出場準備(1)

「おう、お前さんたちに防具を持ってきたぜ」


「あ、門番のおじさん!」


 東都が神としての努めを果たした次の日。

 剣闘士の長屋ですごしていると、門番のおじさんがやってきた。


 彼の手には抱えるのがやっとの大きさの※行李こうりがある。

 どうやら防具を持ってきてくれたようだ。


※植物の茎を使って作る、箱の形をした旅行用の荷物入れのこと。


「さっそく見てもいいですか?」


「おう、いいとも」


 日に焼けた顔をほころばせ、門番は行李のフタを持ち上げた。

 中に入っていたのは、盾、鎧、そして兜だった。


 盾は形楕円形で、肘から手の先を完全に覆うほどの大きさだ。

 材質は革のようだが、さわってみるとその表面は金属かと思うほどに硬い。


「これ、革なんですか? すごい硬いですね」


「こいつはデザートライノの革だ。キズのないやつを探すのは骨が折れたぜ」


「でざーとらいの?」


「砂漠地帯に住む草食動物で、銃弾も防ぐ分厚い皮をもつ生物です」


 エルは蝋板に絵を書いて東都にみせた。

 シンプルな線画は特徴がよくとらえられており、サイによく似ていた。

 

(なるほど、サイみたいな動物か。さすが異世界……サイの皮で防具を作るなんて、まるでRPGみたいだ……)


「で、こっちが鎧だ。見ての通りこれが胴鎧、それと小手とすね当てだ」


 鎧は布を重ねて作ったもので、腰布と袖は色とりどりのリボンで飾られていた。

 リボンには赤、黄色、緑の鮮やかな原色があしらわれ、目にも鮮やかだ。


「ちょっと派手すぎません?」


「おいおい、剣闘士なんだぜ。これくらいやらなくっちゃ」


「剣闘士は戦士であると同時に、エンターテイナーの側面がありますからね。この派手すぎる鎧は、観衆の目を引いてアピールするためのものでしょう」


 エルの解説を聞き、門番は満足気に笑った。


「そういうことよ。この兜なんかサイコーだろ!?」


 門番が行李の底からヘルメットを取り出した。

 それを見た東都は、危うく吹き出しそうになった。


「こ、これはシンプルがゆえに、逆に目立ちますねぇ……」


 ヘルメットは、特徴的な四角柱の形をしていた。

 それぞれの長方形の表面は滑らかで、白無垢に染められている。

 兜の正面には取っ手があり、ドアのように開くようになっていた。


 これは……どう見てもトイレだ。どうやら門番は、柱の男たちが担いで持ってきたトイレにインスパイアされて、このヘルメットを作ったらしい。


「あんたらが持ってきた柱をみてな、ピンときたのよ」


「ムゥン! なんと、なんと気高きお姿か……ッ!」


 門番がヘルメットをみせびらかしていると、長屋の奥にいたハシムがものすごい勢いでやってきた。


 彼は門番の持っているヘルメットを奪うと、何のためらいもなく被った。

 すると、白亜の柱がその場にすっくと立ち上がったようにみえた。


 たしかにインパクトはある。一度見たらこの姿は忘れられないだろう。

 剣闘士のコスチュームとしては、このデザインは正しい。


 しかし、東都はどこか納得できなかった。

 これに納得したら何か大事なものを失うのではないか。

 なぜかそんな気がした。


「すばらしい……御柱様と一体になっている、そんな気がしますぞ」


「え、えーと……喜んでくれたらなによりだ」


(門番さんもちょっとひいてるじゃん)


「さて、そんじゃウチからは武器にゃ」


「ムゥン? 我が母の愛さえあれば、それだけで十分なのだがな」


「ま、まぁ、他の選手も武器を使ってるわけですし、そこは合わせませんと」


(このやる気をみてると、素手でライオンに勝ちそうだから困る。)


「さて、手に入ったのはこんなもんにゃ」


 マルコは長屋にあったテーブルに得物をひろげた。

 ざっと東都が見るかぎりだと、やり、剣、そしてナイフだろうか?

 いくつかの小物がならんでいる。


「ムゥン。これは良さそうだな」


 ハシムは槍を取り上げてぐるんと回してみせる。

 槍の長さは1メートルほど。これは歩兵が使う通常の槍の半分ほどだ。


 リーチは犠牲になっているが、取り回しは良好だ。

 懐に入られたとしても十分対応できる機敏さがあった。


「おや、柄を補強してるのですね?」


「にゃ。イチイの芯材を鉄棒で囲んでリベット留めてるにゃ。斧の刃でも受けられるし、そのまま棍棒としてもつかえるにゃ」


 ハシムは短槍ショートスピアをぶんぶんと車輪のように回す。

 その達人めいた動きに東都はすこし感心してしまった。


「……悪くない」


(変態のくせに、なかなか様になってるなぁ。)


「ムゥン、さて次は剣だが……」


 テーブルに置いてある剣は見慣れない形をしていた。

 大きく弧を描いているが、その先端は前に向かっている。

 見ようによってはカマにも見える形だ。


「ショテルか。珍しいものを持ってきたな」


「しょてる?」


「ムゥン。ショテルは盾越しに相手を突くことのできる剣だ。形を見れば分かるだろうが、この剣を作るのは難しい。ショテルを作れる職人は簡単に見つけられん」


 そういってハシムは盾を手にとって実演して見せた。

 剣が描く大きな円弧は、盾を構えたとしても相手の肘や肩に届く。

 なるほど。実にユニークな武器だ。


「最後にコレ。投げナイフにゃ。飛び道具は持っておくに越したここないにゃ?」


「ムゥン。懐かしいな。子供の頃によく遊びで使ったものだ」


「物騒すぎません?」


(なんていうか、どれも暗殺の道具っぽいんだよなぁ……)


「悪くないんじゃないか? ここまで武器と防具がそろった出場者はいないぜ」


「そうなんですか?」


「あぁ。恩赦を求める囚人のほとんどは素手よ。相手をぶちのめして、そんで武器を少しづつ集めていくのが普通だ。負けた奴らに武器はいらねぇからな」


(ハクスラゲーかな?)


「ともかく、出場者と装備は用意できましたね、トート様。」


「ですね。あとは恩赦目指して試合を勝ち進むだけです」


「――よし、それじゃルールの説明をするぜ」





※作者コメント※

前回ハジケすぎたので、今回と次はちょっとおとなしめです(ホント?

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