トイレがない!

「トイレがないって……どういうことですか?!」


「トイレがないっていうのは、トイレがないって言うことよ」


「いや、そのままじゃないですか!!!」


「だってそうとしか良いようがないし……」


 よちよち歩きになった東都は、サトコを問いただし続ける。

 だが、彼女の返答は「無いものは無い」といったものだった。


「クソッ、一体どうすれば……」


「トート様、普通にトイレを出せばいいのでは?」


「それしか無さそうですね。あまりそこらじゅうにトイレを置きたくなかったのですが、仕方ありません。ここをトイレにしましょう」


「ちょ、ちょっと待って! ここでするつもり?!」


 立ちションと勘違いしたサトコは、衛兵を呼ぼうとする。

 それに慌てた東都は、慌てて彼女に説明を試みた。


「まってください、衛兵だけは勘弁してください。」

「そうです! トート様は立ちションしようとしているわけではありません!」


「えぇ? でも、さっきは『ここをトイレにする』って……」


「それが実は……トート様はトイレを出す魔法をお持ちなのです」


「なんでそんな魔法を?????」


「真面目に聞かれると困るんですが、とにかくできるんです」


「ハァ、ハァ……うっ設置でるッ!」


 尿意が限界に来ていた東都は、トイレを設置して中に駆け込む。

 数秒の後、音楽と共に流れる水音。

 危うく深刻な海洋汚染を引き起こされるところだったが、災厄は防がれた。


「ふぅ……」


 彼は息を吐き、安堵する。

 あやうく人権をドロップするところだったが、危機は去った。

 賢者モードになった彼は、そこでふと気がついた。


(なぜエルフの国にトイレがないのだろう。転生者が来ているなら、少なくとも彼らのためにトイレがあったはずだ。それすらも無いというのは、さすがにおかしい。サトコさんにトイレのことをもっと詳しく聞くべきだ。)


 ズボンを引き上げた彼は、トイレのドアを開ける。

 すると、爽やかな海風が彼の額に浮いた汗をぬぐった。


「爽やかそうな顔をしているところ申し訳ないんだけど、桟橋にトイレがあると、さすがに邪魔なんだけど。なんとかならない?」


「あっすみません。」


 聞いたものの、さっそく出鼻をくじかれてしまった。

 しかし、東都はめげずに質問を投げかける。


「なんで海の国にトイレがないんです? 普通、ゴハンを食べたら出さなきゃいけないものじゃないですか」


「あのねぇ……エルフはウンコしないのよ」


「えっ?!」


「何……だと」

「エル、彼女の言うことは本当なの?」


「エルフには謎が多いと聞くが……正直、私にもわからない。帝国の博物誌には、エルフのウンコのことまで書いてない」


「書いてあったら普通にヤバイと思うわ」

「別の本になりますよ。」


「と、ともかく、彼女の言う事を信じるほか無いですね。まったくの不明なので」


「うーん……転生者の人たちはエルフの国に来ていたんですよね? エルフが使わないといっても、彼らが使うトイレはあるはずでしょう?」


「それは、うっ……」


 東都の指摘に対して、サトコは言いよどむ。

 彼女の様子はどこかおかしい。

 喉元まで出かかった言葉を引っ込めたような、そんな違和感がある。


(おや?)


 サトコの反応を不審に思った東都は、さらに突っ込んで質問することにした。


「サトコさん、転生者が使ったトイレはあるんですよね?」


「まぁ……無いわけではありません」


「無いわけではない、というならトイレはあるのですね?」


「まぁ……あるような、ないような……」


(どうにもはっきりしないな。何か隠しているのは間違いなさそうだ)


「ともかく、エルフじゃない僕たち人間にはトイレが必要です。まさか、エルフの国は正式な特使に対して、『垂れ流せ』とでも言うつもりですか?」


「……!!」


「この世界で最も高貴で文化的なエルフが、人間のことを動物と同じように扱う。いやはや、遠い昔の圧政の記憶が残っているとはいえ、そんな蛮行をエルフがするとは僕には信じられない。……サトコさん、何を隠しているんです?」


 東都はサトコに対して言いくるめを試みる。

 勢いにまかせて、言葉の洪水を彼女に浴びせかけた。


 内容をよくよくみると、とくに意味のないそれっぽい言葉の羅列にすぎない。

 だが、東都の勢いのおかげか、効果はあったようだ。

 サトコは長い耳をシュンと下げ、観念した様子を見せていた。


「はぁ。そこまで言うなら仕方ありませんね。ご案内しましょう……」


 サトコはそう言って、東都たちの前を歩きはじめた。


「どうやら、トイレ自体はあるようですね」


「すごい強情だったわね。なんでかしら?」


(エルフのトイレに何か問題があるのかな? うーん……。)


 彼女の後ろについた東都は、エルフのトイレにあれこれ想像をめぐらす。


(うーん……。サトコさんはどうして「トイレは無い」なんて言ったんだろう? あ! エルフのトイレは上等すぎて、僕たちに使わせたくないとか?)


「着きました。ここがトイレです」


「な……これがトイレ?」


「こ、これは――!」


 東都の目の前にある「それ」をなんと表現したら良いのだろう。


 彼の目に飛び込んできたのは、一見すると普通の小屋だ。

 しかし、よく見ると、その小屋は地面に掘られた溝の上に建てられていた。

 溝には水が流れており、小屋の床には丸い穴が開けられている。


 東都はあんぐりと口を開ける。これは本当にトイレなのだろうか。


 おそらく、あの穴に向かって用を足すのだろう。

 しかし、小屋にはドアも目隠しもなく、すべてがおっぴろげだ。


(サトコさんがなかなか言おうとしないはずだ……)


 エルフのトイレは、ほぼノグーソと変わらない、原始的なスタイルだった。

 彼は、生命の鼓動、野生の開放をそこに見た。




※作者コメント※

ハァァァッ……野生――解放!!!

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