逆に好機では?」


「エルフの古老たちに取り入るための切り口が見えてきたわね」


「そうか! 古老も同じトイレを使っている。それならきっと、僕の出すトイレを気に入るはず。そこから協力を交渉していけば……」


「はい。彼らの協力が得られるかもしれません!」


「何を言ってるの? たかがトイレじゃない!!!」


 サトコが口にしたのは、当然すぎる一言。

 刹那、彼女を取り囲む3人から白い視線が突き刺さった。


「な、何よ……」


「はぁ……エルフにはがっかりだわ」

「高貴なる種族がその程度ですか。しょせん自称ですね」

「僕らはエルフのことを買いかぶりすぎていた……か」


「そこまでいう????」


「じゃあ聞くけど、人は一生の中でどれだけトイレの中で過ごすのか。あなた考えたことある?」


「普通は考えないと思うけど」


「ひとは1日で30分ほどをトイレで過ごすわ。それを一生にすると、7ヶ月から9ヶ月になるのよ。とても軽んじられないわ」


「なんでポンポン出てくるの? 怖いんだけど」


「僕からしてみれば、出てこないほうが不思議ですね」

「それだけ彼らはトイレのことを雑に扱ってるのでしょう」

「嘆かわしいわね」


「何、そんなに私たちが悪いの????」


「悪いです」

「即答?!」


「ともかく、実際に体験していただいたほうが速いのでは?」

「それもそうですね……トイレ設置!!」


 トイレを呼び出すため、いつもの呪文を東都が叫ぶ。

 すると、太古の昔より変わらない原野に白い柱が現れた。


「さっ、どうぞ」


「ねぇ、そのしの強さはどこからくるの?」


「僕にはわかります。サトコさんは今すぐトイレに入りたいはずです」

「普通に変態のそれなんだけど」


 東都の視界では、人の便意が数字として示される。

 もちろんその数字は、サトコの頭の上にもある。

 彼女の便意は今、80台の高い水準にあった。


 ここまできていれば、いつトイレに入ってもおかしくない。

 東都は経験則でそれをつかんでいた。


「でも、人前でいきなり入れっていうのは……」


「大丈夫です。このトイレは音楽を奏でて音を消してくれます」


「……それ本当にトイレ?」


「間違いなくトイレよ。私も使ったから間違いないわ」


「まぁ、そこまでいうなら……」


 サトコは東都のトイレを前に悩んでいた。

 だがいつまでもそうしてはいられない。


 ただ立っているだけでも、彼女の頭上にある数字は増えていくのだから。

 意を決した彼女は、ドアを開いて中に入っていった。


「なんかあるけど……ひっ!」


 東都のトイレは人感センサーでひとりでにフタが開く。

 サトコはそれに驚いて声を上げたのだ。


「誰?! 誰が開いたの?!」


『あ、それは人感センサーです。』


 トイレの外から東都が説明する。

 しかし、説明を受けても彼女は首をひねるしかない。

 人感センサーと言われても何のことやら。

 

「ジンカン……? 何でそんなことを……直接手で開けばいいじゃない!」


『いやぁ……。自分が使う前にどんなヒトが使ったかわからないじゃないですか。だからトイレのフタを触るのがイヤっていうヒトもいるんですよ』


「人間ってどんだけ繊細なの……まぁいいわ」


 サトコはブツブツいいながら、便座に腰を降ろす。

 そうすると、またしても彼女は黄色い声を上げてしまった。


「なによこれ!! なんか温かいわよ?!」


『それは暖房です。冷たい便座に座るとヒヤっとして、何かイヤじゃないですか』


「だから何でそこまでするのよ!!!」


『ははは、さっき説明したじゃないですか。人生の大半を過ごす場所を快適にしたい。ただそれだけですよ』


「だからってここまでする?!」


 サトコは異常な情熱に困惑しっぱなしだ。

 しかし、いつまでもこうしてはいられない。

 彼女の頭上にある数字は、今もなお進み続けているのだから。


 便座に座った彼女は前傾姿勢を取って備える。

 すると――


<パーパパパパパーパパパパー♪>


 トイレから勇壮な音楽が流れ始めた。

 これは国民的なアクションゲーム。

 モンキーハンターのメインテーマ、『英傑の証』だ。


「なんで音楽が?!」


『それは用を足すときの音を隠すためのものです』


「バカなの?! いや、ありがたいけど!!!

  でもやっぱりバカでしょ!!!」


『どうぞごゆっくり』


「ほんとに人間って何を考えてるの……? バカだけど、バカにはこんなもの作れるはずがないし……ああもうダメ、頭が痛くなってくる……」


 用を足したサトコはトイレの中を見回した。

 コトが終わった後は、いったいどうすればいいのだろうか。


「水が流れる様子はないわね。うーん……」


『サトコさん、おわったらウォシュレットと言ってください』


「ウォシュレット?」


 サトコが東都の言葉をそのまま返した。

 すると彼女の下、影の中からそっと忍び寄るものがあった。


 そして――


『あぁぁぁぁぁーッ♡』


「うーん……思った以上に即落ちしましたね」


「エルフには刺激が強すぎかしら?」


「いえいえ、これくらいがいいでしょう」


「そうですね。これだけ良い反応なら、古老も期待できます」





※作者コメント※

なんか色々とタガが外れ始めている。

ま、いまさらか!!

ちなみにゲームオブザイヤーのトイレ版、

トイレオブザイヤーはマジであります。

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