最大の危機

「皆さん、到着しましたよ」


「おぉ、これが……エルフの国かぁ」


 夜が明け次第、東都たちは速攻でエルフの船に乗せられた。

 そうして航海の果てにエルフたちの国、「海の国」にたどり着いた。


「何ていうかその、まぁ知ってたけど……」


「これがエルフの街……。なんて壮麗な町並みなんでしょう」


「まるで神代の時代を描いたようだわ」


「そ、そうですね……」


 崇拝にも似た表情を浮かべるエルとコニーたち。

 他方、東都のほうは微妙な顔をしている。


 というのも、目の前の光景に対して東都は強い既視感があるのだ。


 丘の上に建っている王の城(?)は、ファンタジーRPGのドラゴンファンタジー5に出てくるエクソダス城そっくりだし、街を囲んでいる城壁や塔の雰囲気も、ファイナルクエストに出てくるものにそっくりだった。


(転生者たち、ゲームの建物をまるパクりしてんじゃねーか!!!)


「まるで異世界に入り込んでしまったようですね」


「そうね。エルフの国の建物は幻想的ね」


(ツ、ツッコミが追いつかない……。そりゃ幻想的だよね。ファンタジーゲームの建物パクってるんだもの。さすがに怒られるぞ)


 東都の危機感をよそに、船はそのまま港に向かっていく。


 桟橋は堤防に囲まれた空間の中にあった。堤防は美しい真円を描いており、直接海の方に面していない側面に口が開いている。これは打ち寄せる波の勢いを殺し、港の中を穏やかにするための仕組みだろう。


 港にはいくつもの船が身を寄せ合って並んでいた。波に巨体を揺らす船たちは潮騒をかなで、騒々しい海鳥の鳴き声が混じる。


 フンバルドルフの川港かわみなとに比べると、エルフの港は騒々しい。

 船も、人々も、荷物の数も比較にならない。

 帝国のそれに比べると、エルフの港は大きく発展しているようだ。


 カンカンと打ち鳴らされる号鐘が一瞬、波の音を払った。

 東都が乗る船が「これから港に向かう」と、周りの船に警告しているのだ。


 帆を半分に折りたたんだ船は、堤防の切れ目から港の中に入る。そのまま桟橋に着くかと思いきや、船は桟橋から離れた場所でイカリを投げ降ろした。


「錨を投げましたね」


「あれ、このまま行かないのかな?」


「桟橋につけるにはこの船は大きすぎるのよ」


「あー……なるほど。」


「この船は大型化しすぎて、桟橋につくことが出来ないの。ちょっとした時化しけで揺れただけでも、桟橋を破壊してしちゃうから」


 エルと東都の疑問にサトコが答えた。


 さて、エルフが使っている大型帆船は、東都の世界の16世紀前半、ポルトガルとスペインに登場した「ガレオン船」に近い形をしている。


 ガレオン船はガレー船の構造にならって、まずポルトガルで作られた。


 無数のオールを並べて漕ぐガレー船は、オールを水面に届かせるために喫水線が浅く、船が前後に長くなっている。ガレオン船はこの特徴を引き継いでいる。


 帆走のためのマストと横帆、そして索具さくぐをつけたためにガレオン船はトップヘビーになり、嵐の際に転覆しやすくなった。しかし喫水線が浅いことは水の抵抗を弱め、高速化というメリットをもたらした。


 これにより、ガレオン船は大西洋をまたぐ遠洋航海が可能になったのだ。


 エルフの貿易船も同じく、ガレー船から発展したものになる。

 そのため現実世界に存在したガレオン船と同じデメリットを持っていた。

 そのうちのひとつが、船体が「大きい」ことだ。


 大型化した船体は入港できる港が極端に減る。そのためエルフの貿易船は沖に停泊し、ボートを使って荷物や人員をやり取りしないといけなかった。


「さぁ乗った乗った!」


 東都たちはサトコに追い立てられるようにして、クレーンで吊られたボートに乗り移った。しかし、空中にあるボートはひどく不安定だ。人が乗るたびに前後左右に大きく揺れて、まるで絶叫マシンのようだった。


「わわっ!」


「あわてると逆に落っこちるわよ」


 クレーンにあるクランクを回して、ボートは海面まで降ろされる。

 東都はボートの船べりを両手でぎゅっとつかみ、眼下の海面を見た。


 港の中は底が浅くなっているので、明るい青い色が映えている。波打つたびに大小の不定形の三角形が陽光で輝く。コバルト色の海面は生きた宝石のようだ。


(うわぁ……すっごい)


 東都がこれまでの人生で見てきた海というのは、大体暗い緑色をしていて生臭く、白い泡とゴミが浮いているものだった。


 小中と臨海学校、そして部活の合宿で行った奈良の海はクソ汚く臭かった。

 まぁ、ベンデルドルフの港はそれ以上だったのだが……。


 しかし、今目の前にある海はまるで違う。

 鮮やかに光り輝く青、鼻の奥をくすぐる潮風の香り。

 その全てが心地よかった。


(うーん……異世界バカンスって感じ。エルフって良いところに住んでるなぁ)


 同乗した水夫がボートのオールを取り上げ、水面に差し込む。

 ゆったりと凪いだ海の上を滑り、しばらくしてボートは桟橋についた。


「よっ……と」


 東都はボートの底を蹴り、石のレンガを積み上げて作った桟橋に降りた。

 フンバルドルフの港は、生ゴミと汚泥で凄まじい有様だった。

 しかし、彼が降り立ったエルフの港にそんな様子は見受けられない。


 エルフの港は、あまりにも清浄すぎる。

 ファンタジックすぎる建物も加わって、どこか現実離れした光景に見えた。


(わ、下手したら元の世界よりきれいかも……)


「ようこそ。海の国へ」


 桟橋の上で振り返ったサトコが、白い町並みを背景にそう言った。

 しかし、東都はどこかソワソワしている。


「トート様、どうなされました?」


「あら、船酔い? でも、船はもう降りてるわよね」


「いや、そうじゃなくってですね……その――」


「どうしたの?」


 心配そうに顔を覗き込むサトコに対して、東都は頬を赤らめて答えた。


「と、トイレ……ないですか?」


「トイレ?」


「いやぁ……なんとなく機会を逃しちゃって」


 不意に尿意を感じた東都はサトコにトイレの場所を聞いた。


 別に東都自身がトイレを出しても良いはずだ。

 しかし、東都はやたらとトイレを置くのは問題だと考え始めていた。


 なにしろ、今東都が出すトイレは使い方次第で大量破壊兵器になる。

 うかつに置いたままにして、街や人を傷つけたら大変だ。


 世界各地にオーバースペックすぎるトイレをバラまいておいて、それはあまりにも今さらすぎる。だが、さすがの東都にも危機感が芽生え始めていた。


 衛生的な問題がないなら、トイレはできるだけ現地のものを使いたい。 

 これだけ清潔なエルフの国なら、トイレも元の世界と同じレベルかもしれない。

 東都はそこに一縷いちるの望みを託してサトコに訴えたのだ。


 ――だが、ここで無慈悲な現実が東都に突きつけられた。


「トイレね……ごめんなさい。海の国にトイレはないのよ」


「はぁ?!」




※作者コメント※

まさかのトイレがない種族のエントリーだ!!

ある意味で異世界トイレ最大の危機がやってきた。

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