第一章 ③葛藤と克服
宇和島市・
『
あの日の幼女は中学生になっていた。
思春期を迎えた少女『
しかし、
快活だった
凛花は部屋のベッドに
……五歳のとき。大きな男が覆いかぶさってきた。身体のあちこちを
記憶から消去しようと藻掻く。思い出すまいと足掻く。けれど不意に
永遠に生理がこない体、女性としての機能が喪失した体、この体はすでに
動悸がする、呼吸が苦しい、息ができない……。わずかに息を吸って、それから少しずつ、ゆっくりと吐き出した。
凛花は
幼いころから両親の笑顔が時折悲しそうに見えた。縁側に腰掛けて
過保護だった。学校から帰宅するたびに大げさに
この苦しさから解放されたい。この暗い
凛花は決意した。
不意に胸が締め付けられて
雨が
視界いっぱいに広がったのは懐かしくて眩い『絶景』だった。
「う、わぁ…………」
……なんて綺麗な景色なのだろう。柔らかな陽射しに照らされて、穏やかな瀬戸内の海がキラキラと
ふわり、潮風が吹き抜けた。錯覚かもしれないけれど、優しい何かに包み込まれて歓迎されたように感じた。
涙があふれて
……私にとって、
凛花は勇気を振り絞る。雨上がりで少し湿った固い地面に仰向けに寝転んだ。幼いころと同様に大きく両手を広げて空を見上げた。
……? 空からジッとこちらを見つめている飛翔体を見つけた。それは見目麗しい『真珠色龍神』だった。
凛花は
……やっぱり! あの日、宇和島湾の真珠色龍神が稲妻を呼んで私を助けてくれた! 五歳のあの日に目撃した美しい龍神は夢でも
真珠色龍神は穏やかな
くるん、くるんくるん! 大空を旋回して優美に泳ぐ。澄み渡った青い空に『大きな虹』が架けられた。
凛花は感激する。瞬きするのを忘れて、架かる虹を見つめる。
真珠色龍神は虹を背にして
『未來は明るい、……生きよ!』
……聴こえた! 真珠色龍神からの力強いメッセージを確かに受け取った。
凛花の心に
凛花はガバッ、起き上がる。そして、みかん山の急坂を駆け降りた。
玄関の前に立つ。大きく息を吸って、ぷはっ、吐き出す。思いっきり深呼吸した。そうして引き戸の玄関を勢いよく開けて
「ただいまっ、みかん山に行ってきたよ!」
家族が驚いて目を丸くした。だからにっこり笑ってリクエストする。
「みかん畑で遊んだから、おなかペコペコ! 爺のみかん、食べたいなあ……」
夕ご飯をおかわりしてもりもり食べた。大好物のみかんを口いっぱいに頬張った。
たくさんお喋りして、たくさん笑った。優しい両親は泣きながら笑っていた。
爺は手拭いで顔を
……もう大丈夫だよ、元気だよ、心配かけてごめんね……。
大好きな家族に伝わっただろうか。
凛花は絶望の淵から
それでも不意に、心に
空を見上げて大きく深呼吸する。澄んだ透明な勇気が全身に入り込んで染み渡ってくる。
そうして空を見つめているうちに『二十四節季』ごとに変じる雲の動きの速さまでをも
凛花は今日も空を見上げる。
そして『それ』を探す。晴天に曇天に荒天に『それ』はいつ現れるかわからない。だから空を見渡して探してしまう。
凛花の視線の先には大空を飛翔する真珠色龍神の姿があった。
いつの間にか凛花にとって、真珠色龍神は心の支えになっていた。かけがえのない特別な存在になっていた。
希望の源泉はいつだって『空』にあった。
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