異世界D-DAY(2)

「なんて数だ……」


 東都は海面に浮かぶヒレを見て、誰に言うともなく呟いた。


 流氷が浮かぶ氷河の海に、流線型をした三角のヒレが顔を出している。

 その数と言ったら、海面を埋め尽くす勢いだ。

 サハギンの数は1000、いや、10000かもしれない。


 一方、それを待ち受けるオークの数は、20名そこそこだ。

 東都たちを加えても、30名に足らない。


 サハギン達はオークの300倍以上の戦力で攻めてきた。

 あまりにも圧倒的すぎる戦力差だ。

 東都の体が震えているのは、きっと寒さのせいだけではないだろう。


 だが、オークたちの様子はちがった。


「おうおう、いっちょまえに数だけそろえてンべ」

「こんだけおったら、獲物にありつけねぇってことはねぇど」

「ちげぇねぇ。今日はサハギン鍋だなぁ」


 オーランはサハギンをものともせず、ガハハと笑っていた。

 彼らの様子にヤケっぱちな様子はない。

 ただ純粋に、目の前の冗談のような光景を笑っていた。


(オークたちはこんな状況でも笑ってる。ひょっとして秘策があるのかな?)


「コレだ明けの戦力差があるのに、オークは余裕そうだな」

「そうね。何かヒミツの作戦でもあるのかしら」


「おう、作戦ならあるぞ!」


「え、どんな作戦ですか?」


「とりあえず武器を持ってガーッと走ってってな、そんで死ぬまで振り回すんだ! 相手が死ねばこっちの勝ち、オラたちが死ねばこっちの負けだべ!」


「それは作戦っていうのかな……」


(ダメだ。オークさんに任せっきりはマズい。こっちでも頑張ろう)


「ええと……オークさんはえーっと……そうだ! 最後の切り札です! なので、最初は僕にサハギンの相手を任せてくれませんか?」


 東都が提案すると、オークは好き勝手に相談を始めた。


「ふーむ……」

「オーラン、一番槍は戦の誉だべ!」

「だども客人はウェンディゴの正体をおしえてくれたど?」

「そんなら恩を返さねぇと」

「ええんじゃないか?」

「んだんだ、客人に譲るのも悪くねぇ」


「――おし、そンならトートの旦那に任せるとするべ」


「みなさん、ありがとうございます」


(オークは脳筋だけど、イイ人と言えばイイ人なんだよな……。)


 東都はオークたちの戦列からいったん離れることにした。

 偵察に適した場所を探すためだ。


「トート様、あそこにちょうどいい雪丘がありますわ」


「お、のぼってみましょう」


 トートは雪丘に登って海岸を眺めた。

 黒曜氷河の海岸は、砂が少なく岩だらけだった。


 黒曜氷河はわずかな夏の時期を除き、常に氷と雪に覆われている。

 陸と海が氷雪に覆われていると、陸地に叩きつける波の勢いが弱まる。

 このため、氷河では海岸の侵食が進まず、岩だらけの海岸が多いのだ。


 浜には黒いとがった石が並び、牙のようになっている。

 その光景は、まるて巨大な獣が氷海に噛みつこうとしているようだった。


「パッと見た感じ、あまり上陸には向いてない地形ですね」


 東都のこの言葉にエルも同意した。


「そうですね。このあたりは砂浜がなく、地面が荒れてます。上陸する側にとっては、足をとられて移動が遅くなる……不利どころか、危険と言っていい地形です」


「なら、水際で迎撃するよりも、海岸の奥で迎撃したほうが良いかしら?」


「なるほど。浜で戦えば、両軍とも岩場に足を取られてしまう。でもそれより奥に陣取れば、相手だけにそれを強いることができる。内陸で戦うほうが、戦いを有利に進められる……ってことですね?」


「そのとおりです、トート様。」


(前哨戦を任された時はどうなるかとおもったけど……行ける気がしてきたぞ)


「よし、なら僕のトイレを浜に並べ、サハギンを撃退しましょう」


「いまさらって感じですが、文字面が最悪で不安しか無いですね」

「急に正気に返らないでくれるかしら」


「おう、おめたち、作戦は決まったか?」


「あ、オーランさん。ひとまずトイレを置くことにしました」


「よし、逃げるべ」


「待ってください、僕は本気です」


「本気だったらもっとマズいべ」


「……反論しづらいわね」

「オーラン殿が言ってることは何ひとつ間違ってないからな」


「まぁまぁ、ここは騙されたとおもって」


「村の命運を押し売りのノリで決めるンじゃねぇ。騙されたら終わりだべ!」


「くっ、正論すぎる……」


 オーランが難しい顔をしているその時だった。

 口先の魔術師――コニーが動いた。


「オーラン殿、トート様がウェンディゴを撃退した時を思い出してください」


「む……」


「トート様のトイレは巧妙に姿を隠していたウェンディゴを追い詰め、爆発で倒しましたわ。トイレも使いようなのです」


「トイレの使い方はひとつしかないべ」


「トート様のトイレは、今の状況のような防衛戦にはうってつけですの」


「そうかぁ?」


「考えても見てください。たとえ100万の敵が相手でも、たとえ邪竜や地獄からの悪魔が相手になったとしても、トイレには恐れを感じる心はない……」


「そりゃトイレだからな?」


「トイレは痛みと恐れを感じない。いかなる敵が相手でも決して退かない。トート様のトイレは不動、鉄壁の守護神となるのですわ」


「うーん……そこまで言われたら、そンな気もしてきただな……」


「ふと思ったんですが、トイレで戦うのはオークの誇り的にどうなんでしょうね」


「トート様、その話はやめましょう。なんだか面倒くさくなりそうです」


「――よし、わかった。先陣を任すといったのはオラだからな。ここはおめたちにまかす。オラたちは討ちもらしたサハギンが村に入らないようにするだ」


「はい、お願いします!」


 オーランは東都を信頼して、彼に任せることにしたようだ。

 彼は村の戦士たちを連れ、遊撃に動く。

 そして、防衛の主力はトートがになうことになった。


 海岸を見下ろす丘で、東都はトイレを召喚する呪文を唱え続ける。

 黒ずんだ海岸線に白い柱が並ぶ姿は、ピアノの鍵盤のようだ。


(とりあえず置きまくったけど……ちょっと不安だな。サハギンの数がとにかくハンパじゃないからな。何か良いスキルがないかな……)


 東都はスキルウィンドウを開き、決め手になりそうなスキルを探す。

 リモコンと人感センサーで大量のTPを消費したので、今は100TPもない。


(とれるのはせいぜい1個だな……ふむ、ならこれにしよう!)


 彼がボタンを押したのと同時に、朝日が水平線の向こうから顔を出す。

 そして、戦いの始まりを知らせるドラが海岸に鳴り響いた。





※作者コメント※

あれ、前回に血戦とか言ってたのに

戦いもないし、誰も死んでないじゃんと思ったそこのあなた。

確かに戦いもあるし、犠牲者も出てますよ。

――そうシリアスさんだ!!

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