元老院

 ……一方そのころ、東都たちは元老院にいた。

 エルフの古老たちと会談するためだ。


 元老院の建物は、港を見下ろす丘の上にある。


 東都が坂を登りながら見上げると、幾何きか学的な6角形が組み合わさった形の建物が目に入る。彼にはそれが、エルフの頑迷さの象徴に見えた。


「なんていうか……カッチカチですね。いかにも頑固な人が住んでそうな感じ」


「まったくですね。エルフの建物はどうしてこんなに尖っているのでしょう」


「デザインにしてもやりすぎよね」


「私もあなた達に同意するわ。ここにある建物は、昔やってきた転生者がなんとかっていう加護によって出したものなんだけど……」


「あー、そういえばそんな事いってましたね。忘れるとこだった」


「これらの建物は、転生者がいた世界の建物を再現したんでしょうか?」


「転生者の世界って、こんなカクカクした建物に住んでるの?」


「窓がひし形なのは百歩譲るとしても、ドアノブまで真四角ですね」


「転生者の世界って暮らしづらそうね」


(うーん、もしかしてこれって……)


 エルフの街を歩く東都は、建物の違和感に気付いた。

 いや、最初から違和感しか無いのだが、それとは違う。

 できるだけ三角と四角を使って作られた街を、どこかで見た記憶があるのだ。


(あの家……多分ファイナル・クエスト7の、始まりの街にあったやつじゃないか? ゲームの中そのまんまの見た目だぞ?)


 既視感の正体に東都は気づいた。

 エルフの街にある、家や商店のそれはRPGゲームそのままだった。


(あ、まさか……ゲームのデータのぶっこ抜き?!)


 あまりにも似ていることに、彼はデータのぶっこ抜きを疑った。


 データのぶっこ抜きとは、ゲームの3Dデータや音楽などを、ツールを使って吸い出す行為のことだ。


 東都の目の前にある街並みは、あまりにもゲームそのものだ。

 恐らく、転生者は『ゲームの中のものを現実化する』能力でも使ったのだろう。


 その能力のために、女神はゲームのデータをそのままコピーしたに違いない。

 異世界の女神ともなれば、それくらいのことはやってのけるだろう。


(クソ、女神のやつ……なんてマナーの悪い……!)


 東都は腹を立てていた。

 自分の『できること』と『やっていいこと』は別。

 女神はそれの区別がついていない。


(ー―こんな雑な、切り抜きめいたことをするなんて。女神の奴め……)


「トート様、どうなされました?」


「あ、いえなんでもないです」


「本当に? すごい顔だったわよ。地獄のデーモンみたい」


「そ、そんなでした?」


 東都は心からゲームとラノベを愛している。

 女神の愚行ぐこうは、そんな彼に怒りを覚えさせるのに十分すぎた。


 彼はもともと、女神に対してそこまで尊敬を覚えてはいなかった。

 しかし、今は軽蔑けいべつに近い感情が芽生えつつある。


(もし、もう一度会うことがあったら、問い詰めてやる!)


 肩を怒らせながら、東都は元老院の建物に入る。

 元老院の中に入ると、中は神殿のような作りになっていた。


 まず目立つのは、大きな12角形のホールだ。

 ホールは大理石でできていて、中心には青いクリスタルがある。

 さらに、ホールには周りを囲むように6角形の台座があった。


 それぞれの台座には、これまた角張った椅子がある。

 椅子の上には、白いローブをまとったエルフたちが座っていた。


 彼らがエルフの元老だろうか。


 東都がホールの入口に立っていると、サトコが歩み出て膝をついた。


「古老の諸賢しょけんに申し上げます。人間の国より特使が参りました」


 サトコの式礼に「うむ。」と大仰にうなづいて見せる古老たち。

 なるほど。これは自分たちの威厳を見せつけるための儀式でもあるのだろう。


「えと、ベンデル帝国から来たトートです。職業は魔術師です……たぶん」


「ベンデル帝国、帝国騎士のエルンストです」

「同じくコンスタンスですわ」


「人間の国が……いまさら何の用向きで使いを送った」


しかり。帝国の崩壊の後、我らは共に不干渉を約束したはず」


「お待ち下さい諸兄。彼らは短命種です」


「左様。自分たちがした約束も忘れてしまったのでは?」


「「ははは」」


 東都たちの自己紹介が終わるやいなや、古老たちが声を上げた。

 その声色には、軽蔑と敵意が混じっている。

 思った通り、東都たちは古老たちにとって招かれざる客のようだ。


(大体思った通りの反応だ。エルフの古老たちは、人間の国に対して強い不信感を持っているのは間違いなさそうだ。)


「こちらが諸賢しょけんに向けた特使からの書状です」


「よいよい、見ずともわかる」


「おおかた乞食めいた嘆願たんがんであろうよ」


「パンの切れ端でもくれてやるか?」


「「ははは」」


「なんて無礼な……」


「シッ、こらえなさいエル」


「コニー、ここまでされて黙っていろというのか」


「僕もコニーさんと同じ意見です」


「トート様まで?!」


「冷静に考えてみてください。古老の中には背教者に協力している者がいる。僕らを怒らせて会談を台無しにする。それが背教者の狙いです」


「むむむ、なんて卑怯な」


「トート様、この状況をどうするんですの?」


「まぁ……見ていてください」


 東都は古老たちの前まで足を進め、堂々と立った。


「今、この世界は危機に瀕しています。古代ベンデル帝国を滅ぼした背教者レネゲイドが、再び世界に姿を現したのです」


「ざわ……ざわ……」


「当時の遺恨が今も残っているのは理解しています。しかし、それを乗り越えて、共に戦わねば、背教者は今度こそ世界を旧き者の手に渡すでしょう!」


「何を言い出すかと思えば、バカバカしい」


「背教者だと? ふん、女神を滅ぼすというのなら、好きにさせればいい」


「左様。我々が転生者に受けた傷は、恵みより大きい……」


「ここは静観するのが賢いのではないか?」


「然り」「然り」「然り」


「その傷――転生者がエルフに残したものを僕が正しましょう」


「ほう、どうするというのだ?」


「はっはっは、大言壮語はよしたほうが身のためじゃぞ」


「僕は元老院の建物に入るまで、エルフの街を見てきて気付きました」


「……?」


「――ぶっちゃけここ、人が住める場所じゃねぇ、と」


「ざわざわ……」「がやがや……」


「この街は人を拒絶している。家も木も、階段も道も、全てがです」


「では、どうするというのだ?」


「あなたがたエルフに、安息の場所を用意します。一日の仕事を終えた後、そこで休めば日々の活力を取り戻せる。そんな場所を――」


 東都の真に迫った言葉に、古老たちも息を呑む。

 自分たちの前にいる短命種は、自分の言葉に絶対の自信を持っている。

 彼をこうまでさせるのは、いったい何だというのか。


「そ、その場所とは……?」


「――トイレです」


「「「はぁ???」」」




※作者コメント※

おや、しれっと東都まで女神に不信感を持ち出した。

なんか後に響きそうな…


あ、以下はデータのぶっこ抜きについての追加解説です。

長すぎたので本文から引っこ抜きました。

ーーーーーー

ー―説明しよう!!

 

データのぶっこ抜きとは、ゲームの中に入っている素材を何らかのツールで抽出し、利用する行為のことをいう。


3Dゲームのキャラクター背景などは、DirectX、あるいはOpenGLという3D描画ライブラリで表示される。


このライブラリとは要所要所で使用されるシステム群のことだ。これらのライブラリは、ゲームを実行する手助けをしてくれる。


ゲームを実行すると、これらの3Dライブラリはデータを読み取り、コンピューターの作業領域、つまりメモリ上に3Dデータをのせる。


3Dデータを記録したメディア(CD、DVD)でデータが暗号化で保護されていても、コンピューターのメモリ上のデータまでは保護できない。このため、ゲームの実行中に特定のツールを使えば、3Dデータをぶっこ抜けるのだ。(無論、これを回避する方法もあるのだが、ゲームが重くなる。また、データの暗号化や独自形式を突破する力技もある。その努力の意志はどっから来るんだ…)


そうして抽出されたデータは、パソコンゲームのグラフィック改造(いわゆるMOD)、VRアバターの素材として利用されることがある。


もちろん、この行為は著作権的に多くの問題がある。

利益を目的としない場合、フェアユース(公正利用)に相当するとして、著作権侵害にはならないとされるが、普通に起訴されるパターンもある。


そもそもの話になるが、このフェアユースは米国内の話だ。

日本の法律にフェアユースなんていうモノはない。


そして、海賊版と知りながらのダウンロードは令和3年から罰則がついた。

このことから、データをぶっこ抜いたMODは普通に危ないものになっている。

良い子のみんなはゲームのぶっこ抜きにさわっちゃダメだぞ!!


※なおこれは法律上のアドバイスではありません。質問がある場合、あるいはもっと詳しく知りたい、という場合は弁護士にお尋ねください。

ーーーーーー

……とまぁ、

実に教育的ですね(長すぎぃ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る