第五章 ②否の女社長・コウメ(契約)

 渋谷スクランブル交差点。

 副都心の雑踏ざっとうに、エステティシャンのコウメは五色の『瑞光オーラ』の輝きをとらえた。

 ……やった! このチャンスを絶対にのがさない! 念願だったトータルビューティーサロンを開業したい! 何としてでも龍神との契約を取り付けて成功者になってやる! 

 ちまたで噂の『龍神・都市伝説』を認識していたコウメは狂喜した。


 距離を保って尾行する。龍使いの女は人混みの中を軽やかに歩く。JR山手線外回りに乗り込んだ。

 ……それにしても平凡な女ね。チープなファッションにほぼノーメーク。靴もバッグも量販の安物だ。……いやだ、危なかった! もしも瑞光オーラが見えてなければ存在に気づくことすらなかったわ! 

『龍使い』は驚くほど地味で冴えない女だった。


 龍使いは西武新宿線・高田馬場駅で乗り換えて、新所沢駅で下車した。

 そうっとあとをつける。西口改札を出てから十分ほど歩いた。そうして三階建ての煉瓦造りのマンション『赤煉瓦ベル』に入っていった。

 住まいを特定した。だけど、契約方法が分からない。住まいに面した公道を不審にうろつき回っていた。

「行ってきます」

 龍使いが再び表に出てきた。腕にはエコバッグをぶら下げている。どうやら買い物に行くようだ。

 コウメは咄嗟とっさに声をかける。

「ねえ、あなた、噂の龍使いでしょ?」

「え……」 

「私ね、あなたの瑞光オーラが見えたのよ? だから今すぐに契約してちょうだい」

「えっと……、私はりんと申します。あ、あの……、少しだけお待ちください」


 ガチャリッ、ドアが開いた。赤煉瓦ベルの一室からスラリとした若い女性が出てきた。わずかに戸惑う凛花のとなりに並び立った。

 コウメは思わず息をのむ。

 ……目の前に立っているこの美しい女性はアフロディーテ? もしや美の女神ヴィーナス? モデルのようなスタイル、黄金比の顔立ち、艶やかな長い髪、ツルツルの陶器肌! 完璧パーフェクトな造形美を有したとびっきりの美女だ。


 長身美女は不機嫌顔に言葉を発す。

「私は真珠色龍神ノア。あなたはモアレリズムね。契約書にしるされている内容すべてに同意できるのかしら? 龍神との契約には厳しいおきてがあるのよ?」

 コウメの目の前に『是契約書』が差し出された。即座に受け取って読み込む。興奮してせっつく。

「すべてに同意します! だから今すぐ契約して! 早くっ」

 ノアはゲンナリしてため息を漏らす。あまの岩戸の名水から創られたオーロラペンを手渡した。

 コウメの掌中しょうちゅうが輝く。スラスラ、サインを書き記す。途端にペンは砂になる。指の隙間すきまからこぼれ落ちて、はかなく消えてしまった。

 しかし『是契約』は成立した。


 豊島区・池袋。

 深夜、コウメの自宅マンションから真珠色龍神が飛び立った。ノアの固い背に乗せられて、あっという間に鬼ヶ城の浜辺に辿り着いた。コウメは上機嫌だ。

 洋上(海面)が朝焼けに染まる。至極しごくいろ龍神が太陽を背に優雅に飛翔する。朝陽を浴びて『誉』を手中にした。

 龍使い・凛花が伝える。

「コウメさんが目指していたトータルビューティーサロン開業の夢は早々に実現します。劣等感を抱く女性たちに自信を与えるというコンセプトサロンは全国的に人気を博すことでしょう。ですが、どうかお願いです。どれほどの成功を手にしたとしても、大金を手にしたとしても『謙虚な心』と『他を思いやる心』を失わないでください。慢心せず、お客様第一の精神を貫いてサロン運営をしていってください。そして何より人材は宝です。スタッフを大切にしてください。そうすれば信頼の置ける仲間たちと恩沢おんたく享受きょうじゅできます。コウメさんにはもう二度と会えません。だけどそっと応援しています……」

 まばたきしてふと気づく。独り暮らしの自宅マンションに戻っていた。


 コウメの夢は叶えられた。念願だった総合トータル美容ビューティーサロンを開業した。

 評判は上々だ。『親切・丁寧・高技術』、さらにスタッフたちの『神対応』がネットの口コミで話題だ。

 優秀な技術者、良心的な価格設定、当然ながら高評価を得る。そうして多くの顧客を獲得する。セレブ層から女子大生、主婦や男性に至るまで、幅広い世代幅からの支持を集めた。

 サロンは破竹の勢いに全国展開の運びになった。


 コウメは『富・地位・美貌』を手に入れた。

 今や、都会的アーバン美人オー経営者ナーと褒めそやされている。コウメの実年齢はアラフォー(三十代後半)といえども二十代と見まがうほどに若々しい。磨き上げられた容姿は洗練されている。

 しかし実のところ、コウメは山間部の田舎育ちだ。実家は紀州の南高梅農家である。

 学生時代は素朴な少女だった。野暮ったくて、地味で、冴えなかった。自らの容姿に強いコンプレックスをいだいていた。

 ……綺麗になりたかった。美人になりたかった。容姿の劣等感を克服したかった。堂々と胸を張って生きたかった。

 だからこそ『』を探求した。美容スクール卒業後も研鑽けんさんして学び続けた。

 龍神界に選ばれて夢の実現を手繰たぐり寄せた根源は『謙虚な姿勢』と『ひたむきに積み上げ続けた努力』だった。

【劣等感を自信に変える・明日が変わる】

 トータルビューティーサロンはコンセプトにのっとって店舗数を増やし続けていた。サロンは多くの顧客を集め、多くの雇用こようを生んでいた。


 コウメの容姿は過剰なまでにあか抜けた。

 憧れの『理想形』に近づくために全身大改造を繰り返す。整形によって顔の造形はだいぶチューンアップ(調整)した。エステで磨き上げた肌は陶器のようになめらかだ。スタイルは美魔女と評判だ。


 コウメが目指しているのは、美の女神ヴィーナスの『完璧な造形美』だった。

 ……真珠色龍神ノアのデュプリケイト(複製)になりたい!

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